ヒロインを導いて、バッドエンドを回避します!
神泉せい
前編 ヒロインと接触
雲一つない青空の下、私は馬車に乗って大通りを教会へ向かっていた。この世界では、造物主のお使いの天使様が一つの国に一人、守護天使として見守ってくれている、と信じられている。
大きな町には教会があって、必ず天使像が安置されているのだ。庶民も貴族も聖職者も、天使像に祈りを捧げる。
私も祈りを捧げるべく、教会の門を叩いた。礼拝堂には数人がいて、イスに座って祈っていたり、天使像の前で
私も天使像の前に立ち、指を組んで祈りを捧げた。
真っ白い石像で、五対十枚の羽根があり、一番下の羽根が足元を包むように前に出ている。くせっ毛であまり長くない髪の天使様の表情は、どこか
瞳には宝石が埋め込まれていて、不思議なことに見る時によって色が違って映るという。
今は、薄赤っぽい色で……。
赤?
頭の中にキイインと痛みが走った。頭の中に、自分の知らない映像が紙芝居のように流れてくる。
無人改札、駅に一つの古びたラーメン屋、何も止まっていないタクシーの待機場所、どこへともなく伸びた電線に並ぶスズメ時々カラス。
そうだわ……私は生まれる前に日本に住んでいたんだわ。前世の日本人だった時の記憶だ!
この世界は、好きだったゲーム「ファルファームルの天使」の世界だ。
ファルファームルという国で、守護天使から啓示を受けた少女が世界を
瘴気を浄化し終えれば通常エンド、期間の延長もできる。瘴気の発生源になるボス敵を倒せたらグッドエンド。キャラクターと仲良くなる個別エンドもあり、マルチエンディングなのだ。
キャラクターのとの個別エンドではカップリング絵とメッセージがもらえ、記録室にそれを貯めていくのが楽しみだった。
しかし瘴気を浄化できなかったり、隠しステータスのギルティが溜まると、バッドエンドを迎えてしまう。
その時の指標が、この王都の天使像。天使像の目が深紅に染まった時、ストーリーの途中でもバッドエンドに突入する。
現在はゲーム開始後一年って時期かな、もうバッドエンドに進んでる……!
何やってるのヒロイン~!!!
気がつけば、私の前に祈りを捧げていた人たちは終わっていた。後ろにも数人並んでいるわ、指を組んで心から祈る。
平和と安全、人類の幸せ……。とにかく徳が高くなりそうな祈りを!!!
そういえば学園でヒロインとまだ会ってないわ。きっと、私の婚約者であるフレデリック・クライン侯爵令息のルートは選んでないのね。戦力としても微妙だからなあ。騎士とか学園一位とか、使える人材を集めているに違いない。
まずはヒロインと会い、転生者なのか、どんなエンディングを目指しているのか確かめないと。
瘴気の浄化の状況も確認したい。ちなみに瘴気は神官も少しずつなら浄化できる。ゲーム世界だったので、クリアに必要な七カ所はヒロインが浄化しないとそのままだった。現実になったら、そっちも神官がやってくれないかなあ。
私は浄化できないのよ、属性は火なんだ。土、水、風、火の四属性と神聖属性、それから闇属性が存在する。別に闇は悪者ではない。
次の日の学園。門には高価な馬車が連なっている。
庶民や下位貴族は寮に入り、高位貴族は馬車で通学しているのだ。うちは伯爵家で、裕福なので馬車通学をしているわ。
ヒロインは寮生活だったな。
入り口で婚約者のフレデリックの姿を見つけてしまう。挨拶しないとダメかなあ、仲良くもないのよね……。
「ごきげんよう、フレデリック様」
「ああ、おはよう」
「…………」
会話が続かない! 今までの私、どうしてたんだっけ!??
確か、仲良くなりたいと頑張っていたはず。赤茶色の髪の私は、彼の金色の髪に憧れていたのだ。碧眼も素敵、とか思ってた。
……バッドエンドに傾いているのを知った今では、どうでもいい。
全エンディングを制覇した私が、ヒロインを助ける戦力を選んであげたい。残念ながら君は戦力外だ。
どうせ会話もないし、そのまま通り過ぎる私を、彼は
「今日のヴァネッサ、随分静かだったな」
「君さあ、いつも空返事じゃない。話題を提供し続けるのも限界があるよ」
「……そうだったかな……」
自覚なしかよ、救えないわね。そしてありがとう彼の友達らしきモブよ、ちゃんと指摘してくれて。
ヒロインのシャニー・ファービー男爵令嬢は私と同学年で、クラスは成績によって変わる。上級クラスにいないのだから、魔法科か普通科だろう。まさか芸術科や騎士科ではないはず。
授業の合間に教室を一つ一つ覗いた。なんと、芸術科にいたわ。
「シャニー・ファービー男爵令嬢。少々お話しさせて頂いてもいいかしら?」
「はい? ええと、どっかで見た顔のような……???」
彼女は私の顔をマジマジと眺めた。転生者なのか微妙な反応だわ。少なくとも、私の顔は覚えていないのね。
「美味しいケーキのお店を知っているの。放課後、ご一緒にどう?」
「行きまーす!」
簡単に釣れたわ。約束を取り付けて、教室に戻った。その後の授業には身が入らなかったわ。
放課後、約束通りに迎えに行くと、シャニーは女友達と集まって談笑していた。良かった、ヒドインではないわよね。友達の一人が私の姿を目にすると、彼女の肩を叩いて知らせる。
「あ、ヴァネッサ・シャンクリー伯爵令嬢ですよね!」
「ええ、ご存じでしたの」
「上級クラスに在籍する才女だよっ、て友達に教えてもらいましたー!」
彼女の友達が会釈する。才女。悪い気はしないわね、ふふん。
我が家の馬車で移動する間、転生者なのかをどう確認するか悩んだ。もし違ったら、おかしな話をする女になっちゃうわ。
「もしかして、ヴァネッサさんも転生したんですか?」
「そうなんですのー! ありがとうございますっ!」
「ありがとう???」
そちらから聞いてくれて助かったわ! 思わず出た感謝の言葉に、不思議そうにしている。結局不審だったわね……。
「えええ、オホホ。このゲームが好きだったのよ。ヒロインの貴女とお話をしたかったの」
「やっぱり私、ヒロインですよね! ゲームを知ってる人がいて助かる~」
……ん? ヒロインはゲームをご存じない……?
