思考の真髄2~真理掌握法~

加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】

より高次元を目指して……

 ──今一度、表題をご覧いただきたい──


 ──『真理掌握法』、とは何か──


 ──それは、前作『思考の真髄』で示した、真理と繋がる、その方法を、具体化したものである──


 ──よって本作は、真理との繋がり方をより詳しく説明したもの、ということになる──


 ──手間かもしれないが、前提理解となりうる──


 ──〈イデア〉──

 ──〈連続階調≒グラデーション〉──

 ──〈四次元空間〉──

 ──〈同時的認識様式〉──


 ──これらについては、ぜひ、ご自身でお調べいただきたい(もしかすると、調べずとも、真理の波動によって、伝わるかもしれない)──


 ──誰しも、脳内に、生きとし生けるもの皆共通の、イデアの海を持っている──


 ──イデアの海には、個々のイデア(真理の抽象的構成要素)が、浮いたり沈んだり漂ったり、気ままに存在している──


 ──そのままにするも、しないも個人の自由ではあるが、もしあなたが真理と繋がりたいのなら、イデアの海の中で、各イデアを、ぼんやりとした輪や球でくくっていくプロセスが必須である。そうせねば、イデアは真価を発揮しない──


 ──括る、というのは、複数イデア間に、最大公約数的共通項を見出して大雑把にグループ化したり、複数イデアを、類似の存在として緩慢かんまんに接着することをいう──


 ──もちろんこの時、完全たる等号イコールや棚の区画でイデアを分別してはならない──


 ──イデアは、はっきりと顕現けんげんすることを嫌う。イデアは、ある広がりの中に雲のように跋扈ばっこさせ、かつ、重力で惹かれ合うも三八万キロメートルの彼方を想い合い続ける主星ちきゅう衛星つきのように焦らさなければならない。確固たる型に嵌め込んでは、調和から孤立そして外界と断交した雑な塊、つまりは閉鎖的コミュニティとなってしまい、森羅万象の絶妙な均衡を崩しかねないし、衛星は潮汐力のロッシュ限界で砕け散って使いものにならなくなる──


 ──上記を気に留めつつ括りのプロセスを繰り返せば、いずれ括られしイデアたちは、色相環カラーチャートとなり、虹色に混ぜられた絵の具のパレットとなり、連続階調グラデーション、と無限多段階的に滑らかになっていく──


 ──連続階調のうちのごく僅かな範囲を、抽出して、拡大すればちょうど、水面を穿うが雨雫あめ波紋はもんのせめぎ合いのような構造を成している。だが鳥瞰図で見ればその水面は、ただののっぺりとした水の広がりである。波紋たちはほとんど無尽蔵である。無尽蔵な波紋たちにそれぞれ名前をつけるのは非現実的である。よって数えるべきではないし、名前をつけるまでもない──


 ──ちなみに、連続階調グラデーションの理解については、拙作『善悪の連続階調』https://kakuyomu.jp/works/16818093076900863231を参照いただければ、と思う──

 

 ──ここまでだと、イデアたちを、ただ支配下に置いた(気になっている)に過ぎない──


 ──イデアたちを支配下に置いただけでは、それは真理とはならない──


 ──いかに大きな帝国を築こうと、その構成要素たちに対して、一箇所一箇所、中央から役人を遣って統治を試みるなどという途方もない作業をするのは、非現実的である──


 ──そこで、どうするか──


 ──掌握するのである──


 ──文字通り、全てをてのひらで包み込むのである──


 ──人が掌でビー玉を包むことができるように、無限のイデア集合体、すなわち真理を、無限よりも無限に広がる掌(それというのは、平たい肉の一枚に可動式の節のある五本指、というような姿を決してしてはいない)によって、握るのである──


 ──多くの者は、己が能によってイデアを我がものにせんとする時というのは、イデアの海にある、当該イデアに、言葉を主とするレッテルをつけて、無理矢理、引きり下ろしてくる──


 ──この「レッテル」を用いる方法は、手っ取り早く、楽で、わかりやすくはある──


 ──だが、言葉という名の人間の認知可能限界への甘えスポイラーの産物を使ってしまうと、イデア(それは砂像さぞうのようである)の部分的取りこぼしが起きる、つまりは、イデアの解像度が落ちるのである──


 ──これは、非常に勿体無い──


 ──だから、イデアはイデアのまま、真理は真理のまま、支配することが理想idealである──


 ──どういうことか──


 ──ここで、真理の掌握法を、外国語の習得のプロセスに準えてみる──


 ──外国語の習得は、二種に大別される──


 ──一つ、「表現したい概念の湧出→当該概念に母国語でレッテル貼付→母国語のレッテルを外国語のレッテルに翻訳」──


 ──二つ、「表現したい概念の湧出→(母国語を介さずに直接)→外国語のレッテル貼付」──


 ──前者は、レッテルにレッテルを重ねるという意味で、最終的に操りたい言語の純度を落としてしまっている。よって、真に当該外国語を掌握していない。一方で後者は、外国語を、母国語を介さずに、理解できる・操れる能力の獲得を意味している。つまり後者は、いわゆる英語脳だとか、外国語を"ニュアンス"で理解するだとか、そんな具合である。もっと具体的に例を示せば、「夢を外国語で見ることができるか否かが真に当該外国語を習得したことの指標」、というのも一つある──


 ──真理の掌握というのは、この、後者、真の外国語習得におけるプロセスを、一次元繰り上げればよい──


 ──換言すると、この我々の認知可能限界の世界すなわち四次元時空間から、おそらく現時点ではあなたは無いと思い込んでいるであろう、より上位の次元へと意識を移して、世界の俯瞰を試みればよい。構造は、以下のようになる──


イデア超高次元概念高次元母国語中次元でレッテル貼付」

    「概念高次元母国語中次元でレッテル貼付→外国語低次元のレッテルに変換」


 ──世界が上記のような構造であるとするならば、究極的には、概念という存在すらも、レッテルなのである──


 ──先に、「雨雫の波紋を数えるべきでもないし名前をつけるまでもない」としたのは、そういうことである──


 ──よって、真理と繋がる方法、真理掌握法は、こうである──


 ──まず、イデアをぼんやりと括って真理とする──


 ──そして、イデアや真理を、概念のレッテル的世界、言語のレッテル的世界に引き摺り下ろすのではなく──


 ──己が魂を超高次元へと引き上げて、イデアや真理と同じ次元、同じ土俵で、触れ合う──


 ──いや……言葉のレッテルに敢えて拘るのなら、そもそも「繋がる」と「掌握」とでは、意味が変わってくる──


 ──いずれは自分が、超高次元という存在になって、真理を内包する存在と、なるのである──



 【補足】ここでいう「掌握」の意味を掌握する方法は、SF映画『メッセージ』、あるいはもっと手軽な方法としては、拙作『覚醒のM1-四次元時空間俯瞰的審査-』https://kakuyomu.jp/works/16818093090217421242をご覧いただくこと、であろう。

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