その時、私が見たのはきっと。

至璃依生

その時、私が見たのはきっと。

 

 その時、私が見たのはきっと未来だった。

 過去と決別し、新たな一歩を強く踏みしめるこの瞬間は、私の人生を変える分岐点なのかもしれない。

 刹那的な浜風が後ろから前へ吹き抜けてゆく。

 きつく結んだ髪と決意は私の一歩を強く後押しした。


 水平線に沈む夕陽と夜空の星が混在する不思議な時間の狭間で、私は確かに息をした。




「これ、ある意味、西片先輩へのラブレターみたいなもんじゃないですか?」


 それは、今年度の三年生が卒業した後の、私が所属する文芸部での出来事だった。


「はい?」


 前部長であった先輩から「頑張ってね」という温かい応援のお言葉と、そのお立場を譲り受けて、よっしゃ今年から私が部長だと、自身の地位向上に意気揚々としていた私こと、西片にしかた沙樹さき。だがそれから日が経った頃に、今度は後輩の津田つださとるくんのほうからも、これまた何とも意味も内容も理解しがたいお言葉を受け取ることになる。


「今年度の卒業制作集の中に挟まってた、ある一枚の紙」についての話である。


「なんか、卒業生の方達と最後に一緒に撮った写真一枚と、まるで小説の内容の一部を切りとって印刷したっぽいものが、今年度の卒業制作集の間に挟んであったんだけど、なにか知らない?」


 と、数少ない部員に一応は訊いてみたが、誰もが知らない。しかしその中で、悟くんだけは、私から件の紙を借りると、パッと見ただけで何かを読み取った。そして先ほどの返事である。


 私へのラブレターみたいなものであると。


「だ、誰からので?」


「今年、文芸部から卒業したのは、斉藤先輩と、三秋先輩でしたよね」


 悟くんは、私から二枚目の集合写真を手に取り、二人を交互に指差す。斉藤さいとう優羽ゆう三秋みあき由美子ゆみこ。二人とも素敵なほど人格者で、美人佳人。写真の中の斉藤先輩は、眉目秀麗の顔立ちのまま微笑んでいて、乙女ゲーのジャケ絵にでも普通に出てきそう。また三秋先輩もその麗しさが半端なく、髪は王道のつやつやロングの、一房だけ細く三つ編みでアクセント。その儚げな雰囲気で微笑する姿がもう、お美しすぎる。なんでもこの日のためにその髪型をばっちり決めてきたんだとか。お似合いです。


「……」


 この二人は噂じゃ恋人同士だとも言われていた。二人で帰ってる姿も何度もいろんな子が見かけたことがあるらしいし、多分本当なんだろう。


「これ書いたの、三秋先輩です。最後の文章に、三秋先輩が好きな「空」をテーマにしていますね、だからそうだと思いますよ。……というか、三秋先輩の髪型、普段はいつももう少し結びとか、編み込みとか凝ってましたよね。でも卒業式の時は、普通なロングで一房だけ細く三つ編みなんですよ。それだけでも心情察すること出来ますけど」


「み、三秋先輩がッ?! ――――あ、でも確かに最後の文章、空のことが書いてる」


 三秋先輩は、空が好きだった。特に夕焼けや星空。よくスマホのカメラで、部活中だったり、偶然一緒に帰れたときだったり、いつも空を撮っていた。晴れでも雨でも、「何が素敵」だとか、「どこが美しい」とか、「それが好き」だとか、色々と教えて貰った。それらは私の創作の琴線に触れ、執筆意欲がよく湧いたものだった。


 私たちの学校は海辺が近いので、よく海岸沿いの防波堤から、夕暮れの空と、その水平線を映していたことも思い出す。これは、その時の心情を文章化したんだろうか?