もしかして、瘴気もそのまま……? いや、啓示があったはずよ……。
「ゲームはしない人だったの?」
「スマホゲームくらいしか、しませんでした。友達はプレイしてて、絵とかは見せてもらってたんで、きっと彼女がやってたゲームのどれかだったなって」
そのくらいの認識か……。てことは、エンディングなんて当然知らないわよね。教えないと! 大変なエンディングになるって!
「聞いて。これは“ファムファームルの天使”っていうゲームなの。キャラクターとのマルチエンディングもあるけど、迎えるためには瘴気を消さないといけないのよ。やってる?」
「瘴気って、神官が防いでるヤツですよね? 私にもできるんですか? あ、ヒロインだから?」
あああああ、一切やってない! やっぱりぃ! 違うと思いたかった……。
「……入学直前に夢の中で、天使の啓示があったはずよ」
「あ、私はぐっすり寝ちゃうんで夢とか見ない人です。記憶にないですね」
覚えていないー! こんなことあるの……?
「貴女は天使の啓示を受けて、瘴気を浄化する役目があるの。場所はその都度、教えるわ。あなた、教会には行ってる? このままだと、バッドエンドになるのよ」
それまで平然としていた彼女が、バッドエンドという言葉に目を瞬かせた。やっぱり何も気付いていないのね。
「バッドエンドがあるんですか?」
「ええ、瘴気を浄化して、人を助けたりしないといけないの。このゲームのバッドエンドは“黙示録エンド”とも呼ばれていて、滅びの天使が遣わされて国を滅ぼす、最悪のエンディングなのよ……!」
「……ヤバすぎなんですけど」
「ヤバすぎなのよ……!」
さすがに青ざめている。危機感を持ってくれて良かった……! 私だって、まだ死にたくないわ。
「どうやったら回避できるんですか? 頑張りますので、協力してください!」
「もちろんよ。貴女にこの国の未来がかかってるの」
「のんびりした楽しい世界だと信じてたのに、少年マンガの主人公になった気分……」
あー、確かに子供の肩に全部託しちゃうの、少年マンガっぽいわ。特に一年無駄にした上、芸術科だものね……。レベルアップして浄化の力から強化していかないと。
貴族御用達の喫茶店の個室を借りて、これからの相談をした。まずはレベルアップ、そして効率よく浄化する。
そのためにも、私が資金を提供して装備を整える。さすがに命運がかかっているので、真剣になってくれている。
天使像の目が赤くなった原因の一つも判明した。
たまにお祈りに行っても、お願いごとだけで感謝も祈りも捧げていなかった。困った時の神頼みの日本人らしいといったらそうだけど、天使像には感謝を述べて、願いごとをしたらお礼参りをするのが当然なのだ。
「それって、相手のお願いを無視して自分の頼みだけをし続けるのと一緒ですわよ」
分かりやすいように人間関係で例えたら、シャニーはすぐに理解して顔を赤くした。
「あ! 本当にそうでした……。考えたら恥ずかしい」
「教会へはなるべく通って、祈りの言葉を言ってから、世界平和とか神様好感度が高そうなことを祈っておいて」
「了解です! なるべく人助けもします!」
この世界の主人公は、神に愛された聖女でも、誰かがいつも救ってくれるヒロインでもない。
観測される者なのだ。
浄化の試練を課した観測者、
人を助けるためなどではなく、“世界に人間は必要か”という命題の答えを探しているのだ。不要だと結論が出ると、その国が滅ぶ。
誰が考えたのよ、この設定!
文句を言っても仕方ないわ。シャニーには現時点で用意できる最高の装備をプレゼンとして、周辺でレベル上げをしてもらう。同時に、仲間集めだ。まず私のお勧め、学園で筆記テスト首位の闇魔術師、ガスパー・マー。しかし実は、育てれば四属性の全てが使えるようになる、最強魔術師。
神聖属性で天の加護のあるのシャニーと組めば、魔法無双ができる。
そして学生ではないが、武器屋や居酒屋でたまに会える剣士。剣士としては最強クラスに成長する。ただし雇用費が高い。そこは私のポケットマネーでいけるので、なるべく話しかけて仲良くなるようアドバイスした。好感度が低いと、受けてもらえないのよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます