後編



「ニルス! 来たよ! 浮き島が!」

「何?」


 エルヤーが監視に向かって程なく。彼女は監視塔に戻って来てニルスにそう言った。早速彼は監視室に向かい、彼女が示す辺りを望遠鏡で覗き込む。確かにそこに、こちらへと向かって来る浮き島が視認できた。


「マジだ。珍しいな……地上の大きさは、大体二十メートル四方ってところか。小型だな。高度はやや低い。この進路だと丁度この辺りの地面の下とぶつかるな。相対速度は大体四キロメートル毎時。この辺りのものにしちゃ速い。四、五時間後にはここに来る感じか。上部は土、下部は岩石。よくある一般的な浮き島。そうなると体積と質量と重量比は――」


 測定機能も有する望遠鏡のアタッチメントをカチャカチャと変えながらそれを覗き込み、ニルスはぶつぶつと呟く。

 ふと彼が横を見ると、どことなく心配そうにその様子を見つめるエルヤーと目が合い、彼は安心させるような口調で言った。


「ま、割と楽そうで良かったよ」

「これからどうするの?」

「捕まえるんだよ、浮き島を」

「どうやって?」

「浮き島の土壌の性質とか、大陸の上を通るか下を通るかとかでやり方は違うが、今回は……そうだな。大砲でアンカーを打ち込んで浮き島を魚みたいに釣り上げる方法にする」


 言い終わるとニルスは階下に移り、仕事机の上にさらな大判の紙を広げ、机の近くに置かれていた大きな計算尺を掴んだ。そして椅子に座り、ペンを片手に何やら複雑な計算式を書き始める。


「何やってるの?」

「計算だ。浮き島の正確な進路だとか、アンカーを打つべきポイントの割り出しだとか、大砲の弾道の計算だとか、色々やるんだよ」


 ガリガリと物凄い速さでペンを動かすニルスは瞬きを一切せず、数式と向き合う。

 計算尺をスライドさせながら数値を割り出し、計算結果を書き込みながら彼は続けた。


「とりあえず数撃ちゃ当たるでやってる西さんとは違ってここは予算が無いからな。そんなに大砲をバカスカ撃てないから、一発一発を大事に撃たにゃならんのさ」


 瞬く間に白い紙は計算式で埋め尽くされ、彼はその紙を床に捨てると、次の紙を机の上に広げた。


「大雑把な西さんのやり方とはどうにもウマが合わなくてな。正直、こっちのやり方の方が性には合ってる」


 再度白い紙に計算式を埋めていくニルス。エルヤーは床に落ちた紙を見てみるが、一体何が書かれているのか全くもって分からなかった。

 計算に一区切りついたのか、彼は突然ガタリと立ち上がり、部屋にある機器を取り出した。


「だが、それにはかなりの量の計算と観測データが必要だ。幸い、時間の余裕は充分ある。ほら、まずは外出て風向きと風速測ってこい。お前にもやってもらう事が沢山あるぞ」

 ニルスがエルヤーに手渡したのは風向風速計。彼女は鈎爪で受け取りつつも、動かない。この半年間、彼がサボっている姿しか見た事がないエルヤー。これまで一度も見た事なかった仕事のできる先輩然とした彼の様子に、目を丸くしていたのだ。


「どうした?」怪訝に思ったニルスが問う。

「よく分かんない……よく分かんないけど」

「おう」

 よく分からない。彼女は風向風速計の使い方が分からないのだろうか?

 そう思っている彼に、エルヤーはずい、と近寄った。

「何だか今のニルスって凄いと思う!」

「はあ」

 キラキラとした目でニルスを見上げるエルヤーに、彼は生返事を返した。

「すっごく適材適所してるって感じがするよ! それだけ!」

 サッと踵を返し「行ってくる!」と元気に階段を駆け上がる彼女を見送り、部屋に一人となった彼は少し考える。


「……「すっごく適材適所してるって感じ」か」


 彼はここでの生活を思い返す。仕事は少なく、負うべき責任も少なく、悠々自適に本が読め、たまに来る浮き島を自分好みの方法で捕まえる。最高だ。だが給与は渋く、多分昇進も望めない。ついでに食事もちょっとショボい。

