非二宮金次郎像

ナイカナ・S・ガシャンナ

ある中老人の話

 あれは今から四十年前の出来事だったか。


 当時、俺が通っていた小学校にはな、二宮金次郎の像があったんだ。知っているか? 二宮金次郎。背中に薪を背負いながら本を読んでいる小僧の事だ。勤勉な日本人の代表みたいな男でな、そいつを見習うようにって作られた銅像なんだと。

 今時は「歩きスマホを連想させる」だの「児童労働を彷彿とさせる」だのってんで座らせられたり撤去されたりしているらしいけどな。けど、俺がガキの頃にゃあまだ俺の母校に金次郎像は立っていたんだよ。今じゃあどうなっているかは知らねえが。


 んでな、その金次郎像にはある噂話があってな。銅像だっていうのに夜な夜な動き出して、校庭を歩き回るっていうんだよ。逸話通り薪を背負ったまま本を読みながら。まるで生前の行動をなぞるみたいにな。


 学校の怪談としちゃあ定番だな。……ああ、今のガキは知らねえか。でも、金次郎の像が置いてある学校には良くある話だったんだぜ。

 そんな良くある話なんだが、小学生には他所の学校でも定番だなんて事は知る由もねえ。それに刺激になるものは何でも欲しがったりするもんだ。


 俺もその内の一人だった。だから、面白半分に怪談話が本当かどうか見に行ったのさ。本当に夜中に金次郎が歩いているのかってな。

 母ちゃんに内緒でこっそりと家を抜け出して、学校に行った。とうに閉まっている校門の柱の陰に隠れて、校庭を覗き込んだんだ。


 ……そうしたらよお、実際にいたんだよ。校庭を歩いている奴が。当時の俺と同じくらいの小さな人影が。両手を前に出して、背中に薪っぽい物を背負って。ぎっこんばっこんシーソーを漕ぐみたいに、ぎこちない動きでな。


 怖いとは思わなかったね。むしろ好奇心で胸がいっぱいだった。そもそも害のある怪談じゃなかったってのもある。この世にはマジでお化けがいるんだって興奮した。






 ……だけどな。ふと視線を逸らしたら「あれ?」ってなったんだよ。


 たまたま視線を向けた先、校庭の端の方にな……いたんだよ、二宮金次郎が。まんじりともせず、いつもの場所から動いていなかったんだ。普段通りに薪を背負って、本を広げていただけだった。




 ……じゃあ、今、校庭にいるのは何だ?




 そう思って、また校庭に目を向けると、そいつと目が合った。いつの間にか俺と目が合う程にそいつは俺に近付いていたんだ。そこで俺はようやくそいつの姿を確認した。


 腕だ。何本何十本という人間の腕が絡み合って一つの固まりになっていたんだ。背中の薪は、束ねられた何本もの腕がそういう風に見えていただけだったんだ。


 いいや、単純に腕が一固まりになっていたんじゃない。固まりは人の形をしていた。人間に腕が群がっていたんだ。誰かがあの腕の固まりの中にいたんだよ。胴体や頭は勿論、腕や脚にも。壁に生い茂る蔓みたいに、全身に腕が絡み付いていたんだ。だからあんなにぎこちない動きをしていたんだな、と頭の片隅で思った。


 絡み付いた腕の隙間、指の隙間からそいつの目ん玉が見えた。俺はその目と目が合ったんだ。そいつは俺を縋るように見ながらこう言った。


「……待って……置いていかないで……!」ってな。


 けれど、そう言われても待っていられる訳がないだろう? 得体の知れない奴がこっちに迫ってくるんだぜ。俺は一目散に逃げ出したよ。走って、逃げて、自分の家に帰って布団を被って怯えていた。結局寝付けやしなかった。


 翌朝、俺は学校に行った。

 正直、あんな化け物を見た後に学校に行きたくはなかったんだが、仮病を使うのは後ろめたい。それに普段と違う事をしていると疑われちまう。家を抜け出して夜の学校を見に行っちまった事がバレちまう。だから、行くしかなかった。


 学校に着いたら、俺の同級生が行方不明になっている事が分かった。


 昨日の夜まで家にいた筈なんだが、それを最後に行方が分からなくなったらしい。そういえば金次郎像の怪談話をした時、そいつも一緒に聞いていたなあって今更ながらに思い出していたよ。大方、俺と同じように怪談話が本当かどうか確かめようとして、俺より先に学校に来ていたんだろう。けれども、校門の陰に隠れていた俺と違って、校門の中に入っちまった。

 ……そんで、あの腕の群れに捕まっちまったんだ。


 今、思い出してもゾッとするぜ。もし俺があいつよりも先に学校に着いていたら、あの腕に捕まっていたのは俺の方だったかもしれないんだからな。


 その後の事は俺は知らねえよ。怖くて二度と夜中の学校になんか行かなかったし、周りの大人にも何も言えなかった。あいつを見捨てた事で俺が責められるんじゃないかって思うとな。そもそも夜中に家を抜け出した事を知られたくなかったし。年を食った今だからこそ話せる話なのさ。

 同級生はあの時以来、姿を見せる事はなかった。どこに行っちまったんだろうな。普通に死んだかもしれないが、死体も見つかってないんだよな。あの腕にどこかに連れ去られたのかもしれない。


 ……でも、そうだな。二宮金次郎の像はもう母校から撤去されたかもしれないが、あの腕は二宮金次郎とは関係ない。


 だから、もしかしたらあの腕の群れと一緒に、あいつはまだ校庭にいるのかもしれないな。

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