短編でちょっとほっこりしたい人のためのお話〜お題『骨』編〜
丹羽坂飛鳥
骨太な人
私を助けてくれたのは、骨太な人だった。
大雪の日だった。
友達の家に行った帰り、細い道で、車がつもりたての雪に乗り上げてスタックした。
慌ててアクセルをふかしたけれど、滑ってばかりで前に進まない。
雪が降る地域だから、自分でも雪かきスコップを持っていたから、慌ててトランクから取り出した。
必死になって掘るけれど、全然進まない。
車に乗ってはアクセルを踏んで、降りてはスコップで雪を掘った。
体が小さくて『ちびの』って友達にも呼ばれてる私は、必死に掘った道も小さいから、すぐに牡丹雪が積もって道が埋まった。
車のお助け屋さんを呼べば良いって気づかないくらい、焦ってた。
他の道を通る車は無事に進めてるから、泣きそうになって、それでも掘ってた。
大きなスコップを持った、骨太な男の人が通りがかった。
「抜けるまで手伝いますよ」
深くまでコートのフードをかぶってるから、顔も見えない。
寒いからネックウォーマーで、口も何もかも隠れてた。
ただ、ガッチリした骨太体型と、スコップで雪を掘る腕が太いのだけはわかった。
「掘るんで、乗ってアクセル踏んでください。
進んだら、そのまま抜けて。左折すれば大通りに出られます」
指示に従って、車に乗った。
骨太な人のスコップはひとかきで雪を跳ね除けて、あっという間にタイヤの周りに道ができた。
車の下も掘ってもらって、骨太な人が避けて「前へ」って指示をくれたからアクセルを踏んだ。
雪をぐんぐん踏みながら、車は進む。
何度も何度も止まりそうになりながら、それでも車は進んだ。
お礼を言いたいのを我慢して、雪だらけの道を抜けた。
指示通り、大通りに出た。
邪魔にならない場所に車を置いて、必死に走って戻った。
……もうそこには、誰もいなかった。
……あ、名前。聞いておけばよかったんだ。
気づいた時には、遅かった。
骨太な人はどこかに去ってしまって、雪がまた深々と降り積もる小道だけが、私の前には広がっていた。
お正月明け。
大学で骨太な人の話を友達にしたら、どこかの家のおじさんじゃないかって言われた。
「よくあそこ車が止まるんだよね。
たまたま家の外に出てた住民が、見かねて助けてくれたんじゃない?」
「ミルちゃん、誰かわかる? すっごく助かったから、お礼に伺いたいんだけど」
「近所だとしたって『骨太な人』だけじゃわからないって。そんなおじさんたくさんいるよ。ちびのは真面目だなぁ」
雪国じゃよくあることだって、保育園から一緒のミルちゃんは教えてくれた。
結局……誰かわからないから、お礼は言えそうにない。
救いのヒーローくらいかっこいいおじさんは、雪の中でスコップを持ったまま、姿を消してしまった。
「ねね、そんなことより、今日の合コン行けるよね?