 それでもニルスにとって一番性に合っている職場というのは、きっとこの東の果ての監視塔なのだろう。


 そんな事はエルヤーに言われずとも彼は分かっていた。差し当たって彼が気になったのは、そう。


「――どんな感じだよ」


 彼女の変な言葉の使い方に、ニルスはフッと笑った。


 東の果ての監視塔は、十指族ヒューマン鳥翼族ハーピーの職員二人態勢で回っている。

 本日午前七時半より浮き島視認。これより浮き島の係留業務を開始する。



 監視塔の一階には大きな門が二つある。片方は大陸側、もう片方は断崖側である。

 大陸側の門は物資や機材の搬入等に使うものであるが、断崖側の門は浮き島の係留作業の際に開けられる。

 その門を開けると、監視塔の一階から崖の近くまでレールが伸びているのが見える。これはトロッコに乗った移動式の大砲をレールに乗せてそこまで運ぶ為の物である。


 ニルスとエルヤーは門を開け放ち、大砲の乗った手漕ぎ式のトロッコをキコキコと操作して、所定の場所へと動かした。

 大砲を固定し、ニルスが角度の調節を行っている内に、エルヤーが監視塔に付いているクランクを回し、監視塔に格納されているクレーンを伸ばす。そして原動機で動く巻き取り機に付いているリールから太いワイヤーを引き延ばし、クレーンへと通した。

 クレーンから垂れるワイヤーの先端をエルヤーは大砲の元まで引っ張る。既にニルスは大砲に火薬と弾丸となるアンカーを装填していた。

 後はワイヤーとアンカーを繋げば、準備は完了である。


 時刻は正午を回り、件の浮き島は大陸からおよそ二百メートルの距離まで接近していた。

 しかして二人の顔に焦りや不安の色はない。全てはニルスの計算通りであるからだ。


 二人はお互い耳栓をちゃんとしている事を確認した後、うんと頷いた。

 そしてニルスはハンドサインでカウントダウンをする。5、4、3、2、1――



 ――大砲の轟音。耳を塞いでも尚、体に響く音の波を、二人は感じ取った。



 大砲から発射されたアンカーは、太いワイヤーをシュルシュルと引き連れて、綺麗な弧を描いて飛んでいく。

 標的は二百メートル先、およそ二十メートル四方の小さな浮き島。吹き上げるような強風の中飛翔するアンカーはニルスの狙い通り、その島の中央に深々と突き立った。


「よぉし! ドンピシャ!」

「わぁ!? 凄い!」

 ガッツポーズをするニルスと、彼の完璧な仕事に驚嘆するエルヤー。

 程なくして、二人は向き合った。エルヤーに手を伸ばし、ニルスは言った。

「お疲れさん。お前もよくやったよ」

「……何て?」

 未だ耳栓をしていた彼女には聞こえなかった。だが、とりあえず彼の伸ばす手に、彼女は翼を重ねた。




 クレーンは唸りを上げて、ワイヤーを巻き取っていく。大陸よりもやや下の高度を飛んでいた浮き島は引っ張られ、徐々に高度を上げながら右斜め上方にあるクレーンの元へと近付いて行く。


「アンカー、途中で抜けちゃったりしない?」エルヤーはアンカーを翼で指して言う。

「ちょっとやそっとじゃ抜けない構造になってるから大丈夫だ」

「この浮き島ってこの後どうなるの?」

「昼前に本部に連絡したんだが、この規模の浮き島だと輸送費の無駄だから、これはこのままそこらの断崖にくっつけろってよ」


 係留に成功した浮き島は後に拡張が必要とされる地域へ輸送され、そこの土地の資材となる。

 ただ、今回東の果てにやって来た浮き島のサイズは小さく、西の方でざらにあるものであり、またよくあるタイプの浮き島なのでこれと言って特別な価値があるという訳ではない。わざわざ東の果てから輸送する必要などないというのが本部からの返事であった。


「折角ニルスが頑張って捕まえたのに、それを無駄って言うのひどくない?」

 それを聞いて不機嫌になるエルヤー。しかしニルスはかぶりを振った。

「無駄じゃないさ、ここに新たな大地が出来上がるんだからな。俺たちが作った大地だ」

「そう聞くと何か良いかも。じゃああの島は私たちの土地ってこと?」

「いや、国の土地だ」

「そんなー」

 所詮二人は下っ端の公僕である。までも彼らの成果は国の成果となった。


「それにしても。くっつくんだ、浮き島って」

「ああ、浮き島同士は接してれば自然とくっつく。ただ、表面の境目は埋めた方が良い。雨が降って境目に水が溜まると接着が弱くなるからな」

 そろそろ来るぞ、とニルスは言う。クレーンに引っ張られ、断崖に近づいて来る浮き島。やがてズン、という地響きが鳴り、浮き島と大陸は接した。これでこの浮き島は、やがて大陸の一部となる。