「で、でも髪型で察するって何、気分で変えてたとかじゃなくて?」


「そうっすよ。だから「そういう気分」だったんです。いつも、斉藤先輩は三秋先輩の髪型、綺麗とか可愛いとか褒めてたじゃないですか。……あの、沙樹先輩、一応女性ですよね。女性って、心機一転で髪型を思いっきりばっさり変えたりするんですけど、知らないんです?」


 うるせぇ黙れ、じゃなくて、いや、それはおかしい。三秋先輩は、女性だ。私にそんなラブレターな気持ちを抱くのは、何故でしかない。だって三秋先輩と斉藤先輩は付き合ってる疑惑が濃厚なんだから。


 むむむ、と悩む私に、悟くんは言った。


「頑張れ、って意味なんじゃないでしょうか。それに、悔しいけど、って感情もあると思います」


 ――――頑張れ。


 かつて私は、斉藤先輩が好きだった。優しくて、人のことをちゃんと考えて接してくれる、そんな人柄が好きだった。


 しかし三秋先輩とよく帰っていたし、恋人、そういう噂もあったから、私は諦めた。三秋先輩も斉藤先輩と同じタイプで、だから私が告白するまでもない、あんな外見も内面も美人な方には、私みたいなやつは敵うわけがない。


 なのに、頑張れとは、なんの事なんだろうか。


 というか、付き合ってなかったの?


「予想でしかないですが。辛かったと思いますよ、三秋先輩。だって、自分の想い人は、西片先輩の話しかしなかったんじゃないでしょうか」


「わ、私の話ッ、斉藤先輩がッ?」


「水平線に沈む夕陽と夜空の星が混在する不思議な時間の狭間で、私は確かに息をした。の、部分です」


 悟くんが、紙に印刷された、最後の一行を指差す。なんだなんだ、なんの話だ。回り込んで紙を覗き込んで一緒に見て説明を受けるしかない。


「水平線に沈む夕陽は、景色的に見れば上半分ですよね。だから夕陽の半分だから「夕」つまり、まんま「優羽」です」


 まぁ、確かに。だけどそんな理由だけでは納得ができない。でもとにかく続きがあるようなので聞いてみよう。


「それに、文章では「水平線に沈む夕陽と夜空の星が混在する不思議な時間の狭間で」とあります。夕日と夜空が同時にあるのは、日の入りくらいですよね。しかし日の入りくらいの空では、まだ夜空の星といえば月か、せめて沈む太陽くらいしか見えません」


「うん、まぁはい」


「ですが、その状況下でも見える星があります。太陽、月、に次ぐ三番目に見えるもの。宵の明星である金星です」


 金星。宵の明星もそうだが、逆に明けの明星とも呼ばれる星。確かに金星は明るい星みたいなのは聞いたことはあるが、それの何が私に関係あるんだろう。


「先輩って、「未来」のことを何て呼びます?」


「未来?」


 今度、悟くんは一番最初の文章を指した。「その時、私が見たのはきっと未来だった」。指先は、その未来、の部分を指している。


「未来は、みらい、でしょ。他に何かある?」


 文脈的には、その読み方で何の間違いもないはずだ。だから未来は、みらい、で合っているはずだけど。


「未来って、人によってはルビで「先」とも読むでしょう」


 先。


 その時、私が見たのはきっと未来さきだった。


 ――――さき。

 

「想像ですけど、もしかして斉藤先輩は、自分の好きな人がバレたら恥ずかしいので、それとなくの三秋先輩に、恋愛の相談をしていたとかなんじゃないかなと。だけど三秋先輩はすぐに誰だか分かってしまった。だから「その時、私が見たのはきっと未来さきだった」なんですよ」


 悟くんは続ける。


「で、「水平線に沈む夕陽と夜空の星が混在する不思議な時間の狭間で、私は確かに息をした」の部分ですが、ここは他と比べて幾分か詩的に書かれてます。ので、さっきの説明も踏まえて現実的にざっくりと言えば、「優羽はずっと沙樹の話しかしない。隣に私がいるのに、まるで独りみたいだ」ってやつです」


「ま、待って。ちょっと分かんない。「私は確かに息をした」部分はなんでそうなんの?」


「逆に、息する以外に何ができるんです。今、自分は一瞬にして恋に破れてしまったのに、されど相手は尚も自分と自分が好きな人に関わる恋バナしかしない。そこで泣けって言うんですか。もっと私を見て、と怒るとか、なんで見てくれないの、とかで落ち込めば良かったですか。そんなの相手が困るだけでしかないから、孤独に頑張って平常心を取り繕って、何食わぬ顔して傷心を悟らせぬよう、相手に合わす他ないじゃないですか」


「わ、分かった。でもあと、さっき金星がどうたら言ってなかった? それはどういうこって?」


「いちばん星みつけた、ですよ」


「それって、童謡とかで有名な?」


「はい。そのいちばん星は、金星とされてます。だから一番星なんです。斉藤先輩にとっては」


 ――――。


「誰でもそうでしょう。誰かに恋したら、その誰かは自分にとって一番大事な人です。それほど斉藤先輩の、西片先輩への恋は、輝かしく見えたんでしょうね」


 その時、私が見たのはきっと未来さきだった。

 

 水平線に沈む夕陽ゆう夜空の星きんせいが混在する不思議な時間の狭間で、私は確かに息をした。


 固まってしまう。その推理が、考えすぎの域を出ないにしても。


「だから全文を見て、大体の意訳みたいなことしてみると」


 でもそんな私を見越してか、悟くんは訳してくれた。


「ある日、自分が好きな人の好きな人が分かってしまった。多分きっと、後輩の沙樹さんだろう。

 

 私達はもうちょっとで、卒業式。だから彼と今までのような交友関係から進展したかった。もしかしたら自分の人生の分岐点は、ここなのかもしれないと思えた。

 

 応援するような追い風も吹いた。そして、彼がいつも綺麗な髪型だねと言ってくれた、想いをこめて頑張っておめかしして結んだこの髪と、胸に秘めたこの決意は、彼ともう一歩先の関係になりたいという自分自身を、強く後押ししてくれた。

 

 だけども彼は、自分が愛する沙樹さんの話しかせず、今まで積み上げてきた片思いは一瞬で終わってしまった。当然まだ心の整理なんてできるわけもない。でも優羽さんが沙樹さんの事を話すときの表情だとかが、なぜか「素敵」、「美しい」ものと思えたのだから、色んな想いや気持ちが複雑に混ぜこぜになった不思議な心ままで、ただそのまま彼の隣に並んで、気丈に歩くことしかできなかった」


「考えすぎぃぃーッ!」


 ごめん悟くん、五月蠅かったと思うけど、これは堪らん。わぁーっとなってしまうのは許してほしい。あまりにも変に考えすぎなヤツよ、それ。


「あのさ、なんか変に妄想力、逞しくない? そこまでじゃないでしょ、この紙は。特に最後ッ、たった一文に、そこまでの思い込める、普通?」


「和歌の現代語訳とか長いときあるでしょ。それと一緒ですよ。あと大体合ってると思いますよ。最後の詩的な文章のとこ、意味ありげな文章として見えるように、一つ改行されてる。しかも三秋先輩が「素敵」や「美しい」や「好き」とかって愛していた「空」がテーマとして書いてあるんですよ? だったら当然そこに、そういった特別で意味深なものを見いだしてほしいって作者の意図が見えるでしょうに」


「いやぁまぁ言いたいことは分かるけどッ」


「そこまでの想いがあったんですよ、三秋先輩は」


 と、悟くんは例の紙を、私に返してきた。いや、そんな無表情でパッと返されても、私にどうしろってんだい。とりあえず紙は受け取るけども。


「頑張ってね、って言われたでしょ? ……あぁ、だから今思えば、そういう意味でもあったのか」


「ちょ、ちょっと勝手に一人でまた納得して。その頑張れって何、さっきも言ってたけど、あれは次期部長を頑張れってやつで」


 そう。言われた。頑張ってねと、確かに私は言われた。


 文芸部前部長、三秋由美子先輩から、そんな温かい言葉を、頂いたのだ。


「少なくとも二つの意味があるんですよ、それは。仰るように次期部長を頑張れ。そして――――」


 反対から読んでみてください。


「は?」


 返却された紙を受け取った私だが、今、悟くんが言った言葉だけは、上手く受け取れなかった。


「反対からって、なに?」


 と、私が紙に書かれた文章を、反対から読んでみる。それは逆さまから丸ごと読めなんて意味不明なもんじゃないとは分かる。だけど、そんなことして何があるっていう疑問は全く解けなかった。




