理想の一日

ろくろわ

理想の一日はそこにある?

『理想の一日とは何ですか?』


 そう聞かれた時、貴方は何と答えるでしょうか?多くの人にとって、理想の一日とは自分の欲求に伴う事が多いのでは無いでしょうか。

 朝寝坊がしたい。

 美味しいものが食べたい。

 時間を気にせず、好きなことをしたい。

 大切な人と居たい。

 どこかに行きたい。

 などなど。

 それは普段、我慢していることや叶わないことなど。だからこそ、理想なのだと私は思う。


 では、私にとって理想の一日とは。


 まず、その話をする前に『歳を取る』『老いる』と言うことについて話しておきたいと思う。その理由は最後に書くとして、まず歳を取るとは『喪失していくことである』と言われていることに、私は凄く共感ができる。それは実体験からも言えるからだ。昔は簡単に出来ていたことが体力的に出来なくなってきた。ずっと一緒にいると思っていた友達とは、疎遠になって随分と経つ。思い出せないことも増え、求められる役割も変わってきた。自由な時間は仕事に奪われ、何かをするには選択を迫られる。そうして日々、何かを失い、それは歳を重ねるごとに大きく感じる。

 そんな折り、最近の私には、よく思い出すことがある。

 それは幼稚園や小学生時代の事だ。

 親や社会に守られ、何にも考えずに一日を楽しんでいた。朝から何の予定もなく、妹たちと外に出て、その時に遊びが生まれる。虫を追いかけたり、ままごとをしたり、ボール遊びをしたり。時にはセメントブロックの穴に土を詰めるだけの事を何時間もしたことがあった。毎日、その時にしたいことをしていた。お昼になったら家に帰り、親の作ったお昼ごはん食べる。そしてまた外に出て日が暮れるまで遊ぶ。夜ごはんを食べ、風呂に入って二十一時には寝かされる。一日が凄く長かった。二十一時だってまだまだ眠たくなんてない。父が見ている映画をこっそり襖越しに覗き見ていた。今考えると全てバレていたんだろうが、子供ながらにコッソリとしていれば、バレていないと思っていた。時々、そんな様子に父が襖をあけ一緒に映画を見ようといって、隣に座らせ、普段のおかずとは違う、特別なお酒のおつまみを貰い、洋画を見ながらドキドキした。だけど、子供だから最後まで映画を見ること無く途中で寝てしまい、親に抱えられ布団をかけられる。そしてまた朝がきて、何事もなかったかのようにフルパワーで遊び回る。

 そんな幼少期を、今思い出す。

 当時、そんな日々が特別だとも理想だとも思っていなかった。ただ、今無性にそのときの事を思い出すのは、きっとその日々を懐かしみ、今、そういった日々を過ごしたいと思っているからだろう。

 そう思うとだ。今の私は仕事を休みたいし、好きな小説を書きたい。誰の干渉も受けない日こそが理想と考えるかもしれない。だが、歳を重ね、色んな事が出来なくなり失った時、仕事をして悩み、疲れていた日々を理想と思える日が来るかもしれない。何気ない日が、辛い日が、楽しい日が、失っていく日が、理想だったと言えるのかもしれない。

 だから、私に取って理想の一日とはであり、遠くない未来に『あぁ、あの日、あの時は良かったな』と思える日々が、多く残せることにあったんだなと思っている。


 私に取って理想の一日とは、でありであり、であるのだ。


 さて、皆様にとって理想の一日とは何でしょうか?

 理想の一日は、皆様にとって未来に続く一日です。過去には戻れない。そんな今をお過ごしください。



 理想の一日とは


 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

理想の一日 ろくろわ @sakiyomiroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