後編 最終戦へ!
私は最初の浄化地点、マテスト平原の周辺について調べた。図書室で地図を借り、噂話を集める。ゲームだと表示された場所を巡って画面にいる人に話を聞けばいいだけなのに、現実はどこへでも行けるからこそ難しい。
依頼を受けるサロンのお金で買える噂話って、本当にあるかな。
「……その、悩んでいるようだが……」
「うおっとフレデリック様! ちょっと考えごとをしてまして」
唐突に声がして、ビックリしたわ。金の髪がすぐそこに。
「ええと、ゴホン。相談に乗ろうか?」
どういう風の吹き回し? あ、よく訪ねてた私が行かなくなったから、気になるのかしら? 彼は騎士科なので、普通にしているとほぼ会わない。
……せっかくだし、聞いてみよう。
「マテスト平原で瘴気が発生したという噂を聞いて、調べていたところです」
私の言葉に、彼は表情を固くした。知っていそう。
「……その噂は、本当だ。教会では甘く見たせいで一度浄化に失敗していて、近々司祭を数人、送るとか。それまでは近寄らない方がいい。近くの町も田舎という感じで、あまり店もないし」
「そうなんですか、ありがとうございます!」
なんだ、役に立つじゃない。最初の目的地に決定だ。もう用は済んだのに、彼はそのまま何か言い淀んでいた。
「……ええと、そうそう。もしかして、行きたいのか? なんなら俺が、ついて行っても……いいのだが」
「いえ、行くのは友人です。助かりました!」
私はお辞儀をして、さっさと図書室を後にした。シャニーに伝えないと。司祭より先に行って、実績を作らなきゃ。
マテスト平原は簡単に済み、続いて二ヶ所、三ヶ所と浄化に成功した。天使像の目の色は薄くなった気がする。
私は毎日祈りを捧げ、時間がある時はシャニーも同行した。お勧め魔術師、ガスパー・マーとも仲良くなれた。
「ガスパーさん、ヴァネッサさんの名前を出したら一発OKでしたよ。ヴァネッサさん、学年首位なんですって?」
「そうよー。記憶を取り戻してからだけどね、魔法なんて前世から詳しかったもの。この世界を学ぶのが楽しいの。まさかゲーム内で不動の一位だったガスパー様を抜けるとは、思わなかったわ」
教会の帰りに、喫茶店に来ている。甘いものは精神の回復薬よね。パンケーキ美味しい。
「だから周りの友達はみんなヴァネッサさんを知ってて、すごいって口を揃えてたんですねえ」
「そうなの? ありがとう。ちなみにそれまでの私は、学園三位だったの。あなたが私の成績を越えると、嫌みを言いに行ったりするのよ」
褒められてたのね、純粋に嬉しいわ。ガスパーから首位を奪ったのは申し訳ない。いつでも抜いてくれていいからね!
「今のヴァネッサさんなら、あり得ませんね! 二位は誰ですか?」
「王子様よ。ガスパーは殿下の側近候補なの。殿下も仲間にできるけどさ、ゲームならともかく、現実は王族に傷を負わせたら死刑だから。浄化の旅には誘わない方がいいわよ」
「でも剣士様が、なかなか護衛を受けてくれなくて」
「あれは運だからねえ……」
パンケーキを食べながら今後の相談をする。現在はシャニーの幼馴染みをパーティーに入れているが、彼はあまり強くない。いや、育てれば強いんだけど、一年のタイムロスが大きいのだ。この一年を埋められるキャラでないと。
突然ふっと影がよぎった。男性がテーブルの脇に立っている。
「……やあヴァネッサ。窓から姿が見えたから、挨拶に寄ったよ」
急にどうしたのかしら。そうだ、紹介しないと。
「フレデリック様。こちら親しい友人の、シャニー・ファービー男爵令嬢です」
「初めまして。俺はヴァネッサの婚約者、フレデリック・クラインだ」
もしかしてヒロインであるシャニーと仲良くなりたくて!?
いや、それにしては私をチラチラ見てるわ。仲間になりたいのかしら。
「私の話は終わりましたんでー! あとはお二人でどうぞ」
シャニーがささっと帰ってしまったわ。二人きりにされても困る。
「……何か注文されますか?」
「そうだな、……コーヒーを頂こう」
椅子に座って、メニューを手にする。デートもほとんどした覚えがないので、とても不思議だわ。
「……護衛を断られた、と聞こえたが……」
「ああ、強い剣士様を雇いたいんです。彼女、神聖属性があるので、瘴気の浄化を手伝っているんです」
「そうか。なら俺が護衛しようか?」
……レベル上げしていない、フレデリック様を? ついに四か所目だし、不安だわ。
「ちょっと危ない場所ですよ?」
「俺も騎士科で訓練をしている、多少の魔物なら倒せる!」
自信満々ね。そうか、ゲームじゃないんだから、シャニーが誘ってレベル上げをしなくても、自分で修行してるんだ。それなら頼んでみようかしら。
「そうですね、できればお願いします。彼女は私の親しい友人なんですの」
「ああ! 任せろ!」
とても嬉しそうだわ。戦うのが好きだったのかな?
