骨読みの翁

ダイコン太郎

骨読みと少女の旅

先の時代


数多の神々が存在していた時代。

善い神、悪しき神、美しい神、勇敢な神、狡猾な神、賢哲な神、義を果たす神。


様々な神が、地上を横行闊歩していた時代に、ソレは、そこにいた。


後の時代


思考に優れ社会性に秀でる二本足で立つサル。

長い時間を掛け、変化を重ねて行き、ヒトになっていった。


そんな時代にも、ソレは、そこにいた。



神が人と争い、敗走し、粉々に砕け散った。

無数に砕けた欠片。

その一つ一つがおとぎ話となり、もはや、神話が創られなくなってしまっても。


ソレは、依然として、新たな物語を創り、紡いでいた。


現れる場所に決まりは、なく、また過酷さや距離でさえも関係は、なかった。

砂漠で、雪山で、戦争地帯で、賑やかな街で、小さな村でソレは、物語を紡ぎ出した。


ソレの歩く道には、だが例外なく、いつも、

死が隣を歩いてた。


亡き思いを伝える無名の伝達者は、

いつしか死と不幸の象徴になり、人々に恐れられるようになっていった。


噂だけが一人歩きし、歴史の除け者にされても。

それでも、いつまで経っても誰かの、何かの為にのみ働いた。

自身の為に働くことは、なかった。


ソレは、呪いでも使命でもなかった。


ソレに意味を持たせる事は、不可能だった。

移ろい行く時の中で、絶えず変化を強いられてきたソレにとって、絶対的な在り方を決定することは、とうにできなかった。


あらゆる時代、土地、事件に関わって来たソレは、一体何なのか。

個人なのか団体なのか、生物なのか生物では、ないのか。

そんなことは、いついかなる時でされも誰にも、骨読み自身でさえもわからなかった。




 パチッパチッ、と音がする。心地よい焚き火の音だ。

乾燥した木の枝が熱に耐えきれなくなり、内部に微かに残した少量の水分と空気が弾け飛ぶ瞬間。

パチパチッと、その音だった。


 焚き火の暖かな熱が、灯りとなって、辺りを弱々しく照らす。

 

 微かな、それでいて、確かな灯り。

その炎の外には、真っ暗な闇が広がる。

何処まででも続くと思わせるその闇からは、

抗いきれない恐怖を感じさせる。


 それでも焚き火の近くは、やっぱり安全で安心を与えてくれる空間だった。


 薄っぺらくて粗末な布。その上に座っているのは、十代半ばに見える少女だ。

頭を横に向け、少女は両目を使い、深い闇を見ていた。


 少女の体の対面には、深編笠を頭に被り、口元を細長い黒帯布で覆う修行僧のような見た目の大男が、地面に直接腰を下ろしていた。


「もう寝たほうが良い。

疲れてないかもしれないけれど、睡眠をしなければ弱ってしまうよ、アミナ。」

 

