ぬえ・幻想夜話

いおにあ

第1話


「お客さん、ぬえの骨を見に来たんだろう?」


 そのさびれた旅館の女将おかみは、唐突にそう切り出してきた。


 ぬえ。漢字では鵺や鵼と書く。頭はさる。身体はたぬき、手足はとら、尻尾はへびという、なんだかキマイラみたいな日本の妖怪だ。


 平家物語によれば、源頼政みなもとのよりまさに退治されたという。他、色々と逸話いつわがある。


 もちろん、単なる伝説だ。実際にぬえなる生き物が存在したという証拠はどこにもない。


「見せてあげましょうか」

 女将は、怪しく笑いながら、そう言う。


「あるんですか」

「ええ。お客様も、それが目的で来たんでありんしょう。ほれ」


 女将が手にしたおうぎを一振りすると、そこには骨が一式あった。これは確かにぬえだ。


 目的の物体を前に、息を呑むぼく。だが女将は、


「ここでひとつ、わたくしめが、舞って、物語を奉じてあげましょう」


 そう言うや否や、扇子をピンと張り、彼女のまいが始まる。さあさ、よってらっしゃいみてらっしゃい。これはある悲しきぬえの身の上に起きた、悲恋物語。 


 むかしむかし、あるところにひとりの女がおりましたとさ。


 女はあるとき、怪我をした異形のもののけを拾った。矢を幾本いくほんも受けて、その身体からだには無数の切り傷があり、血が流れていた。


 おお可哀想に。いかに邪悪なもののけとて、なにゆえここまでむごい仕打ちを受ける必要はあるのか。ああ哀れなり。


 そこで女はもののけを家まで運び、介抱した。先祖代々受け継がれる薬草の知識を活かし、もののけを献身的に介護した。その甲斐かいあってか、もののけはほどなく回復した。


 しかし、本当の災難はそれからだった。あやしいもののけを救ったことが村中に知れわたり、女は村人たちから責められた。村人たちの憎悪は、またたに燃え上がり、女の家は襲撃された。


 女はもののけを引き連れて、命からがら村から逃げ出した。さてここで疑問に思うだろう、どうして女はそこまでしてもののけをかばったのか。単なる同情心?それとも、異種のあいだに恋心が芽生めばえたから?真相は分からぬ。しかし事実として、女はもののけと逃げた。


 さて、ご察しの通り、そのもののけこそがこのぬえである。女とぬえがその後どうなったのか。すぐに武士に討ち取られたとも、穏やかな生涯を過ごしたともわれている。しかし確かなのは、女とぬえは、最期まで一緒だったということだ。


 ふたりの遺骨は、さる寺におさめられたという。しかし戦乱でその寺も荒廃したのち、紆余曲折の末、いまこうしてここにある。


 そう、つまりこのぬえの骨には、猿、狸、虎、蛇のほかにひとの骨も混じっているのだ。


 語りが終わった。ぼくは思わず吸い寄せられるように、その骨を見入る。でもよく分かんない。なんか、普通の動物の骨のような・・・・・・。


「さあ、とくとご覧になりましたね。それではドロン」


 女将おかみの不思議な声がした途端とたん、ぬえの骨の輪郭が急速に崩れ出す。骨だけではない、女将も旅館も、その他ぼくの周囲の風景がドロンと崩壊した。



 リー、リー、リー・・・・・・



 気がついたらぼくは鈴虫が鳴く一面のすすき野原のはらにいた。ぬえの骨も、あの旅館も女将も、なにもかも消え去っていた。

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ぬえ・幻想夜話 いおにあ @hantarei

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