 その時、私が見たのはきっと未来だった。

 過去と決別し、新たな一歩を強く踏みしめるこの瞬間は、私の人生を変える分岐点なのかもしれない。

 刹那的な浜風が後ろから前へ吹き抜けてゆく。

 きつく結んだ髪と決意は私の一歩を強く後押しした。


 水平線に沈む夕陽と夜空の星が混在する不思議な時間の狭間で、私は確かに息をした。




 でも、ピンと来た。彼が何が言いたいのか、分かった。


「一時期、流行ったでしょう。右から読んでも、左から読んでも、物語が成立する「回文」が。これも、上から読んでも、下から読んでも通じるんです」


 私は、下から文字を追っていく。それに合わせて、悟くんが解説をする。


「遡っていくと、それは「三秋先輩の今の心情」です。


 優羽さんが彼女の話をする時、複雑な気分だけど、でもそんな別の誰かに恋する優羽さんを不思議と「素敵」だと、「美しい」だと思えたのも事実。


 だから卒業式の日、心機一転、今までしたことなかった髪型である、想い強く一房だけ三つ編みにした。その「決意」は自分の一歩を、また強く後押ししてくれた。すればあの時と同じように、この選択を応援するような追い風がまた吹いた。


 過去と決別し、新たな一歩を強く踏みしめるこの瞬間は、私の人生を変える分岐点なのかもしれない。


 その時、私が見たのはきっと未来だった」


 ――――。 


「ようは沙樹先輩と、斉藤先輩の恋を応援する側になったんです。心から恋する斉藤先輩が、自分が好きな空のようにあまりにも綺麗だったものだから、邪魔したくないと自ら身を引いたんでしょう。だからもう後半の部分は、言葉通りですね。「今でも好き」という過去と決別し、悲しいけれど、それでもまた三秋先輩は「新たな一歩を」だなんて、ここが分岐点として、また違う前を向けたんです。だから――――」


 その時、私が見たのはきっと未来だった。


 そこは、その最後の一文は、この文章の中でも、何よりも文字通りの意味なのだと、悟くんは教えてくれた。


「……この文章を写真と一緒にここに残したのは、沙樹先輩への、最後のちょっとした嫌がらせです。自分だって彼が好きだったんだと。三秋先輩は遠回しに伝えているんだと思います」


「――――やっぱ、考えすぎなんじゃ」


「なら、あとはお任せしますよ。僕はここまでです」


「は、お、お任せってなに?」


「どうぞ両思いになってください」


「……え、知ってたの、私の乙女心」



 と、悟くんはそのまま、なんだか淡々とした動きで、部室内で自分に割り振られた席に座り、パソコンを立ち上げ、自分の小説の続きを書く準備を始めた。説明が難しいが、今の悟くんは、いつもの悟くんらしくない態度だった。


「三秋先輩の応援、無駄にするんすか」


 そんな彼の様子に面食らってた私に、彼はパソコンの画面を見ながら、若干呆れた感じで、自分のスマホを取り出し、ぷらぷらと揺らした。分かってる。「はよ電話しろ」というジェスチャーだ。彼も彼で、ぶっきらぼうだが私の背中を押してくれているらしい。


「い、いや、でも」


「まずは改めて卒業おめでとうって電話で言えば良いんですよ。あとは勝手に話は進みます。斉藤先輩なら、必ずそうしますよ」

 

 ――――。


「どうぞ、お幸せに」


 そして、いざその日の夜。私は恐る恐る改めて電話すると、斉藤先輩からデートに誘われた。それは軟派な形じゃなく、真剣に、私のことを考えてくれた言葉で、伝えてくれた。


 私は本当に自分で良いのか、と訊ねると、一緒に居てほしいと、まるでプロポーズみたいなことも言われた。自分でも顔が真っ赤になるのが分かったし、先輩も言葉の選択を勢い余りすぎて間違ったのだろうか、凄いしどろもどろだったから、その顔も私と同じことになっていたに違いない。


 その後、私たちは正式に恋人となった。改めて面と向かって、お互いの気持ちを伝え合い、口から出た言葉は、まさに両思いだった。


 その時、正直記憶が無い。照れくさくて笑ってしまったような、思い切り泣いてしまったような、そのまま力が抜けて座り込んでしまったような、コミカルに立ったまま気絶したような、記憶に混線が目立つ。


 でも、斉藤先輩と手を繋いで、一緒に歩いたことだけは覚えている。好きと言う言葉を、お互いに向けて交わせたことも覚えている。


 人生、どうなるもんか分かったもんじゃない。 



 今年、春。西片沙樹。まさかの初恋人ができました。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その時、私が見たのはきっと。 至璃依生 @red_red_77

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