絶えなく結ぶ

八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子)

たえなくむすぶ



 岐阜県高山市より中津川方面へと国道41号を下ってゆくと、途中に墳墓山と名のついた山がある。流れゆく景色を注意深く見つめていなければ見つけることの出来ない、失礼な言い方になってしまうが至って平凡な山だ。戦後に植えられた杉林と所々に申し訳程度に残された落葉樹が残る一見どこにでも見かける山である。

 落葉樹が葉を散らし始めた頃に散りかけとなった私達はその山を訪れた。

 山肌の猫の額程の平地に石垣で崩れぬように強固な足場を固めた家々が点在し、インターネットマップや地図では蜘蛛の糸か蟻の道かと思えてしまうほどに家々を繋ぐ細い道を、愛車であるタヨタのリリスは息切れしそうな吐息を吐きながら、電気モーターと共にきつい山道を登っていく。

「リリスちゃん、もう少しだけ頑張ってね」

 助手席に座った妻が労わるようにそう言って、年老いてもなお美しい手をそっと添わせ数度ダッシュボードを優しくて撫でた。

「この山道はこの子にはキツイなぁ」

 運転手の私はそう言いながらもアクセルを緩めることはない、必死の思いで2名を体内に宿したリリスは、息も絶え絶えと言ったように山頂へ続く細い道を杖付き老人のように歩みを進めた。

 途中、何件かの家の前を通り過ぎてゆく、空き家になったり在宅であったりとこの辺りも寂しくなったものだと思い、時より縁側からこちらに気がついた住民に手を振ると、ああ、また物好きが来たとでも言いたげな仕草で同じ仕草で挨拶を受けた。

 やがて山頂近くにある送電線の鉄塔近辺に整えられた駐車場へとこき使われて疲弊気味のリリスを止める、登ってきた道は冬に備えて整えられているが、この駐車場は草木の侵食で凹凸にひび割れたアスファルトと、裂け目より雑草が芽吹いては色を落として朽ちて残っている事からも、残り訪れる者が少ないことを暗に物語っていた。

「ついたな」

「ええ」

 正午を知らせる防災無線のチャイムを聞きながら、私達は車を降りて加齢故の防寒着を着込み、妻のお手製の弁当と大きめの水筒、そしてレジャーシートを持って鉄塔脇の獣道と成り果てた小道を連なって歩んでゆく。

 もう、何年と、何十年、何百年、と歩く道は様相を変えても、懐かしさを失うことは無い。

 小道の先、山頂の手前風雪でところどころが剥がれ落ちた縦横1メートルほどの案内板が見えてきた。昭和50年代に設置されたものだが、最早、判読する方が難しいほどに文字が薄れている。けれど、その右端にある石棺内部の2枚の写真だけは、辛うじて読み取ることができた。

[出土した割竹型木棺2つと埋葬された人物の人骨、および副葬品類]

 写真下にある説明書き、そして薄くはなったが蓋を開かれて並び置かれた割竹型木棺と出土した人骨に副葬品類、1つの棺には剣と思われるものと鏡、もう1つには数枚の鏡と玉でできたブレスレットに石の耳飾り、そしてネックレスのマストであった勾玉飾りが映っていた。

「なに、また見てるの?」

「ああ、何度来ても見てしまうなぁ」

 首から全く同じ色の勾玉のネックレスを下げて、愛おしい顔に刻まれた小皺をみせながら素敵な笑みを浮かべる。ふっと懐かしい笑みが思い浮かび、そして思わずその顔に手を伸ばしてしまった。触れて嬉しそうに微笑んだ妻はやがてその手を優しく払い除けた。

「おしまい、さ、お弁当にしましょう」

「あ、ああ、そうしようか」

 古墳脇の岩崖沿いにある傷んだコンクリート造りの東屋でレジャーシートを広げて座り、眼下に付知川を流れる風景を望みながら、手作りのおにぎりと水筒より紙コップに注いだ湯気の立ち上るお茶を受け取る。

