冬眠欲
小狸
短編
惰眠を
というか、冬眠したい。
人間には冬眠という機能はないのだろうか。
手元の電子辞書に搭載されたブリタニカで調べると、冬眠とは、「動物が活動力を極度に低くした状態で越冬する現象」のことをいうらしい。
どうやら人間には難しそうだ、と、何となく私は思った。
冬は苦手である。
ぽかぽかした部屋で、みかんでも食べながら、ぬくぬくのこたつでごろごろしていたい。
そうしていると、全ての全てがどうでも良くなってくる。
仕事は無事納まったので、茨城の実家に帰り、実際にぽかぽかぱくぱくぬくぬくごろごろしている最中である。
あー、ぽかぽかだあ。
ずっとこうしてごろごろしてたい。
いかに普段、自分がSNS――インターネットに依存しているかが分かる。
いやー、本当、余計な情報ばっか見ているな、私。
情報過多なのである。
スワイプすればしただけ、新しい情報が流れてくる。
そんなものを過剰に摂取していれば、中毒になるのは明白である。
一応、一社会人として、政治の動きだったり、情報だったりは目に入れる必要はある、とは思ってはいる。
あるのだが――流石に過剰すぎるのだ。
何でもかんでもいっぱい目に入れれば良いというものではない。
というのも、うちの父親がその情報に流された人なのである。
一度――私が大学生の頃だったか、父の部屋に行った時、見てしまったのだ。
SNSで、ネット上の見知らぬ人と、暴言のリプを交わし合っていたのを、見てしまった。
うわー、って思ってしまった。
ドン引きである。
いや、もうほんとね。
体感してみると分かるが、身近にそういう人がいるって、結構嫌である。
父はもう定年を迎えて、仕事を退職している。
ネット上で炎上したり、誹謗中傷する人というのは、暇な人なんだな。
そう思って、何となく流した。
父はいつも仕事の休みの日は、自分の部屋に引きこもって、パソコンに向き合っていた。
母はそんな父にもう愛想を尽かしたようで、ほとんど放置している。食事も別である。
まあ、露骨に仲が険悪になっていなかっただけマシか。
背中が熱くなってきたので、寝返りをうった。
父親は、選挙にも行っていない。
ほんと、親に向いていない人っているんだな、と思った。
母は、多分気を遣って、父の悪口はほとんど言わなかったけれど、一度だけ、「父は一人暮らしをしている時と生活が変わっていない」と、言ったことがある。
一人暮らし、ねえ。
私も大学時代、大学が実家から遠かったので、一人暮らしをさせてもらったけれど、いやあ、恥ずかしいくらいに上手くいかなかった。
何事も最初は上手くいかない、というけれど、そんな言葉が台無しになるくらいには上手くできなかった。
同期の女子が丁寧な生活をしているのを見て、嫉妬したくらいである。
本当、お母さんに感謝である。
今は、大学の近くに住み、そこから会社に通勤している。
一人暮らしも、大学時代から通算して七年目に突入して、そろそろ自分なりの暮らし方を見つけられてきた頃合いである。
仕事も、最初は大変で覚えることだらけ、上司に迷惑をかけまくりだったけれど、今は何とか軌道に乗って来ている。
良かったなあ、と思う。
と同時に、怖くもある。
いつ、私だって、父のように踏み外してしまうか、分からないからである。
踏み外し、転び、その怪我にすら気付かず突き進み、誰かを傷付けてしまうことだってあるかもしれない。
そういう意味では、父は良い反面教師だったのだろう。
こうなったらおしまいだ、という例を常に提示し続けてくれているのだから。
怖い怖い。
そう思って身震いをした。
あったかいのにね。
あー、ずっとこうしてたい。
冬眠したいなー。
もう一度寝がえりをうった。
冬は寒いし、雪が降って足元が怖いし、良いことがないのだ。
手もかじかむし、朝も布団から出にくい。
良いことがない。
まあ最近は、春と秋の概念がなくなりつつあるけれど。
これも地球温暖化のせい――いや、人間のせい、かな。
まあ、そんな環境のことに思いを馳せて落ち込むのは、今日ではない、いつかの私に任せよう。
今はこたつで、ぐうたらしよう。
たまにはこういう日も悪くないと、私は思った。
何だか眠くなってきた。
(「冬眠欲」――了)
冬眠欲 小狸 @segen_gen
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