ある魔導士の述懐

於田縫紀

ある大魔導士の述懐

 トットットッ。跳ねながら歩いている音がした。一羽ではなく複数の音だ。

 どれどれとノートから目を離して振り返る。

 黒い羽に黒いくちばし、黒い目のカラスが立ち止まって、何かを訴えるような目でこっちを見る。

 もちろん一羽ではない。一〇羽全部が並んでやってきて、それぞれの表情で訴えている。


「そうか。ご飯の時間だな」 


 ウンウンという感じでカラスたちが頷いた。

 仕方ない。私は立ち上がって、台所の方へ向かう。

 カラス達も私に、歩いてついてくる。


 ◇◇◇

  

 私はまあ、しがない魔法使いだ。

 王国魔導士長の地位を陰謀で追われ、処刑されそうになったところを転移魔法で脱出。

 以来、王国の北にある通称『魔の森』に居を構え、魔法を使用して自給自足しつつ、私を裏切った国を滅ぼす為の研究を続けている。


 物語によくある『悪い魔法使い』だと思ってくれれば間違いない。

 ただ『悪い』なんて自分で言っているけれど、実際には悪事は一つもしていないつもりだ。

 強いて言えば、処刑という命令に背いて逃げた位だろうか。


 此処『魔の森』は王都に近いが、生息している魔物が強力だ。

 だから兵士であろうと中まで入る者はいない。

 つまり王国に恨みを抱いた私が潜伏するにはちょうどいい場所だった訳だ。

 私の魔法なら最強の魔獣程度でも、問題はないから。


 ただし引き籠もっていては、王国の情勢がわからない。

 しかし私の魔力反応は手配済みだから、私が自分で王国を偵察するのも難しいし危険だ。

 しかし人を使う訳にもいかない。今の私は独りだ。


 自然、使い魔に偵察させるという方法に考えが向いた。

 そして使い魔として選んだのが、カラスだ。


 王都は魔物避けの結界柱が張り巡らされている為、魔物は入ることが出来ない。

 なおかつ王都で普段見かけない生物では、違和感を覚えられてしまう。

 ある程度の強さと運動性能がなければ、王都と魔の森を往復なんて出来ないし、ある程度賢く無ければ死にやすい。

 

 これらの条件を全てクリアして、かつ魔の森に生息しているのが、カラスくらいだったのだ。

 なので魔物避けの結界柱内の庭に鳥用の餌台を設けて、やってくるカラスのうち一羽を餌付けで更に慣らし、飼い始めた。


 割と早い内に気づいてしまった。

 慣れたカラスは、結構可愛いと。


 真っ黒な羽に覆われたつるりとした頭に、瞼が無い目。

 哺乳類から見たら異端の動物だ。


 それでもエサが欲しい時にとっとこ歩いてくる時の歩き方とか。

 首をかしげたりする仕草とか。

 とんとんと足で床を叩いて請求する仕草とか。


 見慣れてくると、表情すらわかるようになる。

 困っているとか、焦っているとか、訴えているとか、満足だとか。

 エサをやると、喜びの踊りらしきものを踊ったり、食べた後に感謝のつもりか近寄ってきて頭をすりすりしたりもする。


 そうなるともう可愛くて、危険な偵察任務になんて出せなくなる訳だ。

 ニグルムなんて名前をつけて、魔法で身体防護とか自動回復とか高速飛行といった能力をつけまくった後でも。


 そんな感じで今では、魔法の研究開発と同等以上にニグルム一家と遊ぶ方が主になってしまった。


 一家というのは、飼って半年くらいした後に、ニグルムがもう一羽のカラスを連れてきた結果だ。

 テネブラェと名付けた彼女は二年で八羽の子を産み育て、今では一〇羽で家のあちこちを闊歩している状態。


 だからと言って、家が羽や糞で汚れるという事はあまり無い。

 こいつらはそれなりに賢いので、むやみやたらとは汚さないのだ。


 もちろん鳥だから、糞を我慢するというのは構造上出来ない。

 毎回歩いている廊下とかは、どうしてもある程度は汚れる。

 それでも布団の上とか机の上、テーブルの上とかは、汚したらまずいとわかっているようで汚さない。


 あと、それなりにきれい好きなので、砂浴びや水浴びをして自身を綺麗に保っている。

 家の中はあまり飛ばず、基本的に歩いている。

 だから羽が舞うなんて事もない。

 

 こっちの言うことも割と理解して、聞いてくれる。

 勿論使い魔としての魔法はかけているおかげもあるだろう。

 ただそうではなかった頃も、それなりに言う事を理解してくれた気がする。

 理解しても納得しないと聞かないというのはあるけれど。


 勿論一匹ごとに、それなりに個性がある。

 アピールしまくる奴とか、基本寝ている奴とか、甘えん坊とか、食欲旺盛とか。


 なんて事を考えていたら、机上にちょんと乗ってきた奴がいる。

 甘えん坊のクインタだ。

 ちょんちょんと跳ねながら寄ってきたので、手を伸ばして首元をなでなでしてやる。


 バタバタ、頭と羽を動かし気持ちいいと訴えた。

 うむ、この様子はやっぱり可愛い。


 王国に対しての恨みは残っている。

 既に火土水風に闇の極大呪文を開発してもいる。

 その気になれば、一撃で王都を廃墟と化すことも、今の私なら可能だ。


 しかしそうする事の優先度は、大分低くなってしまった。

 ここで暮らしているうちに。


 おそらく王都を壊滅させる極大魔法は、使わないままになるのだろう。

 此処へ来たばかりの頃の私から見れば、間違いなく堕落だ。


 でも今は、それでいいと思っている

 魔法を研究しながら、此処でカラス達と暮らしている方が、よっぽど楽しいし重要だ。

 少なくとも今はそう感じている。

 多分今後も、きっと、ずっと……

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