幼馴染はなんでもやってくれる〜死に戻ったので、幼馴染にお世話されてNTR &破滅を回避します〜

小絲 さなこ


「大丈夫。私がぜーんぶやってあげるから」


 俺の右手首から肘にかけて固定されているギプス。それに軽く触れながら、幼馴染の紗幸さゆきが微笑む。


「全部ってなんだよ」

「食事も、着替えも……お風呂も」

「はぁっ?」

「だって、圭介けいすけのこの怪我、私のせいだし」

「そんなこと……あ、いや、うん、お前のせいだ。だから、俺の世話しろ」

「うん!」


 世話しろって言われて、そんなに喜ぶとか、こいつもしかしてドMなんじゃ……

 いや、それはどうでもいい。

 とにかく、とりあえずこの怪我が完治するまで、こいつに俺の世話をさせなければならない。


 なぜなら、そうしないとこいつは自ら命を断ってしまうから。そして、俺も破滅の道へと進んでしまうからだ。





 時間遡行、タイムリープ、巻き戻し────色々な言い方があるだろう。何が原因かはわからないが、俺は一年半前に戻っている。

 俺は一度死んだ、はずだった。



 高校三年の秋。

 学校から帰宅中、車に轢かれそうになった紗幸を突き飛ばした。俺は勢いあまって転倒。右腕の骨を折るという怪我を負った。全治八週間。


 俺は、昔から目つきの悪さや人とうまく話せない性格のせいもあり、不良扱いされていた。

 紗幸はそんな俺に臆することなく、そばにいてくれたのだが、前回の俺はこの怪我の際、彼女の心を傷つけ、遠ざけてしまったのだ。


 その後、紗幸はひとりで行動するようになった。秋の終わり、紗幸は同じクラスのいけすかない野郎に無理矢理体育倉庫に連れて行かれ……俺が語るには躊躇われるようなことをされたという。それを苦に、紗幸は自ら命を絶ってしまった。相手の男は退学処分となったが、そんなことされても紗幸は戻ってこない。

 俺はショックのあまり逃げるようにこの街を出た。紗幸と過ごしたこの街にいるのが辛すぎたのだ。

 その後、あてもなく各地を転々として、日払いバイトで食い繋ぐ日々を過ごした。

 俺のそばにいれば紗幸はあんな目に遭わなかったかもしれない────ただただあの日紗幸を突き放したことを後悔していた。

 毎日死ぬことばかり考えていたある日、ぷつりと何かが切れたような感覚に襲われたのだ。

 そこからはあまり覚えていない。たしか、繁華街のビルの非常階段を上って、そこから飛び降りようとして────



 気がついたら、病院のベッドの上にいた。


 しかも、死んだはずの紗幸が目を潤ませて俺の顔を覗き込んでいる。

 最初は天国に来たのかと思ったが、どうも話が噛み合わず、過去に戻ってきたのだと確信した。


 神様や仏様は信じていなかったが、やり直させてくれるなら、俺は信じる。


 ここからは絶対に間違えない!

 どんな卑怯な手を使っても紗幸から離れない!

 

 まずは無事に高校時代を過ごす!

 紗幸に俺の世話をさせれば、常に紗幸の隣にいることになり、それは簡単に達成できるはずだ。

 俺はそう思ったのだが……


  

 



 本日めでたく退院した俺は、来週から学校に復帰する予定だ。

 我が家は、いわゆるひとり親家庭というやつで、母は夜の世界で働いている。

 つまり、夜は俺ひとり。


 今、俺の部屋には紗幸がいる。

 利き手が使えない状態では不便だろうと、紗幸が手伝いに来てくれたのだ。


 基本的に晩飯はいつもテキトーに済ませているのだが、今日は紗幸がカレーを作ってくれた。しかもサラダとデザートのりんご付き。子供扱いされているようで恥ずかしいが、不思議と悪い気はしない。


 俺がカレー食いたい時は、ご飯は炊くがカレーはレトルトで済ませてしまうし、サラダやデザートを付けようという発想がない。だから感動した。


「はい、あーん」


 紗幸はカレーを掬ったスプーンを俺の口元に差し出した。


「いや、スプーンだから左手でも食えるし」

「でも……」

「わかった、わかったから、泣くなって」


 泣きそうな顔で上目遣いは反則だ。

 結局、すべて紗幸に食べさせてもらった。

 正直色々な意味でいっぱいいっぱいで、味わう余力はない。気分は乳児である。そんな小さな頃のこと覚えてねーけど。

 まぁ、紗幸が嬉しそうだから、いっか……


 もりもり食べさせられて満腹になった俺は、風呂場に連れて行かれた。


「あの、紗幸」

「なに?」

「風呂くらいひとりで入れるからさ」

「えー」

「トイレだってひとりで行けんだから大丈夫だって」


 冷静に考えてみたら、高校生がする会話じゃないだろこれ。


「でも、それじゃ身体洗いにくいでしょ」

「いや、左だけでなんとかするし」

「遠慮しないで。私が洗ってあげるから」


 さすがに付き合ってもいない異性に、それは頼めないだろう。

 だが、幼馴染の美少女に泣きそうな顔で「だって私のせいで怪我したんだし」と言われて拒否出来る男がいたら、それはかなりの馬鹿者だと思う。


 準備があるから先に入っていて、と言われ、腰にタオルを巻き、風呂椅子に腰掛けて待つ。

 水着でも着てくるのかなぁと俺は思っていた。普通は、そう思うはずだろ?

