斜国

@linshanghi

斜国

急な坂道沿いにあるベンチが二つしかない小さすぎる公園。 一度も公園と思ったことはないけど一応公園らしい。私はいつもそこで休憩をする。

コンビニで紅茶とホットスナックを買って左側のベンチに座るのだ。


家まで残り7分とちょっと、頑張れば休憩なしで帰れるが、時間を贅沢に使うべくあえてここで休憩する。

私は周りよりも早く内定をもらい就職までの時間を持て余しているからだ。

スマホに映った自分の髪を軽く整え、会計前に止めたプレイリスト「夜」を再生する。妙なところで詰まっていた曲が流れ出す。

次の曲が流れ南十字星を見に行こうと問いかけてきた。

一体どこでそんな星が見れるのだろう。

 

こうして学生生活を流されるように過ごし、記憶と思い出を煙と共に吐き出して忘れているそんな文字通り空っぽな中高の同級生が蔓延るSNSを横へ無慈悲にスクロールする。これを数分行う。

お茶を半分飲み切ったことなので「そろそろ帰る」と家族にLINEを送り公園を出て坂を登っていたその時、この時間にしては珍しい親子が散歩をしていた。彼らを横目で見ながら「夜」の曲を聴いていると、「星が見える!」とイヤホンを凌駕する甲高い声が聞こえた。

その声の主は先ほどの親子から聞こえたもので子供が指を刺していた。その指先は空ではなく街を刺していた。

どうやら坂の上から見た幾つもの街の光が星に見えたそうだ。親の声までは聞こえなかったが優しく微笑んでいたため、優しく星でないことを説明してたのだろう。

そうしてまた親子は坂を下りはじめた。


そこで私は気づいた。この景色を初めて見たことに。それは旅先で見た星のように煌めいていた。強く光るもの。弱く光るもの。まさに星のように光っていた。だが星とは違う。それは確かに人工的なものだが、照明一つ一つが人を照らしているために光っているのだ。星は平等に地上全体を照らす。故に与える暖かさは微々たるものである。それもまた星の魅力なのだが。


しかしなぜ今まで振り返ることなく坂を登り続けたのだろう。答えはすぐに出た。それはきっと私の人生が過去を振り返る時間もないほどに好調だったからだ。幸福だから見えないものがあることをもっと早く知っていればよかった。

そう思いつつ写真を撮りSNSにアップした。


今思い返せば自分こそが空っぽなのかもしれない。

いやそうに違いない。

ただ人より少し先を歩いてきただけ。

後ろの世界を知らずに横目で蔑み、前を向いて自分が正しいのだとひたすらに思い続けていた。地上の星々を美しいと思える心はさっきまで持ってなかった。

時間に迫られながらも酒を飲み、二日酔いで締切ギリギリの課題をこなす彼らが私よりも世界を知っているのではないか?

そんな思いが「夜」を意味の無いものにした。

この日はいつもより5分遅く帰宅した。



家で先程の考えが微かによぎりながら動画を見ていると

アップした写真に恋人からコメントが来た。

「今度一緒に星がみたい こことかどう?」とリンクと共に。

その場所はどうやら南十字星が見えるらしい。


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