「……はい、先生。でも今は、まだ起きていたいんです。まだ眠っていたくないんです。

眠りに入る前、目を閉じている少しの間、怖いのです。

だからもうちょっと、

睡魔が瞼に触れるまでは、起きています。」


「…そうか、でもほんのちょっぴりでも、寝むるんだよ。」


 アミナと呼ばれた少女が「わかりました。」と言った。

それでもまだ、彼女は、暗い暗い闇の中をじっと見つめていた。それは、猫が動かずに、暗闇を凝視するかのようだ。


 だが、アミナの目は猫と違い、夜目が効かない。

つまり、アミナの瞳に真像は映らず、何処までも広がる闇だけが彼女の瞳に映されていた。

偽りの像すら映してくれないその闇を、それでも彼女は、長い間見つめている。


 そんな時間も終わりを迎え、視線を焚き火に移した。

そこには、依然として炎が巻き上がっていた。熱と灯り。

おおよそ人に安心を与える条件を満たしているその焚き火。


 アミナは今度は、焚き火を見つめていた。

けれども長い時間ではなかった。

少なくとも、闇を見つめていた時間と比べたらマシと言える時間の間だけであった。


 火花の舞い散る様子を見ていると自然と瞼が重くなる。そこからのアミナは、抵抗することなく、睡魔に身を任せて眠りについた。


 目が覚めた。辺りは、すでに明るく、昨日の暗闇が嘘のようであった。焚き火の熱は、もういらなかった。

今、焚き火を焚いてもその熱に、辺りを包みこんでくれる力は、もうない。

太陽の前では、何者であっても呆れるまでに無能者であった。


「おはよう。ちゃんと眠れたかい。」


 先生は、アミナに聞いた。アミナは、


「はい、眠れました。だから、今日もしっかりと歩けます。」


そう言った。


 この会話は、朝を迎えると必ずと言って良いほど繰り返される。アミナにとって、先生にとって朝が来た合図となっていた。


 だが、アミナには、不可解なことがあった。


 —先生が眠っている姿を見たことがない—


あの村で出会い、旅に同行することを決めてから、ただの一度も見たことがない。


 先生は自分のことを医者だと言う。

故に他人に健康で有ることを強く願う。

だが、先生が医者で、他人の健康を願うのなら、医者である先生の事は、誰が願ってくれるのだろうか。


 ぼんやりとした頭の中でそんな考えが生まれた。


「大丈夫かい。なにやらぼーっとしているみたいだけど。」


 アミナは、言われて気がついた。

起きて話しかけられてからずっと、それでいてぼんやりと先生のことを見つめていたことに、気がついた。


 「大丈夫です。」

と答え、自身の身を一晩中温め守ってくれた布の相棒を丁寧にゆったりと畳んで、それから、革でできた袋に詰めた。

杖を持ち、編笠の被り具合を確かめ、


「それじゃあ出発しよう。」


先生の合図に頷き、アミナも準備を始めた。



 長い間、険しい森を歩いていた。

葉がなく枯れている木々に、地面がひび割れている。このことから、長い間雨が降っていないことは、明らかだった。


 それでも、先生とアミナにとっては、良いことだった。

地面が泥状になっていると、足が取られて、余計に疲れてしまう。だから泥の地面より、乾いている地面のほうが良いのであった。


 だが、それは、あくまで旅をする先生とアミナにとっての都合の良さである。

この辺りに住む人にとっては、神に見放されたと思うだろう。


 長い間雨が無ければ、作物は育たない。

人里まで長く険しい道のりのこんな鬱蒼とした森の中であれば、それは、致命的なまでに生命を脅かすであろう。


 それから程なくして、人工的に整備された道を見つけた。

草が伸びているが、大きな石や大きな穴もない。この先に人がいるのだろうか。

アミナは、今日初めて胸のざわめきを感じた。


 整備されていた道を歩く、すると家があった。土壁で出来た家が何軒かあった、だが人の気配は、全く感じさせなかった。


 集落の中を進むと物音が、ある家から聞こえてきた。

次の瞬間アミナたちの死角となっているところから、勢い良く何者かの影が飛び出して来たが、アミナと先生は、それを容易に避けた。


 勢い良くとは、言ったものの、その突撃は、万全の者からすると、大した速度では、なかった。だが、飛び出して来た影からすればそれは、渾身の一撃であっただろう。

故に”勢い良く”と言ったのだ。