西校の高嶺くんがくるんだよー! ちびのが来てくれないと、ドキドキしちゃって話もできないかもっ」
「人数合わせって、何していいのかわかんないけど……大丈夫だよ。
七時に、駅前の飲み屋さんに集合だよね?」
「アシストしなくてオッケー。
そばにいてくれるだけでいいから。ね!」
大学のサークル同士で飲み会なんだけど、元々決まってた子が風邪をひいてこられなくなったらしい。
私もミルちゃんのお友達として、一緒に飲み屋さんに向かった。
よくわからないウェーイなノリが始まって、震えながらミルちゃんのそばにだけいた。
「ちひろちゃーん、何飲む? お酒、甘いのいっぱいあるよー」
「あ、あの、お茶で……」
「ちびの車乗ってきちゃってるんですよぉ、代わりに飲みまぁす。何がおすすめですか?」
知らない男の人と平気で喋れるなんて、ミルちゃんは大人だなぁ、ってそばで小さくなるしかない。
「失礼します」
店員さんが、頼んだお茶を持ってきてくれた。
うつむいてるから、顔も見られなかった。
腕が骨太だった。
大きな体で、男の人だった。
「緑茶です」
低い声で、聞いたことがあった。
「あーーーーーーーーーーーーーっ!!」
突然の大声で、誰もが驚いて飛び上がった。
目の前の短い髪の骨太な人もぎょっとしてるけど、私は正座してたから机に手をついて半土下座した。
「あの、あのっ、大雪の日に、青い車、助けませんでしたか」
「え」
「はまって、スタックしてて。私みたいに小さな人、乗ってませんでしたか」
「あ……小道で、新雪踏んでた……」
「それですっっっ!!!」
助けられた鶴や亀ってこんな気持ちなんだろうなって、必死に頭を下げてお礼を言った。
「その節は、お世話になりました。
お礼も言えずに、失礼いたしました」
「いや、またハマるより抜けてもらったほうがいいんで。気にしないでください」
「お礼に、あの、何か飲みませんか。私につけてください」
「この店、そういうの受け取れないんです。お連れ様と楽しんでいってください」
骨太な人の名札には「たろう」って書かれていた。
お仕事に戻る骨太なたろうさんを見送って、ミルちゃんのそばにいながらもずっと、たろうさんがこないかって店員さんが呼ばれるたびにソワソワしてた。
合コンなんてすっかり忘れて、個室の扉の前で飲み物や食べ物の受け取り係ばかりしてた。
ぽんぽん、ってミルちゃんに肩を叩かれた。
「ちびの、これ持って行っておいで」
お店のメモ用紙を渡された。
中を見たら、私の電話番号が書かれていた。
「グッドラック!」
すっかり出来上がってるミルちゃんがサムズアップしたけど、私も勇気を出してたろうさんを探した。
他のテーブルに行って戻ってきた骨太な店員さんがいたから、恥ずかしいけど声をかけた。
「あの、あのっ、これ、受け取ってください」
「え」
「お願いします。お礼、させてくださいっ」
メモ用紙を差し出すと、受け取ってもらえた。
すぐに逃げ出した。
合コンは盛り上がってたみたいだけど、ミルちゃんの隣に座って、ひたすら携帯ばかり見てた。
「よし、次行こうぜー!」
「あっゴッメーン、もう帰らないとーっ」
サークルの部長さんが女の子たちをまとめて、よくわからないけど、破談になったみたいでお別れした。
ミルちゃんに連れられて、お店を出た。
車にミルちゃんを乗せたら、二十歳になってからたまに吸ってる電子タバコをつけて、ふーって外に向かって吐き出した。
「あー疲れた。狙いが丸わかりなんだよね。
はー、ないわー。夢も消え失せるわー」
スパーってタバコをつけて吸う、やさぐれミルちゃんを乗せて、新しい雪が降る道を走る。
私は骨太なたろうさんに出会えたから幸せで、信号で止まりながら、ついにお礼が出来るって笑っちゃってた。
「ちびのは連絡先、渡せた? 今時、電話番号もどうかなって思ったけど」
「渡せたよ。ねえミルちゃん、連絡、もらえるかな」
「彼女いたら無理じゃない?」
衝撃に「青信号だよ」って言われるまでミルちゃんを見てた。
車を慌てて進ませたけど、心の中はのりたての車をカーポートに擦った時くらい凹んでた。
そうだよね、彼女がいたら、知らない女の人から携帯電話の番号もらったら、迷惑だよね。
考えもせずに行動したことに落ち込んだけど、安全無事にミルちゃんを送り届けて、私も家に帰った。
お風呂に入って、少し経った。
プルル、って着信があった。
机にある携帯を恐る恐る見たけど、知らない番号だった。
……これ、もしかして、たろうさんかな。
連絡、くれたのかな?
