むちむち男子高校生小早川くんの抱き心地ハンパない

エノウエハルカ

むちむち男子高校生小早川くんの抱き心地ハンパない

 唐突で申し訳ないが、俺はホモだ。


 生まれたときから男として高校二年生の現在まで生きてきたが、ついぞ女の子を好きになったことはなかった。好きになるのは男ばかりで、いつしか俺はホモとしての自覚を持つようになった。


 そういうのに寛容になった現代社会だが、しかしもちろん男同士の恋がそうそう簡単に成就するということはない。よく女子向けの漫画にある『きれいな』ホモ、というものはこの三次元には存在しないのだ。


 そんな恋が成り立つわけもなく、俺は日陰者の自覚を持って慎ましく生きていた。


 生きていたのだが……


 最近、気になる同級生がいる。


 前の席の小早川くんだ。


 小早川くんはとにかくむちむちしている。決してデブというわけではないが、後ろからだとシャツのシワが寄っているのがよく見えるむちむち具合なのだ。何度も言うが、決してデブではない。


 たまに話すこともあるが、尻と太ももとほっぺたが特にむちむちしている。スラックスが張り詰めていて窮屈そうにしているのが、なんともむっちりさんだ。やわらかそうなほっぺたもまた、いいアンバイにむちむちだった。


 俺には特に決まった男の好みというものはない。今まで好きになったのだって、痩せ型から筋肉質まで様々だ。特段むちむち男子に拘泥しているということはない。


 ないのだが……


 小早川くんは違う。ぜひともそのむっちりボディを抱きしめたいと思う。この腕に抱いて、その肉眼を余すところなく堪能したいと妄想してしまう。


 そのやわらかいほっぺたにキスしてみたいと、そう願ってしまうのだ。


 むちむちに惹かれるなら、女子を抱き締めればいいのかもしれない。ともすれば、俺はホモではないのかもしれない。ワンチャンバイなのかもしれない。


 そんな淡い期待を思い描くと、なんだか目の前に光が差し込んでくるようだった。


 ホモとして生きるのは茨の道だ。常に叶わない恋をしなくてはならない。男を受け入れてくれる男はそういない。


 しかし、バイだったらどうだ? 普通に女の子と恋ができる。女の子で普通に満足できてしまう。大手を振って世間様に顔向けできるのだ。


 俺はホモとして生きていく覚悟は済ませてある。しかし、もしも、もしもだ、女の子もいけるなら、叶う恋もあるのではないかと夢想してしまう。


 覚悟が揺らいでいるのだ。


 小早川くんという存在によって。


 このもやもやはどうすべきか。今のままではアイデンティティに関わる。今一度、自分の性自認を確認しなければならない。


 そのためにも、小早川くんを抱きしめたい。


 そのむっちりで満足できるなら、俺はバイだ。


 逆に、満足できないならホモだ。


 すべてはその瞬間にかかっている。


 今はちょうど昼休みだ、小早川くんにちょっと協力してもらおう。


 ……なあ、小早川くん?


「え? どうしたん? そんな深刻そうな顔して」


 いや、ちょっとお願いがあって……


「僕に? なにかできるなら協力するよー」


 ……あのさ、ちょっと抱きしめさせてくれね?


「抱きしめる、って……あはは、そんな人肌恋しいの?」


 そんなとこ。小早川くん抱き心地良さそうだとふと思って。


「あー、僕がデブだからネタにしようとしてるなー?」


 いや、小早川くんはデブじゃないじゃん。


「そうー? だってあだ名『おふくろ』だよ?」


 あー、それは分かる気がするけど、とにかくデブではない。


「えー、じゃあリクエストにお答えしようかなー」


 えっ、いいの?


「うん、いいよー。ほら、かもーん」


 小早川くんが両手を広げてスタンバっている。


 これはチャンスだ。


 俺はそのむちむちした胸に向かって飛び込み、背中に腕を回してぎゅっと引き寄せた。


 ……ああ、やっぱり最高の抱き心地だ。


 あたたかい生の肉に包まれている感覚。皮膚の下にはたしかにむっちりした肉が詰まっている。それが隙間なく俺の腕に収まっている。抱き締めれば抱きしめるほどに、肉に埋もれていくような感覚に陥った。


 熟れた果実と同じように弾け飛びそうな肉圧に、俺は軽く呼吸困難になった。


 ひとのぬくもりだ。血の通った肉体が、かろうじて皮膚に繋ぎ止められているようなみちりとした小早川くんのからだが、腕の中にある。毛布のように空気を含んでいることのない、しっかりとした質量のある体温。


 ……満足だ。


 このむっちりボディこそ、俺の求めていたものだ。


 俺はホモじゃない、バイだ。


 その事実に歓喜しようとしていたときだった。


 俺はふと、むちむちとした肉の向こう側にあるものに気づいてしまった。


 ……骨だ。


 やわらかな肉に包まれてはいるが、たしかにごつごつした骨の感触がある。


 女の子の華奢な骨ではない、がっしりした男の骨格だ。


 小早川くんは女の子ではなく男だと思い知るには充分だった。


 そして、その抱き心地に満足している自分がいる。


 詰まった肉ではなく、その奥にある骨を感じて満足しているのだ。


 男の、固く頑強な骨を。


 ……なるほどな。


 色々と悟ると、俺は小早川くんを解放した。


「あれ、もういいの?」


 うん、充分だよ、ありがとな。


「どういたしましてー」


 そう言うと、小早川くんは他の席へと向かっていった。


 ……俺は、やっぱりホモだ。


 むちむちしていながらも、その奥に太い骨を隠している小早川くんの抱き心地を『最高だ』と思ってしまった。


 おそらく、その骨がなければ満足しなかっただろう。女の子にはありえない骨子が、俺には必要なのだ。


 そうだ、今まで好きになってきたのは、男の骨だ。ごつごつとした、強固な骨格だ。


 それは男と女を深く分かつ決定的な違いだった。


 女の子にはないものを求めている、俺はホモだ。


 一瞬だけ目の前に垂らされた蜘蛛の糸は、手に取る前にぷっつりと切れてしまった。お釈迦様も意地が悪い。


 ……そうか、ホモか。


 希望を見出したあとの現実は、いつもよりずっしりと胸にのしかかってきた。


 しかし、おかげで揺らいでいた覚悟はふたたび固まった。


 俺はホモとして生きていく。


 男の骨を追い求めて恋をしていくのだ。


 それはきっと茨道だが、仕方がない。


 ……失恋記念、というわけじゃないけど、今日はファミレスでヤケ食いする代わりに、TENGAとゲイポルノを買って帰ろう。


 思いっきりオトコで抜いたら、晴れて俺は立派なホモだ。


 いいだろう、受けて立つ。


 それが俺の業だとしたら、甘んじて受け入れよう。


 俺はこれからも男に恋をするだろう。そして叶わぬ恋に身を焦がすに違いない。


 それでも、恋することをやめないだろう。


 恋をしていくことで、それが生き様になる。


 見てろよ、俺は絶対に恋を諦めない。


 なにせ、小早川くんの骨がそう教えてくれたんだから。

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