 何かに触ることもできず、その影が地面に倒れ込む。


 良く見ると少女であった。

年齢すらわからないほど痩せ細ったその少女。

自身の体重すらも支えられない弱々しい腕を地面に突き立て、全霊の力を持って立ちあがろうとする。


 見かねた先生が少女を優しく抱き上げた。

泥にまみれた顔からは、強い絶望を感じた。


「食い物……食い物を、、」


縋るように片手を差し出す。

その手に慌ててアミナが、携帯食料を取り出して相手に持たせる。

おにぎりを持ち、無意識のうちに口に運ばれるその手に気付き、咎めるように自身の手を叩く少女。


 おにぎりのことを見て迷うような顔をしたが、先生の腕を離れ、声のした家の中へと入って行った。

それに続くアミナと先生。


「静。起きて、ご飯を持って来たから。起きて食べて。

ほら、わかる?ご飯だよ、静。」


 木で出来た四角の上に一枚の薄い布を敷いただけの硬い寝台。

質素さで言えば、アミナのものでも太刀打ち出来ない。


 そんな質素な寝台の上には、静と呼ばれた子供が寝ていた。

痩せ細り、骨に革を貼り付けただけに見える。

一見するとミイラ、死体にしか見えない子供に少女がおにぎりをあげようとする。


「君、名前は、なんと言うんだい。」


 先生が少女に聞いた。


「煩、はんっていう。」


「煩それは、やめた方がいい。そのおにぎりは、君が食べるべきだ。

その男の子は、どのみち死ぬ。君がおにぎりを食べさせようと食べさせまいと。

だから君が食べろ。」


先生が衝撃な言葉を発した。

その言葉に驚いているアミナよりも、驚きを隠せない表情の煩。


「な、何を言ってんだあんた。

静が死ぬわけないだろ、だって飯が有るんだ。これだけでもまだ持つはずだろ。」


その一言を聞いた煩は、静かな表情でそう言うが、声の震えは、隠せていなかった。


 先生の呪いの一言を振り切るように、おにぎりを食べさせ始めた煩に先生が、


「いいや死ぬ。私は、医者だからわかる、その子は死ぬ。

その子は、もう動けないが君は、動ける。

なら、君がエネルギーを蓄えるべきだと思う。少しの量でもね。」


その一言は、煩の堪忍袋の諸をきるには、十分過ぎるほどに鋭かった。


「死ぬわけない!少なくとも私よりは長生きするんだ!」


 激しい感情を露わにするが、部屋の中は、

呆れるぐらいに静かだった。

それに遅れてアミナも参戦した。


「先生そんな言い方は、ないですよ。

それにまだ死ぬなんてわかりませんよ。」


先生が不意に静の腕に触れた。すると先生が


「わかった謝るよ。絡でもないことを喋ってしまい、すまなかった。

それと、ここに建っている家は、無人かい?無人なら一日使いたいんだが。」


 先生の謝罪と質問と提案、その全てに対して煩が頷いた。


 煩の家をあとにし、アミナ達は、近くに建っている家の中で休息をとることにした。


「先生のあの言い方、良くないですよ。」


「あれは、間違いだった。次からは、言葉選びにもっと慎重になるようにするよ。」


 今夜のアミナは、夜更かしをしなかった。

長時間歩き疲れたからであった。

横になるとすぐに目を閉じて睡眠についた。


 夜明けが過ぎ、太陽が顔を見せ、朝が来た。

一通りの片付けと毎朝のルーティンを済ませ、煩の家へ向かった。


 入るよ、と声を掛けて家の中に入る。

煩が静の手を握り、寝台の横に座っていた。

彼女は、下を向き続け絶えず涙を流していた。

異常を察知したアミナが声を掛ける。


「静が死んだ。気付いたら息してなかった。

朝起きたら息吸う音も、胸が膨らむのと縮むのも繰り返してなかった。」


 煩が泣きながら伝えるが、表情は、わからなかった。ずっと下を向いていたからだ。


「ねぇ私、どうすればいいの。これから何をして生きてけばいいの?」


弟は、煩にとって全てだったのだろう。

弟と共に生き、弟を守るのが煩にとって世界の全てだったのだろう。

だから動くことのできない弟を家に寝かせ、自分は、食料を確保していたのだろう。


「火葬してあげませんか?先生。」


「そうだね、でもその前に。

煩、君の弟の心の声を、最後に聴きたくないかい。」


アミナの提案と先生の提案。煩にとって、断る理由は、もはや無かった。


 アミナが火葬のために準備をする。その間先生は、静の腕に触れて目を閉じていた。


