【カクヨムコン10 短編】共同募金

おひとりキャラバン隊

共同募金

「赤い羽根共同募金で~す、募金をお願いしま〜す」


 駅前通りの繁華街の入口で、取引先から帰社途中だった僕は、その声に誘われる様に、募金箱を肩からさげた高校生たちがいる列の方へと向かっていった。


 高校生は男女2人ずつの4人が横並びに立っており、もう日が暮れかけているというのに、比較的明るい繁華街の街頭の下で、街灯の光に負けないくらいの明るい笑顔で声を上げていた。


 何となく僕は、並んでいる高校生のうち、一番左端に立っていた、すこしぽっちゃりとした可愛らしい女子高生の元に歩み寄り、財布から出した500円玉を、彼女が首から下げている募金箱に投入した。


「わぁ! ありがとうございます! この赤い羽根をひとつどうぞ~」


 そう言って赤い羽根を手渡してくれた女子高生は、丸くふくよかな頬をピンク色に染めて、満面の笑みで笑いかけてくれた。


「どういたしまして。君達も頑張ってね」

「はい! ありがとうございます!」


 そんな短いやりとりをしてから、僕はそのまま駅の方に向かい、会社へと向かったのだった。


 会社は都内のオフィス街にある小さなビルの3階にある。


 社員は20人くらいしかいない、小さな会社だ。


 僕は営業部長だが、部下なんて2人しかいないので、昼間は営業先を回る為にほとんどオフィスを留守にしている。

 営業活動を終える夕方頃にオフィスに戻ると、今日の業務に疲れた他の社員たちと顔を合わせる事になるのだが、今日は給料日で金曜日という事もあってか、何となくみんなの顔に生気がみなぎっている気がした。


「あ、山本部長。おかえりなさい」

 という事務職の女子社員の声に、

「ああ、お疲れ様」

 と返しながら、着ていたスーツの上着をオフィスチェアの背もたれに掛けると、僕は席に着いてデスクの上の書類に目を通していた。


「ん?」


 書類の中に、取引先からの「お願い」と書かれたパンフレットの様なものを見つけ、そんな声がふと漏れてしまった。


 そのパンフレットによると、その取引先が行う「CSR活動」とやらに、「一緒に参加しませんか」という参加者募集依頼という内容だった。


「CSR活動」とは、「企業が社会的責任を果たす活動」という意味だ。


 大企業は多くの企業がこの活動を行っている事は知っているが、僕が勤める会社みたいな小さな会社に出来る事などあまり無い。


 せいぜい今日の僕の様に、街で見かける募金箱に小銭を投入する程度がいいところだ。


 ただ僕の場合は、ここ10年間ずっと募金を続けている。


 赤い羽募金は勿論、緑の羽や青い羽の募金も同様だ。


 赤い羽募金は社会福祉事業に分配されるし、緑の羽募金は緑化事業に使われる。

 青い羽募金は水難事故等の救済などに使われるらしいし、とにかく誰かの役に立てるという事は間違いが無いだろう。


 個人でできる寄付活動など大した規模にはならないだろうが、それでも「誰かを助けてる」と思う事で、僕の心の平安は保たれるのだ。


 そんな僕の手にある、このパンフレット。


 どうやら取引先企業が企画したチャリティイベントの様だが、このイベントで得た収益は、とある空き地を購入する為の資金にする目的がある様だ。


 いずれその公園を児童公園にするつもりの様で、パンフレットにはボール遊びをする子供のイラストが描かれている。


 昨今は街の公園ではボール遊びが禁じられているという社会だ。


 もしこれが、子供達がのびのびと遊べる空間を作ろうという事ならば、とても意義のある事なのかも知れない。

 しかし、パンフレットには土地の購入資金を集める目的があるという事以外は「未来の子供達の為に」というキャッチコピーが大きく書かれているだけで、公園を作る目的については記載が無い。


「ちょっと問い合わせてみるかな」


 胸ポケットからスマホを取り出し、取引先の担当者に直接訊いてみる事にした。


「あ、どうもお世話になっております。K商事の佐藤です」

 電話の向こうで担当者の声が聞こえ、

「こちらこそお世話になっております。A企画の山本です」

 と僕も名乗った。


「御社から届いたCSR活動のパンフレットの事で、ちょっとお聞きしたい事がありまして」


「あ~はいはい、あれですね」


「ええ、このイベントの目的が敷地の購入資金を集める為って事になっているんですが、この敷地は児童公園を作る目的って事で間違いないですか?」


「ああ、えーっと、実は私も詳しい事はよく解らなくてですね……」


「え? でも、パンフレットには児童公園で子供がボール遊びをしているイラストが描かれているし、そういう目的じゃないんですか?」


「あ~、すみません。私も上司の命令でパンフレットを配っているだけで、敷地の購入資金を集める目的だとは知っていますが、その先の計画については知らされていないんですよ」


