第3話 馬車

 シャンシャンシャンシャン


 一定のリズムで進み揺られる馬車の中、フレディとプリシラが乗っていた。いや、気づいたら乗らされていた。


「あ、あの…この馬車は…どちらに?」

「あ、すいません、あの騒ぎから救出しないとって事で頭がいっぱいで…サントーリ伯爵家のタウンハウスでいいですか?」


 プリシラが頷くとフレディは御者に伝えてくれた。

 ホッとして周りを見ると臙脂色のビロードのクッションの効いたシート。ロココ調の曲線の美しい装飾…金色のライン…


(こ、これって王家の馬車じゃないの?!)


「あ、あの…この馬車って…お、王家の…」

「あ、あぁ、お借りしました」


「ひぃぇっ!」

 プリシラは思わず素っ頓狂な声が出てしまって扇を広げて顔を隠す。そのまま窓から外の景色を見る。


(ふぅぅ、目立ってしまったわ…しかもバケツを持って…あんな姿を見たらお嫁に欲しいなんて思う人はいないわよ…ねぇ……私もニーナのように仕事に生きようかしら……仕事……あるかしら…)


 この世界には珍しく辺境伯領を立て直し仕事に生きる友人ニーナのように生きるのも悪くないのかもと思い始めていた。


「あの…」

「キャッ!」

 フレディがプリシラの耳元で話しかけたのでビックリしてしまった。


「あのねぇ…突然耳元で囁くのはやめててちょうだい!ビックリするでしょ!な、なぁに?」

 耳まで真っ赤にするプリシラを見てフレディの口角が上がる。


「今日の御礼に失くしてしまった髪飾りをお送りしたいと思うのですが…どんな髪飾りでしたか?」

「別に…いいのよ…お気に入りってだった訳でもないのよ。ただ羽が取れてふわふわぁって落ちていくのが面白くって見ていたら自分も落ちそうになったってだけだから…ふふっ」


「えっ?」

「え?」


「そうなんですね。じゃ、羽がついていないあなたが気に入る別の髪飾りをいつか贈らせてください」

「いや、貴方のせいで落ちた訳でもないしお互い楽しい時間を過ごせたのだから気にしないで…本当に」


 むぅぅぅっとするフレディ。


「プリシラ様は帝国学園高等部に行ってたりしますか?」

「様はよして!プリシラでいいわ。学園?えぇ?行っているけど?」


 ぱぁぁぁぁぁっとフレディの顔に喜びの表情が見れた。


「私も!今年度から通います!2年生に転入します!プリシラがいてくれて心強いです」

 フレディはプリシラの右手を両手で掴む。


「あら、じゃ一緒の学年ですわね。仲良くしてくださると嬉しいわ」

 プリシラはそぉっとフレディに握られた手を抜き取る。

(バラーク王国では男女の距離感が近いのかしらね…田中もリズにべったりだったものね…)


 プリシラが王家の馬車で帰って来たのでサントーリ伯爵家では驚きを隠せなかった。が、エスコートして降りて来た男性が王子ではなかったため落胆も隠せなかった。


(お父様!お母さま!あからさますぎてよっ!)


「フレディ!今日はありがとう。楽しかったわ」

「プリシラ、こちらこそ楽しい時間をありがとう。また学校で!」


 そう笑顔で(口しか分かんないけど)去って行った。




          ※



「お帰りなさいませ」

 そう侍女たちにフレディは出迎えられて部屋へと入るとそこには第二王子アルフレッドが立っていた。


「びっくりしたよ!ホールから戻ったらいなくなっていて!何処に行っていたんだ?」

「サントーリ伯爵家にプリシラ嬢を送って来た」


「へぇ。でも彼女羽ついて無かっただろ?」

「そうなんだよ。俺も羽がついていないから違うと思っていたんだが、どうやら羽を落としたらしい」


「おぉ、だから9人しかいなかったのか。おかしいと思ってた」

「だろ?9人全員と踊ったのか?」


「いや、何曲目かで踊り終わって戻ったらいなくなってた。なんでかなぁ?」

「ふふっ」

 水の張ったバケツを持ってあの喧嘩を止めた少女を思い出していた。


「まぁ、これで10名は誰か分かったんだろ?そのプリシラ嬢が気に入ったのか?」

「気に入ったね。妃にするなら彼女!だ!」


「そっか。じゃもう入れ替わりは終わりだな」

「いいや、このまま学園でも続ける」


「えぇぇ?マジでぇ?このズラ蒸れるんですけどぉ」

「王子としてじゃなくまずはフレディとして彼女に見てもらいたいんだ!」


「マジか。ハゲたら損害賠償請求するからな」

「ハハハ。そうしてくれ」


 そういってフレディと王子の姿をしたアルという男性は頭に手をやった。

髪の毛がズルッと取れアルは茶色い髪、フレディは金色の短い髪が出てきた。


 皇后の血を引く第一王子が皇帝となると思って過ごしてきた。側室である母も数年前に突然亡くなった。皇后に毒殺されたのではという噂もあるが立証できずどうにもならなかった。


 隣国のバラーク王国に人質として交換留学をしていた方が命の心配がないという事で留学をしていたのに、まさか皇后と王子が失脚するとは思ってもいなかった。


 バラークの王子もマルクルド帝国の元王子の婚約者と恋仲になってバラーク王国へと連れていったのでもう人質である必要はないと国にいきなり戻された。


 大人の勝手に振り回されるこっちの身にもなれってんだ。


 もう息子はお前しかいないから立太子させると言われたので、せめて皇后は自分で選ばせろと要求した。


 『どこの馬の骨か分からぬ人間とは困るので今日の舞踏会で10名のうちの中から選べ』


 そんな王命が届いたのだ。皇后が俺を表に出さなかったおかげで顔は知られていない。これはチャンスだ。冷静に選ばせてもらおうとファンティー子爵として出席した。


 そしてプリシラと出会った。貴族の名前も覚えており、交友関係も広い。そして喧嘩を止める勇気もある。素晴らしい女性だ。


 羽の髪飾りが無かったから候補じゃないと分かっていても惹かれてしまった。


 それがまさか候補女性だっただなんて!

 もう逃す気は無い。まずは王子としてでなく俺個人として落とす。


 待ってろ!!!プリシラ!!!



          ※


「ふ、ふ、ふえっくしょん!!」

(風邪かしら?バルコニーにいたからかしら…)


「お嬢様、大丈夫ですか?ホットレモンでも入れてまいりましょうか?」

 侍女のマーサが片付けをしながら言ってくれる。

「いえ、大丈夫よ」


「お、お嬢様!羽!羽はどちらに行きました?」

「羽?飛んでちゃったのよねぇ…ごめんねマーサ」


 マーサのエプロンのポケットには今日の舞踏会の招待状があった。

『王子妃の候補に選ばれました。目印として羽のついた髪飾りを付けてくるように』


(プリシラお嬢様はこれを知ったら嫌がるから内緒で羽をつけていたのに…)


「チッ」

「え?」


「なんでもございません」

 マーサだけが悔しい思いをしていた。



          了



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伯爵令嬢は王子との婚姻は望みません!【全3話】【お題で執筆!! 短編創作フェス】【羽】【10】【命令】 Minc@Lv50の異世界転生🐎 @MINC_gorokumi

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