イカロスは重すぎた

大柳未来

本編

 俺は空を飛びたくなった。

 理由? そんなの単純だ。

 空を飛べたらさぞ気持ちいいだろう?


 思いついたら即行動の俺は、その日の農作業を終えると村長の家に突っ走った。

 俺は村の同世代の中でも断トツで馬鹿だったから飛び方がさっぱり分からない。


 だから村長に聞いてみることにした。

 村の中でひときわ立派な家の扉を、ノックもせず開ける。


「村長! 俺空が飛びたい!」

 家に転がり込み、開口一番叫んだ。


 家の中は広々としていて、絨毯だったり、家具が俺の家よりだいぶ多い。一番目立つのは本の量だ。本棚が壁一面にずらっと並んでる。村長は生き字引と呼ばれ、知恵を借りるために色んな大人が会いに来ているのを知っていた。


 村長はいつも通り本を読んでいた。俺が来たのを目にすると、ゆっくりと本を閉じ、長い白ひげを指でいじり始める。

「空ねぇ。昔話として、空を飛んだ男の話はある」

「ほんとか!」

「イカロスといってな、父親のダイダロスと共に蝋を固めた翼を手に空を飛んだという逸話が――」


「蝋を固めた翼な! わかった!」

「待て、最後まで話を聞いて――」


 俺は突っ走って出ていった。


 ※ ※ ※


 翌日、俺は傷だらけのまま村長の家に転がり込んだ。

「ぜんっぜん飛べないじゃんか村長!」


「当たり前じゃ。飛べたら今頃空を飛ぶ者だらけになっておろう。これはあくまで昔話なのだから、嘘も含んでおるわい」

「ちぇ……じゃあ空は飛べないのか……」


「これはわしの予想なのじゃが、軽く風を強く受ける凧のような羽をこしらえれば浮く程度なら……じゃが――」


「凧のような羽な! わかった!」

「待て、最後まで話を聞いて――」


 俺は突っ走って出ていった。


 ※ ※ ※


 翌日、俺はさらに傷を作り、村長の家に転がり込んだ。

「ぜんっぜん飛べないじゃんか村長!」


「当たり前じゃ。お前さんは最後まで話を聞け! 全く……」

「じゃあ続きを教えてくれよ」


「お前さん、鳥を触ったことはあるかね?」

「あぁ。あるよ。食うために狩って食べた」


「おぉ、それなら話は早い。鳥がなぜ飛べるか分かるかい? それは軽いからじゃよ。お前は重すぎるんじゃ」

「重すぎるんだな! わかった!」


「待て待て待て待て! 待つんじゃあああ!!」

「何だよ。重すぎるんなら、飯抜いて軽くすればいいんだろ?」


「理由を説明すると長くなるが、とにかく痩せても空は飛べん! もう良い! この家の本を全部読み切るまで空飛ぶの禁止! 分かったこの大馬鹿者が!!」


「えぇぇぇぇぇええええええっ!!!!」

 一生かかっても空飛べないかもしれない。俺は絶望した。


 ※ ※ ※


 春の木漏れ日が窓から射しこんでいる。

 暖かさを感じながら俺は本棚をまじまじと見つめていた。

 長かった。膨大な時間をかけ、ようやく読み切った。読書の後半戦に差し掛かったころには俺も知恵をつけ――村長と呼ばれる立場になっていた。


 そして年齢に限界を感じ、村長を退いた。それが今日だ。本を読み切り、同時に村長引退。準備は整ったと言える。


 家に初老の男が入ってきた。次代の村長だ。

「先代、それは何ですか」

 俺が両手それぞれに持っている凧のような物を指さして聞いてきた。


「これか? これは俺の羽だよ。先々代の言いつけをようやく達成したから、やっとしたかったことができるんだ」

「したかったこと? 何でしょう。凧あげ、でしょうか。でも聡明な貴方がそんな幼稚なことをしたかったとは考えづらく――」


「――凧あげよりも幼稚なことだから言わんでおく。俺はもうこの村には帰ってこない。達者でな」

「なっ、そんな急に。先代、困ります!」

「お前にはすべてを教えた! 十分村長としてやっていける! ではな!」


 俺は突っ走って出ていった。

 若い頃より速度は落ちたが、不意を突いたため出ていくことに成功した。


 本を読んでいて分かったことがある。

 俺の前の村長が伝えたかったこと。それは体の構造の話なんだと理解した。人と鳥は体の構造が違い過ぎる。

 人間はまず図体が大きすぎるし、たとえ痩せたとしても鳥のように軽くなるわけではない。


 どんな突風が吹いたとしても人間は吹き飛ばされるだけで、風に乗って空を飛べるわけではない。そういうことを言いたかったんだろう。

 それでも飛べる方法がないか必死に探した。


 もっと軽くなれる方法はないか。

 身体の一部を切り落とすのは少し考えたが、生活に支障が出るためやめた。

 体の中を部分的に取り除くことも考えたが、腹を切り開いた後一部の臓器を取って閉じても生き残る保証がないためやめた。


 軽くなる方法はないと諦め、村長として日常生活を過ごしていた時、急に頭の中で思い出がひらめきを見せた。

 俺の前の村長が亡くなった時の葬儀にヒントがあった。


 火葬の後の骨が妙に軽そうに見えた。

 あれから俺は仮説を立て、ペットとして小鳥を飼いながらその仮説を検証していった。

 生き物は年をとればとる程、骨が軽くなる、と。


 結局、空を飛ぶ挑戦が晩年にまで延びたのに意味はあったのだ。


 その後、俺はしばらく歩き、村から一番近い小高い山の頂上にたどり着いた。

 この山は春になると突風が吹くとされている。


 遠くの方に目を凝らすと、雲の流れが速い。眼下に広がる草原が波打ち、こちらに見えない何かが迫っていることを予感させた。

 俺は後ろを向き、目を閉じる。


 前の村長は知恵を付けさせることで、空を飛ぶなんて馬鹿げたことを止めさせたかったに違いない。


 それでも俺は、すべての準備を済ませた。

 最低限の筋肉を残して余計な贅肉は落とした。

 骨も加齢で軽くなっているだろう。

 風邪を受けやすくするために翼型の凧も何度改良したか分からない。


 背後から強大な風の気配を感じ、凧を付けた両腕を広げる。

 ごめん、村長。


 俺、やっぱ飛ぶわ。


 了

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