 だが、浴室のドアを開けた紗幸は、服を脱いでタオルを巻いた状態だった。


「な、なんつー格好してるんだよ!」

「ガス代もったいないから、私も入ろうと思って」

「はぁっ?!」

「なにその反応。小さい頃、一緒にお風呂入ってたから今さらでしょ」

「いくつの時の話だよ!」

「ダメ……?」


 またしても涙目で見つめられる。

 思わず「勝手にしろ」と言ってしまった。

 俺は後にこのことを後悔することになる。


 

 頭、背中、腕と洗ってもらったところで、紗幸の手を制す。


「ここからは自分でやるから!」

「でも、左手だとやりにくいでしょ」

「大丈夫だって!」

「下半身なんて、一番綺麗に洗わなきゃならない場所でしょ!」

「そ、そりゃそうだけど」


 俺は腰に巻いているタオルを左手で押さえた。

 紗幸がタオルを取ろうと手を伸ばす。


「ま、前はダメだ! ここだけはダメだ!」

「なんで?」

「なんでって、色々マズイだろ……」

「なにがマズイの?」


 何って──と言おうとして、とんでもないものが視界に入った。

 

 紗幸の身体に巻かれているタオルが濡れて、身体の凹凸がくっきりと……


 俺は、ぐりんと音がしそうな勢いで紗幸から顔を背けた。


「い、色々と問題が……なぁ、ほら、わかるだろ?」


 首の位置はそのまま、ちらちらと視線だけを紗幸に送る。

 なんで気づかないんだよ!

 そのタオル、やべぇことになってるんだが!


「うん、大丈夫! 圭介の裸は見たことあるし!」

「俺が大丈夫じゃねぇんだよ! だから、それいくつの時の話だよ!」


 紗幸が俺の肩をがしりと掴んだ。

 耳元に唇を寄せ、悪魔のように囁く。


「ねぇ、もしかして、恥ずかしいの?」

「……お、おまえいい加減にっ……」


 払い除けようとするも、信じられないくらいの強い力で肩を掴まれていることに驚く。


 このままでは、やられる!


 なぜか本能的にそう思った。


「な、なぁ……マジやめようぜ。これ以上はほんっとシャレになんねーんだって」

「恥ずかしがらずに私に任せて……圭介は、なーんにも、しなくていいの。全部、ぜーんぶ私がやってあげるから……」

「耳元でそういうことを言うなぁああ!」

「圭介」


 紗幸が真っ直ぐに俺を見つめた。


「圭介が庇ってくれたから、私は車に轢かれずに済んだの。だから私、一生かけて圭介のお世話しようって思ってるの」

「紗幸……」


 紗幸のことばが、じわりと胸に広がっていく。


「だから私に全部委ねて。さ、タオルを外して……」

「いや、それはそれ、これはこれだろ!」


 紗幸の手が、俺の腰回りを守るタオルを掴んだ。


「ね、圭介。大丈夫。乱暴なことしないわ。優しくしてあげるから」

「だあああああーー!」

「ちょっと、圭介うるさ……あっ」

「み、見るなああああ」






 翌朝。


 紗幸は俺の部屋の俺の布団に包まっている。しかも、すぴーすぴーと寝息を立てている。可愛いじゃねぇかよ。くそぅ。幸せそうな顔しやがって。俺は一睡も出来なかったというのに!



 リビングに入ると、夜明け前に帰宅した母がスマホを弄びながら欠伸をしていた。いつもなら母はまだ寝ている時間だ。


「おかえり」

「ただいまぁ。あらあら、すっかり紗幸ちゃんに骨抜きにされたみたいねぇ」

「されてねーよ。俺のことはいいから寝てろよ」



 そもそも、俺はガキの頃から紗幸にべったり惚れ──こういう場合は骨抜きにされた、じゃなくて、なんていうんだ?




 あの未来を回避するためには、紗幸が俺のそばにいるだけではダメなのだ。それはわかっている。


 どうしたら、自然にあの未来を変えられるか。


「あ、そうか。結婚するっていう手があったか」


 俺は四月生まれですでに十八歳。

 同い年の紗幸は十月生まれで、もうすぐ誕生日を迎える。

 

 昨夜、紗幸にあんなことをされてしまったのだ。彼女にはその責任を取ってもらおう。

 せいぜい俺のそばで長生きすればいい。

 そして、骨になっても同じ場所で眠るんだ、永遠にな。

 

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