小骨のはなし

倉沢トモエ

小骨のはなし

 流し台の下にある、調理器具を入れる引き出しの中には魚の小骨を外すピンセットがあったのだが、あまり出番がなかった。釣りをする兄が転勤になって家を出てからはなおさらだ。


「お骨折りさまとは、このことなの……折ってないけど」


 私はひたすら鱈の切り身の小骨を抜いている。


   ◆


「抜いたつもりだったんだけどなあ」


 小骨がのどに引っかかったら、ごはんを飲み込むのは逆効果の場合が多いのでいけないそうだ。


「一本くらいと侮ってしまったなあ」


 献立は鱈のソテー。小骨が喉に刺さった時には、耳鼻科か外科らしい。


「お父さんとお母さんが無事でよかったよ」


 大げさねえ、と笑われた。


「いやいや。これまではお兄ちゃんが小骨取るの上手だったんだよ。よくわかった」


 小骨残ってる、これは注意、って、思ったことなかったもの家では。

 千葉に行った兄は夏のあいだ毎週釣り三昧だったと聞いた。それはいいことだ。

 だがこのとおり、その不在の大きさをこの小骨一本で思い知ることになろうとは。


「大げさねえ」


 また笑われたけれど、いやいやいや、兄は立派だよ。家庭の平和を守る見えない手のひとつが兄だったんだよ。それも大げさ? でもいいや、とりあえず明日は病院行ってみるね。


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小骨のはなし 倉沢トモエ @kisaragi_01

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