機嫌がよくなった彼は、騎士科の授業で魔物を倒した話や、剣術の訓練、弓も持たされるが的に当たらなかったなど、いつになく
さすがに興味がない内容だから、退屈だったわ。笑顔で頷くのも大変だねえ。
四カ所目はヴィルスラーの丘。
フレデリックが行くんだし、私も同行した。馬車には私と婚約者フレデリック、ヒロインのシャニー、学園二位の魔術師ガスパー・マー。
「君と話をしたかったんだ、シャンクリー伯爵令嬢。学園首位おめでとう」
「いえ、ガスパー・マー様。運が良かったのです」
「謙遜は必要ない、殿下も感心されていたよ。僕のことは呼び捨てでいいよ。ところで三位から飛躍した理由を聞いても良いだろうか」
私の勉強法を知りたいのかな?
うーん、面白くなって頑張りすぎただけなのよね……。
「……そうですね、国や世界に対する愛です。愛が深まったのです」
頑張る理由、それはゲーム愛。世界設定を知りたい知的好奇心が私を揺り動かすのだ。
「……愛。僕は魔法を極めたいと願っているが、……愛か」
真面目に
「お、俺は剣術の授業が一番好きだ!」
「はい」
フレデリック様が突然、張り合いだした。彼の成績は中くらいだったはず。剣術は上位だったから、それでかしら。
シャニーがにやにやと眺めている。貴女はもっと勉強しなさいよ、下から数えた方が早いくらいじゃない。
ヴィルスラーの丘は草原が広がり、一本の大きな木が存在感を示している。
オオイヌノフグリに似た、水色の野花が咲いていた。いい季節にきたわね。遠く湖まで見渡せて、北には岩山がそびえ立つ。風光明媚な場所なのよね。
ここ最近は魔物が増えて、訪れる人はほぼいない。魔物は羊っぽいのや犬っぽいのが多い。
まずは近辺の魔物を倒し、瘴気の発生源を突きとめる。ガスパーは闇以外にも水や風の魔法が使えるようになっていて、かなりの戦力だった。フレデリックも予想以上に強い。シャニーは魔法と弓矢を使い、一体ずつ確実に倒していく。
私も火の魔法で戦う。
「フレイム!!!」
ゴオオッと草を燃やしながら火が延びていき、何匹もの魔物を一気に焼いていた。ふふ、羊のローストの完成よ。毛皮ごと焼いたし、食べられないけど。
この場所の瘴気の発生源は、ヴルスラーの象徴である大木なのだ。シャニーが祈りを籠めて浄化し、瘴気は全て消え去った。
「やりましたー!」
「見事だな、シャニー」
「これが浄化か……、初めて見た」
ガスパーに続き、フレデリックも感嘆している。彼は素直な性格なのよねえ。
ちなみに伯爵家の護衛は、馬車の付近などで戦っていた。一応一個小隊がついているよ。
五カ所目の湖、難関の山の上の六カ所目と順調に浄化し、最後の七カ所目のイベントを待つのみになった。これは全部終わらせて一ヶ月以上しないと、発生しない重要イベントだ。
メンバーは結局あのまま固定され、四人で過ごす時間が長くなった。
フレデリック様は相変わらず、二人きりになると剣の話や武器屋での出来事、街道警備の状況などを教えてくれる。有益な情報も混じるので、むげにはできないのよね……。
窓の外に夕日が落ちる。今日も一日が平和に終わるわ。
天使像の目は赤みがなくなり、黙示録エンドは回避されそう。あとは最後の瘴気の浄化だけ。実はこれ、失敗しても黙示録エンドにはならない。
黙示録エンドの条件は、最初から提示されている六つの瘴気の浄化を
既に回避できていると教えたら手を抜きそうなので、シャニーには黙っている。
「……つまらなかっただろうか……」
はっ。フレデリック様とお話し中だったんだわ。全然聞いてなかった。
「少々、物思いに
取り
「楽しんでないな、とは薄々感じていた……。とにかく交流しようとしていたんだが、話す内容が難しいんだ。君が俺に話していた、人気のブティックや新しい喫茶店、素敵なサロンの話題は全然興味がなくて、どう答えていいか分からなかったし……」
……あ! 今までの私、そんな話ばかりしてた。そりゃろくに返事もできないわ、女友達とする会話じゃない。
「友人にお前からも歩み寄れと注意されたんだ。しかしこの通り、剣や警備、戦略についてくらいしか話題が思いつかなくて……」
この人、私に興味がないんじゃなかった!
趣味が違いすぎて、会話にすらならなかったんだ……! これまで私がしていたように、自分の好きなことを喋っていただけ……!
