憧れの先輩との羽休め
ゆる弥
胸が踊る羽休め
窓から見る景色は、闇の中に煌びやかな光を放って俺たちみたいな人間を挑発している。その光の中にはどれくらい羽を伸ばしている人がいるのだろう。
休めていいだろうという声が聞こえてくるような気さえしてくる。余程疲れているのかもしれない。
眉間を抑えて少し目を休めてみるが、仕事がなくなるわけでもなく。もう少しでキリがいい所まで終わりそうなのだ。頑張らないと。
斜め向かいには、今回のプロジェクトリーダーを務めている佐藤先輩がパソコンを睨みつけて、キーボードに指を叩きつけている。
最近では、女性がプロジェクトリーダーを担うのは普通の出来事。でも、上司からの当たりが強いのは可哀想だ。
少しタレ目で可愛らしい顔をしているのだが、それを忘れさせるほど険しい顔をしていた。目にかかる亜麻色の髪を鬱陶しそうに払いながらため息をつく。
そろそろ、休憩した方がいいのかな。
席を静かに立ち上がり、自販機のあるスペースへと行く。先輩はブラックコーヒーが好きだけど、糖分を摂取した方がいいと思うんだよなぁ。
茶色いパッケージに微糖と表記のある缶コーヒーのボタンを押す。今の寒い季節にはホットのものしかない。もう一本自分の分も購入する。
席へ戻ると先輩はまだ眉間に皺を寄せてパソコンを睨んでいた。そんなに睨んでいたら目が疲れるだろうに。
後ろへと回り込み、缶コーヒーを頬に押し付ける。
「あっつっ!」
体を跳ね上がらせて、こちらを睨みつけた。
「ふふっ。ちょっと、羽を休めません?」
「……はぁ。ちょっとぉ。普通に渡してくれない?」
唇を尖らせている姿は可愛らしく。バリバリに仕事ができるようには見えない。実際にはできる人なんだけど。
「すみません……」
「むぅ……ありがとぉ。はぁぁ。どこまで組めた?」
「もう少しで担当の分は終わります。あと二つほどイベントを組めば終わりです」
ため息を吐くと、缶コーヒーのタブを開ける。子気味のいい空気の破裂音が響いた。自分も続く。
「助かるわぁ。あとの人は終わったのかな?」
「終わったと思います。すみません。俺が遅いから……」
「そんな事ないよ。実は、梶くんが出来る子だからウエイトある所任せちゃったからさ」
それは薄々気が付いていた。他の人の分を担当していたら、とっくに終わっていたことだろう。それだけ、期待されているということだ。それは、素直に嬉しい。
「ありがとうございます」
「ふふっ。変なの。仕事増やされてお礼を言うの?」
「佐藤先輩の為なら、頑張ります」
やっべっ。
変な事口走った。
焦ってコーヒーを飲む。
沈黙した空気がなんだか気まずい。
密かに先輩を見ると頬がほのかに赤いし目が泳いでいた。
「……そう。じゃあ、めちゃくちゃこき使うね!」
「えぇーっ」
「ははははっ! 冗談よっ!」
先輩の振るった手が俺の左腕を襲った。鈍痛が走るが我慢する。これは、スキンシップだと言い聞かせた。たぶん笑っている顔が引き攣っちゃってる。
「あっ、ごめん。強すぎた?」
「いえっ! 大丈夫です!」
慌てて左腕を振り回して大丈夫だとアピールしてみた。
「大丈夫そうだね。じゃあ、終わらせちゃおっか!」
「はいっ!」
席に戻ると残りの作業に取り掛かる。仕様書を確認しながらプログラムを組んでいく。一時間ほどで形になった。最後に軽く動作確認をして終わり。
パソコンから目を離してため息を着くと笑顔の佐藤先輩と目が合った。
「終わったぁ?」
「はい! お待たせしました」
待たせちゃって申し訳なかったなぁ。
先に帰っててくれても良かったんだけど。
「じゃあさ、羽休めの延長に行かない?」
「えっ?」
「むぅ……二度も言わせないでよぉ。飲みに行かないかって誘ってるのよぉ」
少し目線を外しながら口を尖らせて呟く。その言葉に、心臓が跳ね上がった。
今まで皆で飲んだことは会っても、二人で飲むのは初めてだ。羽は休まるかもしれないけど、俺の心臓は家に帰るまで間はフルスロットルで稼働することだろう。
「行きます!」
「ふふっ。じゃあ、戸締りしよっか」
「はいっ!」
胸を踊らせながら消灯する。
俺の気持ちは羽が生えたように天へと昇って行くところである。
憧れの先輩との羽休め ゆる弥 @yuruya
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