最期の願い

小田虹里

余命宣告された母が、最期に望んだこと。

 静まり返った病室。このフロア一帯は、全てが個室となっている。スライド式の扉は、軽い力で開くが、重々しい雰囲気がある。この扉の向こうに居るのは、静かに最期を待つだけとなった末期癌患者。県病院の最上階は、緩和ケア病棟として存立していた。他病室とは異なり、患者の家族には貸しベッドの提供もあり、病室で家族と一緒に過ごす時間が許されている。私も今日は、母の病室に泊まることにして、ナースステーションにベッドを一台借りることを申請した。

「死ぬのって、嫌だね」

「…………うん」

 なんて答えればいいのだろうか。そんなことを一瞬頭の中で考えてから口にした言葉は、短く頷くだけのものとなった。死を望むものが居ないとも言わないが、少なくとも私の母は、まだ若く五十代半ば。これから先、父も定年退職し、のんびりと老後を過ごすことが出来ただろう時に、癌が見つかった。既に末期であった病巣には、抗癌剤も効かない。ピンポイント放射線治療も施したが、限界があった。癌の部位に血管が絡んでいたこともあり、手術は不可能。遂に主治医から余命宣告が下った。

「ママの骨、残らないかもしれないなぁ」

「…………」

 私は黙って母の言葉に耳を傾けている。もっと会話をしたいのだが、言葉にすれば泣き崩れてしまいそうなほど、私も疲弊していた。

「抗癌剤もしたし、放射線もしたし。ママの骨、ボロボロかもしれない」

「どうかな……」

 『そうかもしれない』とは、残酷すぎてとても言えない。母を待つものが絶対的な『死』であるからといって、安易にその場しのぎの言葉を選びたくなかった。何が誠意で、何が正解の対応なのかは分からないが、私は私の正義で物を計るなら、本音を選びたいと思う。

 ただ、願うことなら出来る。これまで私を誰よりも見守ってくれていた母が最期に願うことを、一緒に願うことなら可能だ。言葉にすることさえしなかったが、私は今日この時の母の願いを、胸に強く刻んだ。


 それから二週間後。母は医者の見立てよりずっと早く、この世界に別れを告げた。

父と弟は、葬式会場の選定などを含め帰宅する。私は母の携帯や連絡帳から、明日、明後日と行われる告別式の案内を、母の友人や職場の方へ電話で知らせた。

 葬儀場へ向かうまでの時間。病室で眠る母の口からは、時折血液が流れ出て来た。心臓からの血液ポンプが無くなり、身体中の水分が外へ排出されているのだろう。冷たく固まった身体に触れるのは、小学生だった時に亡くなった、祖父の手以来だ。私は静かに母を見つめた。口から体液が出て来るのを防ぐため、看護士さんは薄く開いた口をしっかりと閉じ固定させた。すると、今度は鼻から液体が漏れて来る。鼻に綿を詰めるかと、運ばれた式場の方から提案をいただいたが、それは亡骸とはいえ美意識の高かった母に申し訳ないと思い、断った。

 翌日は告別式。終われば母は火葬場へ運ばれる。朝十時から始まった告別式中は、母が生前「流して欲しい」と自ら希望して選んでいたCDのアルバムがかけられていた。生前好きでよく聞いていたアーティストの歌だ。悲しみを乗せ、お焼香が続く。

 いよいよ霊柩車に母を乗せると、長いクラクションが鳴り響く。霊柩車には、喪主である父が乗り込んだ。私は弟の車の助手席に乗り、火葬場へと向かう霊柩車のすぐ後に続いた。

 母との最期の別れの時間が刻々と近づく。右から二つ目の高炉の扉が開かれた。母の棺が置かれ、仕舞われる。私たち家族は、隣接された十畳ほどの広さの部屋で待つことになった。一時間ほどの待ち時間がある。ただ私の頭の中にあるのは、母が最期に願ったこと。


 骨は残るのか。


ボロボロに壊れてしまうのか。拾い上げることが出来ないほど、硬度は無いのだろうか。そればかりが気になり、父や祖父母たちの話し声は、私の耳と頭の中には響いてこない。

落ち着かず扉の外を見ていれば、時間はいつの間にか経過していた。呼び出しの放送が入り、私たちは再び高炉の前に集まった。扉が開かれると、お骨となった母が引き出された。私は思わず目を見開く……と同時。誰にも知られないようただ静かに、口元にうっすらと笑みを浮かべた。

(ちゃんと、残ってるよ。ママ)

 そこには白く、人間の骨格がハッキリと分かるお骨が広がっていた。癌が巣くっていた子宮部分の骨だけは、やや黄ばんだ色をしていたが、そのほかは至って白い。頑丈な骨を残していた。言い換えれば、この黄ばみさえなければ母は死ぬことも無かったのだと、悔しさすら残る。それでも、母の願いは確かに天に聞き届けられたのだ。そのことを素直に感謝し、私はお骨を拾い骨壺に収めた。


 空は青く澄んでいる。この空に母は溶けて消えた。私は悲しみと安堵を胸に抱き、この火葬場まで来た道とは違う道を選んで、帰路についた。

 母のお骨は分骨し、一部はお墓に納骨し、小さな骨壺に入れたお骨は、今でも仏壇に祀られ、私たち家族と共にある。これは、ママの生きた証だ。

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最期の願い 小田虹里 @oda-kouri

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