「これまでに同じ様なイベントって開催した事は無いんですか?」


「実は……」

 と佐藤は少し声を潜める様にして、「ここだけの話なんですが、10年くらい前に同じ様なチャリティイベントをやったって話は聞いた事がありましてね、その時は『こども食堂を作る』って話で資金を集めて、実際に弊社の敷地内に食堂を作ったんですが、子供食堂として機能していたのは最初の数か月だけで、いつの間にか当社の社員食堂に変貌してしまったという話もありまして……、今回のイベントの目的についても、実際はどういうものなんだか、私にも分からないんですよ」


「……何ですかそれは!」

 と僕は少し語調が強くなっていたのかも知れない。


「あ、いやいや! 私は上司の命令で動いているだけですので、そういう計画だったのかとかは全然知らなくてですね」

 と佐藤は慌てた様に言い訳をしている。


「そうですか……」


 僕は手元のパンフレットをぼんやりと見ながら、この企画には参加しないでおこうと決めた。


「まあ、事情は分かりました。とりあえず今回のイベントへの参加は見送らせて頂く事にしますので、もしまた今回のイベントについて詳しい事が分かりましたら、ご案内頂けますか」


「はい、承知しました! 何かすみませんでした! では、これで失礼します」


「はい、失礼します」

 と僕が言い終える前にプツリと電話が切れ、僕はため息をついた。


 ……誰かの役に立とうと始めた募金活動への寄付だったが、それらのお金は本当に正しく活用されているのだろうか。


 そんな思いが僕の頭の中をぐるぐると回りだす。


 想えば、ユニセフの募金だってアフリカ等の貧しい国への食糧支援を行っている筈だが、数十年前から続いている世界的な活動なのに、今もまだ、アフリカでは飢餓に苦しんでいる子供が後を絶たないのは何故なんだ?


 数十年間も毎年大金を世界中から集めているのに、どうして今もアフリカの子供達は食べるものさえまともに手に入れられないんだ?


 貨幣価値も全然違い、日本円で20万円もあれば、発展途上国では1年間遊んで暮らせるとかいう話を聞いた事がある。


 そんな国に、毎年数百億円もの資金が投入されているのに、どうしてその国はいつまでたっても発展しないんだ?


 そもそも本当に寄付金はアフリカの為に使われているのか?


 僕が勤める会社の年商はせいぜい50億円程度。


 それもまぁまぁ好調な業績の時でそんな具合だ。


 色々な経費を差し引いて、会社の利益など毎年数千万円しか残らないというのが実情だ。


 なのに、寄付金だけで300億円以上集める組織が、いくら経費がかかるといっても、アフリカをいつまでも貧困から救えないなんて事があるのだろうか?


 いつの間にか日本の国力も落ちてきて、10年後には日本がどうなっているかさえ怪しいこの時代。早くアフリカを自立させ、日本の立て直しに注力しなくてはならない時期に入っている筈なのに……


「とにかく、赤・緑・青い羽根の募金は国内に使われるものだから、これからも続けないとな」


 国内の困窮者を救い、緑を豊かにして食糧自給率を高め、水産資源を豊かにする事で日本の豊かさも高まって行く筈だ。


 今にして思えば、上司の命令で参加者を集めなければならないチャリティイベントなんて、やはりどこかがおかしい。


 未来のビジョンが明確なチャリティイベントなら、自然に参加者が集まるものだ。


 その時、僕が個人的に使っている方のスマートフォンがブルブルと震えているのに気づき、手に取って画面を見ると、妻の早苗からの電話だった。


「もしもし、早苗? こんな時間にどうした?」


「あなた……、今日ちょっと具合が悪くなって、病院に行ってきたんだけどね。」


「そうなのか、大丈夫なのか?」


「うん。大丈夫っていうか……、『おめでた』だった」


「……え?」


「……オメデタ」


「……本当に?」


「……うん」


「そうか……、何て言うか、まだ実感が湧かないけど……、ようやく……」


「……うん。あなた、ずっと子供が欲しいって言ってたもんね」


「ああ……、嬉しいよ。すごく嬉しいニュースだ。とにかく、今日はできるだけ早く帰る様にするから、早苗も身体を大切にするんだぞ」


「うん。帰りを待ってるね」 


「ああ、それじゃ」


 僕は電話を切ると、今日貰った赤い羽根をポケットから取り出して眺め、自分の子供が生きて行くであろう日本の未来について思いを馳せてみた。


 子供の成長を想像すればするほど、これからの日本を貧しくさせる訳にはいかない。


「あと10年くらいは……、続けてみるかな」

 と僕は、赤い羽根に向かって、そう口にしていたのだった……。

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