「いつ見てもいい景色だなぁ」

「ええ、本当に、あ、あなた、スマホおしりのポケットでしょ、壊す前にここに入れてください」

「はいはい」

 ポケットから取り出したスマホを妻のハンドバックへと入れる。

 スマホには小さな小さな化石のようなものが昆虫標本で使うレジンで包まれてキーホルダーのストラップとなっている。同じようにバックの中に妻のスマホもありお揃いのストラップが吊り下がっていた。

 2つのキーホルダーが重なり合って小さな音を立てると妻はその音に笑った。

 私も笑い、互いに微笑みながら再び眼前の景色に目を向けた。

 私達はずっとずっと夫婦だ。

 それは結婚してからなどというものではなく。心の、いや魂の繋がりをもつ夫婦だ、それは太古の昔より変わらず、今に至るまでずっと続いている。

 この国が纏まった国ではなく、個々に国のようなものが出来始めた頃、いわゆる古墳時代と今では分類されるが、私達が出会ったのはこの地のこの辺りの集落でのことであった。土師器や須恵器を使いながら日々を過ごす私達の暮らしは、今の時代を考えればとても貧しく、そして、とても幸福に満ちていた。

 彼女は村長の娘、私は狩人として偶に集落へと顔を出しては獲物と引き換えにして村長の家で数日間を過ごしながら、狩の最中に見聞きしたことや私のようないわゆる根無草のような人間達と情報を交換してはそれを村長へと伝えていた。

 貧しい村であったので、いや、このあたりはどこも貧しかったし、それを貧しいとは思わなかったが、竪穴式住居が多く残り地床炉で煮炊きをしては食事を取り、眠り、そして田畑を耕し、季節に応じた暮らしを営んできた。山々が白い雪に覆われ始めると、私は遠くにある出の村へと帰ろうと下矢先、思わぬ怪我を負って動けなったところを村長とその娘に救われた。民間療法による伝承医療と今とは違うが祭祀祈祷を娘から施され、ほとんどを1人で暮らしてきた私のとって炉で燃える火の如くその温かさは骨身に染みてゆく。熱に魘され、痛みに苛まれ、そして意識を失う。それの繰り返しであった、そして意識を取り戻す度に柔らかい手と温もり、そして微笑みがあった。

 やがて、雪どけが進む頃、村長に許しを乞い、私達は夫婦となった。

 どこの馬とも知れぬ私が村長の娘を伴侶にできたのは奇跡に近い、彼女が幼かった頃に村々を回っていた祭祀崩れの老婆が子を成せぬ女になるなどと言い放ち、それによって良い話が二度とこ来ぬこととなった身の上だった。

 だが、そんなことはあるはずがない。

 歳の秋には1人目の子が生まれ、続け様に3人の子供が続く。病と貧しさで2人を失ってしまったが、2名が元気よく走り回って遊ぶさまを見つめながら、畑仕事に精を出し、村の仕事に精を出し、日々を生き抜いているある日のこと、長男が小さな何かを近くの山から掘り出して持ってきて私達はそれを見て驚愕し恐れを抱いた。

 それは過去に村で使われていた銅鐸であった。

 稲作文化が定着し、そして新しい稲作の方法が各地へと持たさられると、祭祀や祈祷による農業も変わり始めた。神の恵みとされていたものが実は手順よってえ会得できるものであること、自然災害を怖がらなくとも事前に察知すること、いわゆる要所要所、ポイントを抑えることができれば対処が可能であることが中央の政権の使いからもたらされると、各村は今まで崇めていた物に感謝を捧げて地へと帰した。それは地へと帰されたものであり、帰したものを持って帰ってくることがどれほどの禍を呼び込む事になるのか、今となっては迷信に近い言葉だろうが、当時はそうではない、呪詛は身近にあり、摩訶不思議で悍ましい事も身近にあった。

