洒落た タイ ムマシン

ながる

第1話 タイのタイ

「風見さん! また勝手に跳びましたね!?」


 佐伯さんの研究室の扉を開けたら、珍しく佐伯さんの怒鳴り声がした。

 あんまり怒ったところを見たことがないので、びっくりして一歩踏み込んだところでフリーズしてしまった。

 詰め寄られてバツの悪い顔をしている風見さんは、そんな私に気づいて「よぅ」と手を挙げた。

 佐伯さんもつられたようにこちらに顔を向けたけど、そのせいで風見さんに隙を与えたようだ。風見さんはそそくさと私の横を通り過ぎ、「タバコ吸ってくる~……」と小さくなる声を残して風のように去っていった。


「あっ! ちょっと! 風見さん!!」


 佐伯さんが気付いて扉の外まで追ったけれど、その姿はもう角を曲がってしまっていた。


「ああ、もう!」


 イライラと吐き捨てられた言葉に肩をすくめる。


「……えっと、なんか、ごめんなさい?」

「……深山さんは悪くないから。あれは風見さんの悪いところ。マネしちゃだめだよ」


 ひとつ長い息を吐いて、佐伯さんは眉間を揉みほぐしていた。

 真似しちゃいけないのは、怒られてるのに隙をついて逃げるところか、それとも最初の怒鳴り声の、勝手に『跳ぶ』ことか。

 そうは言っても、私は今のところ、自分の意志で勝手に渡ることはできないのだけど。


「どんぐり拾いに行くの? 荷物、預かっておくよ。何か飲んでから行く?」

「あー……じゃあ、紅茶でも」


 頷いて、佐伯さんは紙コップにティーバックとお湯を入れてくれた。

 定位置のパソコンの前には戻らず、佐伯さんも同じテーブルに着く。コーヒーの入った紙コップをゆるく回しながら頬杖をついて扉の方を眺めて、彼は独り言のように話し始めた。


「風見さんは元々勝手に過去に跳んでた人でさ。たまたま僕らが渡った先で見つけて、じゃあ、仕事にしなよってお誘いしたんだけど、自分で戻る方法があるもんだから時々こうして勝手をするんだよね。その方法も不安定だからできるだけやめるようには言ってるんだけど。最近どんぐりの供給が安定したから、油断してるのかなぁ」

「勝手にって、私たちみたいに?」

「そう。彼、TIMがわかるみたいなんだよね。僕たちが測定して結論付けるところを勘でだいたい当てちゃう。具体的なところがわからないから厄介なんだけど……こちらにいてもらう分には便利だから」

「あれ? 佐伯さんも渡れるんですか? 僕らって……」


 佐伯さんはいやいやと首を振る。


「僕は才能だか体質だかがないんだろうね。全然ダメ。僕と、僕が誘導ナビゲートしてた風見さんの先輩が、ね」


 そういえば、そんな話もしてたっけ。


「その人はもういないんですか?」

「うん。辞めちゃった」


 コーヒーを飲み干して、佐伯さんは立ち上がる。どんぐりの入った予備のケースを一つ取り出すと、テーブルの上を滑らせた。


「外出るときに風見さんに会ったら、それ渡しといて。深山さんに注意されたら聞くかもしれないから、ついでに釘刺してくれると嬉しい」

「聞きますかねぇ」

「試して損はないから」


 なるほど、と、私もケースを手に立ち上がった。




 研究所を出て左手のちょっと引っ込んだスペースに灰皿が置いてある。風見さん以外の人も使っているのかは不明だ。

 そこに顔を出せば、ちょうど吸い殻を灰皿に押し付けているところだった。


「なんだ? 女子高生がこんなとこに顔を出しちゃダメだろう。ここは大人のスペースだ」

「大人なら、逃げずにお小言をちゃんともらうべきではないですかね」


 うっ。とうめいた風見さんにケースを差し出す。


「佐伯さんからです。心配してましたよ?」

「ああ。うん……わかっちゃいるんだ」

「私もまだ教わりたいことあるし、無茶しないでくださいね」


 どんぐりの入った小さなケースをじっと眺めてから内ポケットに押し込むと、風見さんは小さく息を吐いた。


「ああ。気を付ける」

「……風見さんも先輩に習ったんですよね?」


 ひたりと据えられた瞳に、何かまずいことを聞いただろうかと思いかけたけれど、続いた言葉も表情ももういつもの風見さんだったので、気のせいかもしれない。


「習ったっちゅーかなぁ。あの人も感覚の人だったから……見て覚えたっていうのが正しいかもだな」


 それからまた内側のポケットから何かを取り出して手のひらに載せる。

 キーホルダーの先についているのは魚っぽい形をした何かだった。


「何ですか?」

「鯛の鯛。知らないか? 鯛の骨だよ」

「タイと言われれば、それっぽく見えますけど、小さくないです?」

「胸鰭のとこの骨なんだよ。鯛の中から出てくる鯛だから、おめでたいって言うんで縁起ものだぞ」

「へー」

「感動薄いな」


 骨じゃもう食べられないし。とか思ったことは言わなかった。

 でも、顔には出たのかもしれない。


「ああ。わかったよ。じゃあ、今度実物を探しに連れていけばいいんだろう?」

「おお! でも、鯛ってお高いんでしょう?」

「今はそこまででもないだろ。ともかく、縁起がいいからお守り代わりに持っとけって、これをくれるような人だったよ」


 ちゃんと帰れるように、か。いい先輩だったのかもしれないなぁ。


「じゃあ、私もちゃんと発掘出来たらそれをお守りにしますね!」

「食う気満々だな」


 苦笑する風見さんに背を向けると、私は軽い足取りで山へと向かったのだった。




洒落た タイ ムマシン・終

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