おじさんVS学校(概念)
室伏ま@さあき
通学路
田中は四十五歳になっても、通学路を歩くのが苦手だった。
黄色い帽子をかぶった小学生たちが列をなして歩く姿。
肩にかかった大きいランドセル。
朝の空気に響く、軽い感じの音。
それらすべてが、彼の胃をじわじわと締め付けた。
(騒音もあるから、学校のそばの物件は絶対に避けていたのに、通勤路が丸々被るとは)
「田中さん、今日も早いですねぇ」
会社の警備員が声をかけてきた。田中は軽く挨拶をする。
彼がこの時間に出勤するのは、登校時間を避けるためだった。
普通の会社員の田中だが、誰にも言えない秘密があった。
彼は学校が大嫌いだった。
いや、より正確には、「学校」という概念そのものを受け付けなかった。
制服を着た高校生が行き交う駅前を通るたび、吐き気を催す。
職場で新入社員が「学生時代が懐かしいです」と話すたび、変な汗が出る。
学校という存在は、彼の人生に深い傷跡を残していた。
休日、何気なく手に取った成人向け漫画に、ランドセルやリコーダーが登場してきて、田中は思わず本を閉じた。
制服の類も視界に入れたくなかった。
例えば、ナースの精神は好みだったが、実際の看護師の性格のきつさを知ると、ナースを全く見たくなくなるのと同じだった。
田中は学校的なシンボルと無邪気な笑顔を組み合わせるような表現に、違和感を覚えていた。通信簿を持って笑顔を見せるイメージのほうが、彼にとっては猟奇的だった。
ある日、人事部から声がかかった。
「田中さん、来月から新人教育の担当になってもらえませんか?」
田中の背筋が凍った。
教室のような研修室で、机に向かって座る新入社員たちに評価をつけるとは、まるで学校そのものではないか。
しかし、実際に研修が始まると、田中は意外な感情に至った。
新入社員たちは生き生きとしていた。
質問は積極的で、議論は活発だった。誰かが間違えれば、皆で考え、笑い合う。
遅刻しても「道が混んでた?気をつけてね」と、気を遣って声をかけ合う。
新人研修には、自然な学びと交流が生まれていた。
そこには、田中の記憶にある学校とは明らかに異なる空気が流れていた。
形式は似ているのに、なぜこうも嫌悪感がないのか。
ある夜、残業をしながら田中は考え込んだ。自分が嫌っているのは、本当に「学校」なのだろうか。机に向かって座ること?教える人と教わる人がいること?
通学路を歩くと、人がいないのにもかかわらず、相変わらず胸が締め付けられる。夜明け前の静かな街で、田中は考え続けた。
自分の中の「学校」という怪物は、まだそこにいる。しかし、それと向き合うための手がかりを、少しだけ掴めた気がした。
おじさんVS学校(概念) 室伏ま@さあき @murohushi
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