 私はすぐに銅鐸を取り上げた。

 一緒に行った者達の家々を周り、皆を集めると妻に潔の儀式を行うように固くきつく伝えると、昔の猟師の勘を元にして松明を灯してその山へと1人で向かった。急峻な山道をひたすらに歩く、出立前に村長から埋められたであろう場所の口伝を聞き、そしてただひたすらに山道を登る。口伝の場所は子供の足では到底登りきることのできぬところにあり、何かしらの、今で言うなら妖怪や山神の類が手を貸している事は明白だろうと思われた。

 山頂に近づくにつれ足の力は弱り、手に持った松明を幾度も落としそうになる。全身が怠さと熱を帯び、やがては両膝から崩れ落ちるようにして村を眼下に見下ろす岩崖へとへたり込んだ。

 そこに小さな穴があった。

 子供が掘り返すために使ったであろう太い木の枝も転がっている。朽ちた縄も転がっており、ひどい匂いを発していた。銅鐸を再び元の場所へ戻し、そして力の入らぬ我が身をその上に倒して願った。

「どうかお許しください、息子の責めは私が負います」

 そう願った直後だ。

 雲ひとつない天の空から太い一筋の落雷が私を貫き、私は焼け焦げた死体となって生命を終えた。恐ろしく酷い遺体であったらしいが、翌朝、村人共に山に昇り私を見つけた妻は村人と共に棺を造ると、誰に触れさせることもなく、自らの手で私を棺へと移し弔ってくれたらしい。

 その際に焼け焦げて酷い匂いを放つ体より伸びる指先、そう、小指に真っ白な骨が動かす衝撃で落ちたのを見つけ妻はそれをこっそりと持ち帰ったのだった。それを生涯大切に持ち続け過ごし、彼女が年老いて(と言っても今よりもかなり若いが)村長の役目を息子に譲り終えると1つの遺言を託した。

「父を埋葬した地に母を一緒に埋葬し、そして墳墓を造ること。死後直後に右の小指を切り、この壺へと入れておくように」

 息子は最後の頼みを聞き届けて私達夫婦は当時としては珍しいことであるが同じ墓へ埋葬されて墓はしっかりと閉じられたのだが、それから暫くして墓荒しが入ると小指の入った壺を持ち去っていった。

 どうして盗まれたことを知っているのか、それを盗み出したのは村から少し離れ川沿いで繋がる村に生まれ変わった私だったからだ。

 私は埋葬される時に呪詛をかけられていた。

 銅鐸からではない。

 妻からだ。

 生まれ変わるたびに再び夫婦となること、互いの小指の骨が惹きつけ合う要となることを言霊に載せて魂へと呼びかけてくれていた。

 小指の入った骨壷を盗み出した時より数年後、川べりで釣りをしているところを女から声を掛けられた。

 笑顔の美しく優しい安堵できる声の女だった。

「小指の骨を持っていませんか?」

「持っているとも、待ってたよ」

 再び私達は夫婦となって幾度生まれ変わってもそれは変わらない。

 平時も戦時も生き残ったどちらかに小指の骨は残り続けて、それを次の世代がつ受け継ぐたびに引き寄せられて夫婦になる。

 数えるのを忘れるほどに夫婦を繰り返し、そして、別れを繰り返した。互いに骨を肌身離さずに持ち続け、そして、それは今、スマホのストラップになっている。長い年月によって小さな小さな骨になってしまった。

 それが骨だと気がつくものもいない。

 ときよりこの地を訪れては当時に思い出に2人で浸っては旅を楽しんで帰る。

 良い時代になったものだと心から思う。

「さ、そろそろ帰りますよ、予約の時間に遅れちゃいます」

「おう、そうするか」

 食べ終えてぼんやりとし過ぎていたのか、妻が片付けを始めたので、残ったお茶を慌てて飲み干してレジャーシートを片付けた。江戸時代から度々利用している高山の小さな宿に予約を入れている。妻は温泉を私は地酒を楽しみに、夫婦水入らずの時間を過ごしてゆく予定だ。

「さ、いくぞ」

「はい」

 荷物を片手に持ち妻の手を握れば変わることのない温もりがそこにある。

 妻のハンドバックからストラップの触れ合う音が聞こえてきて、手にほんの少しだけ力を込めた。


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