 火葬の準備ができ遺体を、薪を積み上げて作ったやぐらの上に載せて、火をつけた。

それと同じくして先生が、白い粉末の入った瓶の蓋を取り、中身を撒いていた。


 するとその白い粉末が、朧げながら人の形を取った。そして、三人の頭の中に声が響いた。


「お腹いっぱい、いーっぱいになれるよにね。お姉ちゃん大好きだよ、じゃあね。」


 知らない声だったが、なんとなく誰かは、予想が付いた。煩は、顔を上に上げて、大粒の涙を流して、大きな声で泣いた。


 火葬が終わり、遺体が骨になった。

人の形をしていた粉末は、いつのまにか居なくなっていた。


 骨を埋めて墓を立て、煩と別れた。煩は、涙を流したままで感謝を伝えていた。

泣きながらも煩の表情からは、生きようとする強い意志を感じた。


 そしてまた野宿。焚き火を焚き布を敷き、対面に座るアミナと先生。

アミナは、また暗闇を見ていた。いつまで経っても、どれだけ見つめても、暗闇の中を見ることなど出来ない。


「明日からきちんと教えるよ。私の内に在る力と使い方をね。だからもう寝なさい。」


先生が不意に口を開いたが、アミナは、上の空で聞いているのかいないのか、わからなかった。

焚き火に目を移し、そして眠りに落ちた。


 次の日、先生の力のことを教えてもらった。

その力は、骨読みと言い大昔から存在して来たと聞いた。

だが、この他のことについては、力を継承してから教えると言っていた。


 次の日、また次の日と毎日が過ぎて行った。

初めに力のことを聞いてか何年経ったのだろうか。

 

 アミナも、もう少女ではなく、青年となり、旅の所為だろうか、儚いさと美しさを纏う人になっていた。

先生は、相変わらず、編笠を深々と被り口元に布を撒いていた。


「骨読みの力も大体理解して来ただろう。これからのことを伝えるよ。

これから先は、君一人で旅をすることになる。そして旅の中で考え、触れることで初めて骨読みになれる。

骨読みは、生まれる時も活動する時も、二人が共にいてはいけないんだ。

だから、今日ここでお別れだ。」


 長年共に旅をして、沢山のことを教えてもらい、成長させてくれた先生からそう言われた。

突然のことで頭が混乱したが、


「先生の元を離れ一人で生きろということですか?それなら、私は、骨読みになりたくありません。私は、一人になりたくありません。」


そう言った。だが先生は、首を横に振って


「それじゃあ駄目なんだ。これは、決まりなんだ。この出会いも別れも骨読みには、大事な出来事なんだ。

その意味は、これが教えてくれる。

アミナ、それでも、もしこの別れに後悔を感じるのなら、君が変えて欲しい。

これから産まれるであろう新たな骨読みを。

これまでの骨読みの在り方を。」


 そう言って先生は、付けていた首飾りを外してアミナに持たせた。


 アミナは、一日中抗議を続けたが夜になると疲れてしまい、眠ってしまった。これがアミナの人生で最も大きな失敗となった。


 先生の言葉通りアミナは、骨読みとなった。長い時間を要したが、アミナは、立派な骨読みとなった。


 そして、あの日、先生が言っていた言葉の意味も理解していた。


 骨読みとは、骨に刻まれた記憶を読み伝える力だということ。骨読みは、常に後手に回り、別れが起きてから、または、起きる直前に記憶を読むということ。故に別れが必然となること。


 そして、完全な骨読みとなる時。

ソレは、人として在ることを諦め、悠久の時を生きる存在となること。ソレは、継承し、新たな骨読みを産み出すまで苦しみ続けるということ。


 全て先生が渡してくれた首飾りが教えてくれた。先生は、嘘をついていなかった。

骨読みの意味も、変えて欲しいと願ったことも。


 アミナは、選んだ。

新たな骨読みを継承しないことを

 アミナは、願った。

新たな骨読みが産まれないことを

 アミナは、生きた。

骨読みが翁ではなく、嫗と呼ばれるまで


ソレは、呼び名を変えても、いついかなる時代でも人の別れを見届け、悼んだ。

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骨読みの翁 ダイコン太郎 @sorcererISIDA

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