「やったー!」

「あぁ……やっぱりこうなるか……」


 新たに増えた大地の上で飛び跳ねるエルヤーに対し、ニルスは地面を見て、かなり気が滅入っている様子であった。それを見て、彼女は頭に疑問符を浮かべて訊ねる。


「どうしたの? 何か元気ないね?」

「正直ここからが大変なんだ。見ろ、この大穴を。人が飛び込んだら軽く死ねる程度には深いしデカい」


 彼は地面を指差す。島と大陸の接着面はガタガタであり、クレバスのような大穴が開いている。雨が降ると接着力が落ちるどころか、彼の言う通り、このままでは何かの拍子で誰かが誤って落ちてしまったら確実に死人が出る。大変危険な状態であった。


「これから穴を埋めるんだっけ? どうやって埋めるの? 土はどこから?」

「監視塔に土嚢と猫車とシャベルがある。土は……ほら、あの先に山ほどあるだろ?」

 キョロキョロと辺りを見るエルヤーに、ニルスは指で指し示す。彼の指差す先、数百メートル以上は離れた所に、低めの山があった。


 思わぬ崩壊を避けるため、原則として大陸の端から周囲五百メートルは深い穴を掘ってはいけないという法律がこの世界にはあった。必然的に、土はそこから持ってくる事となる。

 ニルスは大穴を一瞥し、うんざりした様子でエルヤーに言う。


「お前もシャベル持って埋め立てるんだぞ、これを」

「え? いや、私腕無いから無理だよ?」


 シャベル持てないよ、と翼をばさりと広げるエルヤーに、確かにそうだなと彼は頷いた。

 二人の会話に暫くの間が空き、やがて彼は困惑したように口を開いた。


「…………え? もしかしてこの大穴を、俺一人で埋めるのか?」

「……土嚢くらいは運べるかも。まぁ、浮き島の監視の方は私に任せて、ニルスは埋め立てがんばってね!」


「これも適材適所だね!」とエルヤーは屈託のない笑顔で言った。シャベルを使った事のない彼女に悪気は無いのだろう。

 エルヤーは知らない。この作業が地獄の拷問も斯くやと言わんばかりの重労働になる事を。彼女の前任、かつての同僚である十指族ヒューマンの中年男性と以前二人してひぃひぃ言いながらおよそ三か月の月日を費やし、やっとの事でやってのけた作業がこれだという事を。

 ちなみにその時の男性はこの作業が元で腰を壊して退職した。


 今回それを一人でやらなければならないとなると、終わるまでに一体どれほどの時間が掛かるのだろうか。果たして終わるまでに自分の腰はもってくれるのだろうか。

 一応前回よりも浮き島の大きさは一回り程小さいものではあるが、一体それが何の気休めになろう。これからの業務を考え、ニルスは茫然とした。



「ほらほら頑張って! 腰入ってないよ!」

「待って……もう……無゛理゛ィ……!」


 陽が落ちていき、辺りが暗くなり始める時分に、シャベルを持つ男がそこにいた。

 激励を送るエルヤーを背後に、ヘロヘロになりながらニルスは穴を土で埋めていく。

 シャベルで数百メートル先の山から土を削って土嚢と猫車に入れ、土で満載の猫車を穴まで運び、穴の中へ土を入れていく。監視業務の合間にエルヤーが穴の近くまで土嚢を運んでくれるのだが、基本は彼一人で埋め立てを行う。

 しかしやってもやってもキリがない。彼はかつての地獄を思い出す。穴を埋め終えた際、元同僚の中年男性と共に感涙にむせび抱き合ったが、あんな経験はもう二度と御免である。

 これはきっと重機が必要だろうと、彼は作業の最中ずっと思っていた。前回は二人。今回は一人である。きっと本部も同情してくれる。


 連絡を、本部に連絡を。ニルスはうわ言のように呟きながらシャベルを握る手を動かし、そしてその日は完全に日が沈むまで作業は続いた。



 後日ニルスは本部に重機の要請をしたが、予算の都合により却下となった。

 本部から「手作業でやれ」という慈悲も無い命令が下り、暇を持て余した悠々自適な読書生活から一転、暫くの間肉体労働に励む事が決定し、彼は膝から崩れ落ちることとなる。


 東の果ての監視塔は、十指族ヒューマン鳥翼族ハーピーの職員二人態勢で回っている。

 ニルスの暇な時間は減ったものの、今日も一日異常なし。







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東の果ての監視塔 晴鮫 @spring0205

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