野崎志穂にまつわる98の夢想その18(という名の一話読み切り短編)

天丘 歩太郎

第1話

 野崎志穂という人の顔は左右が対称でなく、目尻から口の端までの距離を取ると、左側の方が右側よりも短いのであるが、彼女が笑うとそれがより顕著に現われ、あまりの歪さに、初対面の人などはハッと息を飲み、見てはいけないもののような気さえ起こして目を逸らすか、あるいは目を逸らすのもまた失礼であると判断して敢えて気にしていないふりをする場合がほとんどである。が、子供だとか、あるいは大人であってもそういう事に気の回らない無遠慮な、好奇心の要求に誠実な人などは、今まで一緒になって笑っていたのを急に真顔になって、まじまじと彼女の歪んだ顔を見つめ、「野崎さんて、片側だけで笑うんだね」などと率直に言う者も中にはある。自分の笑顔がそのように他人に気を使わせたり、好奇心を呼び起こしたりするものであるという事実を意識し出してからもう何年にもなるので志穂は慣れてしまっていて、目を逸らされる事も、ぶしつけな視線を当てられる事も確かに不愉快には違いないが特別に傷付いてみるべきものとも思っていない。

 彼女がこんな顔になったのは歯が生え替わる時、右上の犬歯が酷い八重歯で生えて来て、それを気にし過ぎて、なるべく右側の唇がめくれないように、それでも何か面白いことがあるのに全く笑わないというのでは自分も苦しいし、周りの者にも不愛想であろうという思いから、左の唇をにっと持ち上げて笑いながら、右の唇は八重歯を隠すために懸命に閉じておくという方法を取るよりなかったのであるが、その習慣がやがて癖になり、特別意識せずともそういう笑い方をし続けているうち、更には笑っている時でなくとも左の頬が、右よりも一割か二割短いという状態になってしまった。頬の筋肉の発達のし方が左右で違ってしまったのであろうか、あるいは彼女があまり強く八重歯を隠したいと願っているうちに骨格からして左右別々になってしまったのであろうか、恐らくは両方であろう。彼女がそれに気付いたのは小学校も高学年になって、そろそろ自分の容姿を気にし出した頃のこと、生まれて初めて意識的に鏡を前に表情を作ってみて第一声、「ていうか、歪んでる?」と、当時まだ生きていた母親の寝室に置かれていた三面鏡の中の自分に向かってぼそりと呟いて、それから、もしかしたら鏡が、今自分の顔が映っている箇所だけ歪んでいるのではないかと思って立ってみたり座ってみたり上下左右、色々な部分に自分の顔を映してみてしかし、「やっぱり、歪んでる」と認めざるを得ず、しばらく呆然として自分の顔を見つめているうちだんだん日が傾いた。母親の寝室は西側にあって和室だったから窓は勿論ガラス窓ではあるけれどもガラス窓の内側はカーテンではなくて障子があって、その障子が夕日を透かしてぼおっとオレンジ色に染まっていた。そのオレンジ色の光が真横から彼女の右の頬を照らして余計、何やら不気味な陰影を彼女の顔に落とし始め、ずっと見ている内に何か鏡の中の人物が自分ではないような錯覚にとらわれてゾッとした。が、鏡に映っているのが自分ではないのではないかという事を不気味がるのはこの場合、何だか変な気がした。というのは、確かに、鏡に映っているのが自分ではないという事態はおよそ誰も彼もにとって恐れおののくべき事態なのではあろうが、この場合もし鏡の中の、歪んだ顔を持つ人物が幽霊か何か、とにかく自分以外の誰かであるのが本当ならば、少なくとも志穂の顔が歪んでいるわけではないのであるから、志穂は自分の顔が歪んでいる、という事実からは逃れられるのである。キャー、と悲鳴を上げて、おかーさーん、鏡に! 鏡に知らない人が映る! とでも叫びながら階段を駆け下りて行って、「何馬鹿なこといってるのよ。夢でも見たんでしょ」「違うってば! 本当に、顔の歪んだ女の子が映ってるんだってば!」などと母親とやり取りをして二、三日も震えていれば済む話しである。が、恐らくそうではあるまい。鏡の中の歪んだ顔は紛れもなく彼女自身の顔で、彼女の顔は紛れもなく鏡の中の歪んだ顔なのであろう。志穂は鏡の中の顔が他人の顔であるような錯覚を確かに子供並みに恐怖したが、同時に、それが本当にお化けの顔で自分の顔でなければいいとも願って然るべき状況であったから、何だか変な気がしたのであった。「私は今、鏡の前を去る……鏡に映っているのが私ではない誰かであるような錯覚に怯えて去るのだろうか、……それとも鏡に映った、歪んだ顔が他でもない私の顔であるという事実から目を逸らしたくて去るのだろうか」と一々呟いたりはしないけれども、そんなような事をいよいよ朱色に染め抜かれつつある部屋の中で考えながら、とにかくも恐ろしい事だけは恐ろしかったから、急いで三面鏡を閉じて、階段を駆け下りるのではなく黙って、ゆっくり、下りて行ったのである。

 鏡に知らない女の子の顔が映っていると声高に叫ぶ代わりに志穂は、ねえ、お母さん、と、台所に立ってジャガイモの芽をくり取る作業をしていた母親に、

「手伝おうか?」

 と言った。本当は私の顔歪んでる? と聞くつもりで呼び掛けたのだったが直前、聞くまでもなく歪んでいるのに、それを聞いて確かめてみてもどうなるものでもないと思い、また、これだけ明らかに歪んでいるのに今まで母親がこのことに触れなかったのは、言ってみてもどうしようもないこと、治療して治すという種類のいわゆる病気とか怪我とは違って、どうにも手の打ちようのない肉体的欠陥であるから、娘を気遣って、言わないようにしていたのだろう、とも気付き、それなら今更、自分からその事をもちかけてみた所で、お互い気まずい事になるだけか、と考えたためである。

「ありがとう、芽、取って」

 と母親は皮むき器を志穂に手渡し、自分は包丁を取ってニンジンを刻みながら、「この角のとこで」

「何で芽取るの?」

「毒があるんだって。食べてみる?」

「食べるとどうなるの?」

「食べてみたら?」

「死ぬ?」

「食べてみたら分かるんじゃない?」

「……」

「食べてみな」

 母親は平素からこうした、ちょっと剣のある冗談を言って、志穂が憮然とする様子を見て楽しむ所があった。志穂はもちろん、それこそ腹の中にいる時分からのつき合いであるから、一々本気でふくれてみたり悲しがってみたりはしない。ニュアンスをお互い了解していて、他人が聞いたらどう思うかというような事を言って・言われて、お互いそれが、他人には通じない独特のニュアンスで言っていること・言われていることを了解し合っているからこそできる、逆にこれは二人の関係の密度を確かめ合うためのじゃれ合いなのである。この時の志穂も、それは充分分かっていて、母親が本気で毒のあるものを自分に食えと言っているのではないことは理解していたが、今し方の発見に影響されて、つまり、自分の顔が歪んでいるという発見、ざっくばらんに言って「醜い」という発見に影響されて、もしかすると母親は本当に自分の事を疎んじているのではないか、もっとかわいい子どもがよかったのではないか、と心細くなったのである。そう言えば、母親は、拓也――というのは三つ下の弟である――にはこんな冗談を言わないで、もっとストレートに愛情を表現している……と志穂は考えた。……それは拓也が、彼女に比べてまだ年少で、言葉の裏に秘められた意味を解さず、「きったない子だねお前は」と言われれば素直に「ああ、僕は汚い子なのか……ショックだ……」と受け取ってしまい、「なんか、見てるとむかつくのよね」と言われれば愚直に、「ああ、お母さんは僕をむかついているのか……悲しいことだ……」としか解釈できないだろうことを母親は分かっていて、それで拓也には裏の意味を取るべき言葉を使わず、真っ向から受け止めて差し支えない言葉を使うのだ、と思っていたが、事実はそうではなく、裏の意味なんぞはこれなく、母親は、弟の事は普通にかわいいと思っているからかわいいと言い、志穂の事は普通に死ねばいいと思っているから死ねと言うのではないか、と志穂は、ほとんどそんな可能性はないと頭では分かっていながら一方で、それでも今は、今だけは、愛されているということを、もっと分かりやすい言葉で、他に意味の取りようのない、心の底から吐き出される、本能から口をついて出る言葉で聞きたいと思った。こんな歪んだ、醜い顔である自分を、それでもやはり愛している、かわいいと思っている、かわいいよ志穂かわいいよ、という事をできるなら息のかかる距離でしっかりと言われるのでなければ不安でならないのだった。

 しかし志穂はこの時母親に甘えるという選択肢は取らなかった。取れなかった。というのはそもそも甘えるという行為は、自分は相手に愛されているという確信的自覚がある場合にのみ可能な行為なのであり、甘えれば甘えられた相手も自分と同じように嬉しいだろう喜ぶだろうという自信がなければとてもではないが甘えることなどできよう筈がない。ごく希に勘違いして、相手を間違って甘えてしまい後になってその事に気付き思い出すたびに顔をしかめ油汗を流さねばならないというような経験を持っている人もあるだろうが、よほどのばかでもない限り、相手の息づかいやら瞳の色などから測って、甘えられる相手かそうではない相手かというのは事前に判断の付くものではあろう。然るにこの時の志穂の場合、母親に甘えることができる程、確実に、愛されているという確信を抱けてはいなかった。自分の顔の歪みを知らなかったなら百二十パーセントの自信で母親の首筋に頬をくっつけてみたり肥満した腹に鼻先から埋もれてみたりできたであろうが、鏡に映った自分の顔の、ほとんど人間離れした歪み方を知った今、そんな事をして、仮に母親が母親としての義務感から受け入れてくれたとはしても、きっと心底では気持ち悪がっているのかも知れないという可能性を考えないわけにはいかなかった。

ので、

「……。じゃ食べる」

 と、志穂は三角コーナーに捨てられているリンゴの芯・皮、茄子、ニンジンのヘタ、余った飯、さんまの内蔵・頭部などの中からジャガイモの芽の部分を、人差し指と中指と親指を使って選り分け、つまみ、口に入れ、奥歯で噛んだ。これは、「拗ねた」のであろう。甘えたいのではあるけれども、どうも本当に相手が甘えても大丈夫な相手であるか確信が持てないので、拗ねたのである。

「お、ほんとに食べた」

 と母親は言った。先回りして母親の内心を言えば、京子――というのは母の名である――は、志穂がジャガイモの芽をつまんで口に入れたのはポーズで、「食べてみれば?」という自分の冗談に娘が乗ったのだと解釈していた。だからここで自分が「ちょっと何ばかなことしてるのよ!」などと狼狽しつつ慌てて芽を吐き出させたりしたのでは興ざめ、風流でない、と思い、「お、ほんとに食べた。一回口に入れたもの吐き出したら行儀悪いからね。ちゃんと飲んでしまいなさいよ」と、言ったのは、だから、これも馴れ合った者同士の冗談の続きのつもりだった。しかし一体どういうオチがこの冗談にはあり得るだろうか、そこまで娘は計算しているのだろうか、「喰うわけねえだろっ! ぺっ!」と乗り突っ込みというのではどうも普通過ぎるように思うがまさか本当に飲み込むわけにも行くまい、飲み込んだ所でまさか死ぬということはなかろうが、……と考えながら、かちかちと歯の当たる音をさせて動いている娘の顎の辺りを注視していると思いがけず左の頬をほろっと流れ落ちたものがある。さすがに驚いて娘の目を見ればこれでもかという程目蓋を三角にして、眉間に皺は、皮が余っていないので寄っていないが、余っていれば寄っているだろう、悲しいような恨めしいような表情で、泣いてるの? 何で? と不思議に思っている間もなくもうほろほろ、ほろほろ後から次から娘の両目から涙が溢れ落ちて来、わけが分からず咄嗟には「なに?」という言葉しか思い付かず、特に何をしようという意図もなくとりあえず手を差し伸べようとして包丁を流しに捨てたら、志穂の顎の動きが止まり喉元が上から下へ何かがというよりジャガイモの芽であるとしか考えられないが通って膨らむのが見え、

「ちょっと。なにしてるのよ」

 と、これはもう素直に狼狽して立ち上がり、娘の身体を腋の下で支えて立たせ、「吐きなさい。吐きなさい」

――ほとんど腐りかけたものも混じって異臭を発し始めている三角コーナーのゴミの中からジャガイモの芽を数片選び取って娘が口に入れ咀嚼するふりをする所まではサディスティックな視線を娘に向けて楽しんでいた京子だったが、それを娘が実際に飲み込んでしまったのでは洒落にならない、冗談の範疇を越えてしまっている――「毒があるって言ってるじゃない」

「食べてみればって言ったからでしょうよ」

「何言ってるのよ。嘘じゃない。毒があるから」

「じゃあ何で食べてみればって言ったのよ、毒がある→食べてみれば? じゃ死ねってことでしょうよ」

「何をばかなこと言ってるのよ、とりあえず吐きなさい」

 と京子が志穂の後頭部を右手で掴んで俯かせ、左手の中指を喉に差し込もうとすると、志穂は頑なに口を閉じ歯を食い縛ってそれを拒絶し、

「だって死ねばいいと思ってるんでしょ。こんなので死ぬとは思わないけど、死ぬなら死ねばいいと思ってるんでしょ」

 と志穂が目を真っ赤にして半狂乱と言ってもいい調子で叫んだのには京子もかっとなった。本当に何を言っているのだ、と思った。いつ自分が志穂にそのような思いを抱かせる言動を取っただろうか。取った筈がない。何故ならそのような事は、娘が死ねばいいなどと思った事は、これは改めて確認するまでもなく、ない、からだ。いやこの場合言及すべきは文字通り「死ねばいい」と思ったがどうかではなく、具体的に「死」を望んだか否かではなく、「死」を望む事に代表されるような、対象を疎んじ、忌む気持があったかなかったかであろう、つまり志穂が今泣き叫んで訴えているのは、京子が志穂のことを嫌っており愛してはいないのであろうということで、それが悔しいか悲しいかして自棄な気分に陥って叫んでいるのだろう。だがもちろん京子は、そんな気持を持ったことはない。いやもっと積極的に言うなら、志穂のことを愛しているし、大切だと思っている、と敢えて言い換える事すら白々しく感じられる程ごく当然の事ではあるが、京子は親で志穂は娘で親は娘がかわいくて、大事で、しかしそんな当たり前の事はアハハ、ばかばかしすぎて今更主張してみる気にもなれず、しかしそんな当たり前の事と思っていた事が、娘に取っては当たり前の事ではなく、京子が志穂に対して死ねばいいと思っているなどという疑念をすら志穂が現在抱いているならば、そうしてこうまで恥も外聞もウィットも捨てて真っ赤になって泣き叫ぶのであるならば、ここは一つ母親の自分の方でも、本気になって娘を殴る必要があるように思えた、ので、力任せに平手で一発、志穂の頬を叩いた。補足すると、京子という人はいつでも冷静である。決してかっとなって、どうしていいか分からなくなって娘に手を挙げたわけではない。これは叩くしかないな、本気で怒ったポーズで叩くしかないなという冷静な判断で叩いたのである。だから、本当に力一杯叩いたらかわいそうだな、という思いも勿論彼女の胸にはあったろう。しかし本気を装う以上は、装いであることがばれてはいけないとも思い、力一杯を装って叩いた。が、力一杯叩くのも、力一杯を装って叩くのも、叩かれる側の受ける痛み、ダメージとしては同等である事には、志穂の首が飴細工のように伸び捻れたのを見てから気が付いた。

 さて叩かれて、志穂は瞬間ぼやんとなって、くずおれた。へたり込んでああ、星、って、これね、チカチカ、チカチカ、ってなるだけじゃん、これを表現して星か、まあ星だよね確かに、と数秒の間そんな事を考えたがやがて意識が鮮明になって来るとそんなことよりも今は叩かれた事について感じなくては、考えなくては、お母さんは何故私を叩いたのだっけ、と首をもたげ、母親の顔を見ると、

「一体何を言ってるのよ。いつお母さんがそんなこと言ったのよ」

 と京子に正面から両肩を掴まれ、前後に激しく揺すぶられながらそんなこと? そんなことって何だっけ?

 いつの間にか自分が泣いてしまっていた事にようやく志穂は気付いてちょっとばつが悪い感じがしたが、母親の目からも夥しい涙が零れているのを見ると、ばつが悪いというどころではないなと思い、それにしても「そんなこと」って、私は何を言ったのだっけ? ……ああ、そうだ、お母さんが、私なんか死ねばいいと思っている、と言ったのだっけ。お母さんがそんな事、思っているわけないのに、何でそんな事私は言ったのだろう、顔が歪んでいるのを知って、それでか、でもきっとそれはあんまり問題じゃないんだろうな、これだけ怒るって事は、それはあまり、少なくともお母さんに取っては問題じゃないんだろうな、良かった、謝ろう、

「お母さんご……」

 と、志穂は改めて涙がこぼれ落ちるのを感じながら母親の背中に両手を回し、胸元に顔を沈めて洋服の匂いなのか汗の匂いなのか判然としない母親の匂いに包まれるとこの豚の匂いのような母親の匂いをもっと嗅ぎたいもっと嗅ぎたいと思って鼻先をぐいぐい胸元に押し付け、もういっそ顔面全体で腹の中にもぐり込んでしまいたくて足掻きながら一方で、しかし、何だかどうも「ごめん、ごめん」と言うのは、この場合間違いではないのだろうが、どうも気恥ずかしいな、という覚めた頭もあったから敢えて、「すみませんでしたっ! すみませんでしたっ!」と言ってみた。ごめんに比べて他人行儀な言葉をこの期に及んで選定して自分は連呼しているのだという事を母親が分かってくれればいいのだがと願いつつ、極力滑舌にも注意して「すみませんでしたっ! すみませんでしたっ!」と繰り返した。「うん、じゃあもう分かったから、早く吐きなさい」と母親に背中をさすられながら吐けるだけ吐いた。             了

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野崎志穂にまつわる98の夢想その18(という名の一話読み切り短編) 天丘 歩太郎 @amaokasyouin

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