うわー、恥ずかしい。自分がやられたら、こんなにつまらないんだ。つまらない人だと思って申し訳ない。
「すみません……。確かに好きな話をし続けるのは、興味のない相手には苦痛でしたね。これからは、共通の話題を探しましょう。そうだ、シャンクリー伯爵家の領地では、トマトが多く採れますよね。私、トマトが大好きでして」
「トマトか……、俺はあの食感が苦手で」
また失敗! トマトってたまに食感や匂いが嫌で、食べられない人がいるんだった。
その後も色々、好きなもの、苦手なものの情報を交換した。フレデリック様も笑顔が増えて、少し仲良くなれた気がするわ。
教会にも、フレデリック様とガスパーがついてくる。君たちは信心深いね、と言われたわ。そういうわけでもないんだけどね。
シャニーはガスパーから魔法について教わったが、やはり神聖属性しか使えなかった。魔法への理解が深まったからか、使い方が上手くなっていたよ。
そして最後の瘴気の発生。
場所は学園。ついにこの日がやってきた!
「皆さん、落ち着いて避難してください! すぐに教会から神官様が来てくださいます!」
神聖属性を使える教師が浄化をしている。しかし瘴気は浄化の速度を上回り、どんどんと蔓延していった。
先生が瘴気に呑まれそう!
「偉大なる神様、守護天使様! 我らをお救いください!」
パアッと光が差して、瘴気が薄くなる。
何とかなりそうと安堵したところに、ラスボスが堂々と登場する。足が無数の毒蛇という醜悪な怪物、テュポンだ。目はランランと輝き、火を吐く。
コイツを倒せば終了なんだけど、これがまた強い。フレデリック様、手が震えているわ。シャニーも顔が青を通り越して白い。ゲーム画面で見慣れた私も、三階建ての家くらいの大きさの怪物に、足が
「シャニー、浄化すればテュポンも弱くなるのよ。気をしっかり持って!」
「ひいい、はいぃ……!」
「ここは先生に任せて。生徒は避難するのよ」
そういう神聖属性の女教師は、声が震えて泣きそうな表情をしていた。
私たちに狙いを定めテュポンが放った炎を、ガスパーが魔法で防ぐ。蛇の足もそれれぞれ意思を持って動き、防戦に徹するしかない。
「……攻撃に回れない」
「私の火属性も、あんまり効果がないのよね。なんで水が使えないのよ!」
自分に怒鳴っても仕方ないわ。我に返ったフレデリック様は、剣で蛇を攻撃する。しかし数が多すぎる。
「うわ!」
ガスパーが蛇の攻撃を受けて、壁まで飛ばされた。気丈に戦っていた先生も怪我をし、到着した神官や司祭が血に染まる。
怖い怖い! 火で蛇を焼いたりしても、本体にダメージを与えられない。
開始が一年遅れて、レベル上げが十分じゃないから、倒せるか微妙だわ……!
必至に攻撃しているが、こちらはどんどん人が倒れていく。軍の部隊まで到着し、弓を放ったり魔法を唱えたりして、ようやく足止めができているくらいだ。足の代わりに生えた大きな蛇が、並んだ弓兵隊を一気になぎ倒す。
「ヤバイどころじゃないよ……、うわあん神様!」
シャニーが半泣きで、もう戦える状況じゃない。
「神様……偉大なるお方、真の神アイオーンの一柱、ビュトス様……!」
エンディングまであと一歩なのに……! 私の中をエンディングロールが流れ、真のエンディングでのみ明かされるこの世界の神様の名を口にしていた。助けて神様!
教会関係者の視線が刺さる。知ってちゃいけないヤツだった!
「何故その御名を……」
「司教様! 空を!!!」
怒られる、と身構えたが、皆の視線が空に向けられた。金色の光が射して、十枚の翼を広げた天使様が降りてくるのだ!
『主の命により、悪しきものを排除する』
空から距離があるのに、声が耳に張り付くように届いた。
「断罪の天使ナティオエル様……」
神様が特別に送られる天使様……。あ、教会の方々の視線が痛い。
天使はあっという間にテュポンを退治してくれた。そして光が消えていくと共に、吸い込まれるように姿を消した。
「ヴァネッサさん、どうなってるんですか?」
「条件を満たすと現れる、お助けキャラの天使様なの」
こそこそと尋ねたシャニーに耳打ちする。わー、来てくれて良かった……!
私はそれから協会関係者の質問攻めにあったが、シャニーに必要な情報を教え、『天使様に選ばれた彼女に協力する上で、教えてもらった』と、全てシャニーのお陰にした。実際、選ばれたのは彼女なんだし。
シャニーは芸術科で絵画を専攻していたので、これを機に天使様の絵をたくさん描いてガンガン売っていた。ガスパーもずっと一緒に行動している。
私はというと、周囲はまだ騒がしいものの、フレデリック様と親交を深めている。
騒ぎの後、なんだかモテるようになったので、彼も内心慌てているようだ。ちょっと楽しい。
教会の天使像も、笑顔な気がするわ。
ヒロインを導いて、バッドエンドを回避します! 神泉せい @niyaz
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