ドキドキしながら、骨太なヒーローを想像した。
携帯を取り落としかけて、連絡先渡したくせに、出ていいのかも迷った。
けど……必死になって、電話の応答ボタンを押して出た。
「あ、あのっ、もしもし……っ」
「『料金のご相談がしたい方は、数字の……』」
迷惑電話は、着信拒否に入れた。夜遅くてもくるんだ、って遠い目をした。
……そうだよね。
助けた亀に突然連絡先を渡されて、竜宮城じゃないけど誘われたら、救いのヒーロー浦島太郎でも、ちょっと怖くなるよね。
彼女いたらそのまま連絡先捨ててるって、ミルちゃんの言った通りだと思った。
雪の日に誰かもわからずに助けてる相手から、お礼がしたいって言われても困るはずだよね。
……あ、そっか。
お礼なら、お店に持って行って、そっと置いて帰るごんぎつね方式が良かったかもしれない?!
ベッドに沈んだ。
携帯から、今度は滅多に聞かない音がした。
何かなって通知を見たら、ショートメッセージがきてた。
「お店で会ったたろうです。⚪︎⚪︎大学三年です。空手部です」
同じ大学!! でも先輩!!
起き上がって、相手に見えないのに正座して、必死にメッセージを考えて打ち返した。
同じ大学だから、別の学科も集まりやすい『学食で会うのはどうでしょう』って約束もした。
あっという間に次の日になって、授業が終わった。
急いで約束の学食に行って、たろうさんに買ってきたお礼の品を差し出した。
「改めまして、井伊谷ちひろです。
助けていただいてありがとうございました、どうぞお納めください!」
深々。
頭を下げると、骨太なたろうさんは受け取ってくれた。
プレゼントは、必死になって選んだ。
でも重かったみたいで、サイズも大きいから、あの日は見えなかった目を丸くしていた。
「気持ちだけで十分だったのに」
「使ってください、プロテインです。
筋肉作りにいいって書いてありました」
「……プロテイン?」
「ココア味が美味しいって、ネットに書いてあったので……はっ」
ほぼ初対面の相手に、缶入りプロテイン(ココア味)を渡してくる女子ってどうなんだろう。
空手部だから、たろうさんは骨太だから、って思って渡したけど、きっと自分なりに選んだプロテインを持ってるかもしれない。
いつもの天然が炸裂したことに真っ赤になって慌ててると、たろうさんが面白そうに笑った。
「ありがとう。筋肉作りに近所の雪かきして回ってたし、プロテイン高いから。遠慮なくいただきます」
見上げた笑顔が、素敵だった。
あの日もきっと、相手が誰かも、お礼の言葉をもらうことも考えずに、たろうさんは私を助けてくれた。
目深にコートのフードをかぶって、ネックウォーマーで全く顔も見えなかった。
スコップを握る腕だけは太かった。
戻った時にはいなくなってた骨太なヒーローに、プロテインを抱えてる冬服の袖に、このままだとまた会えなくなっちゃう、終わっちゃうって、勇気を出して手を伸ばした。
「あの、あの。彼女、いますか」
「え」
雪の日、走り去った女子だけど。
ウェーイな飲み会にいて、番号渡してくるし、お礼はプロテインだけど。
「た、たろうさんと、お、お友達に、っ、お友達に、なりたいですっ」
アクセルふかして、キュルキュルブオンブオン言わせてるけど、たろうさんを見上げた。
「わ、私、っ私とか、彼女に、どうですか!?」
慌てて、雪でスリップした。
それくらい頭も真っ白だし、目も回ってるけど、とにかく言い切った。
骨太なたろうさんが、私と一緒で耳まで真っ赤になってる。
プロテインを抱え直して、スコップを持っていた骨太な手を差し出した。
「……ええと。お友達、から? で、よければ。……よろしくお願いします」
初めて会った日に見たヒーローは、困った私を助けてくれた。
今度は腰が抜けて、学食の床に倒れた私も助けてくれた。
「そんなに驚かなくても……あ、濡れた床で滑ったみたいです、大丈夫です、すみません」
周囲にもフォローしてくれる優しい、優しいたろうさんの骨太な手を握って、私は立ち上がった。
そして、数年後。
あの日見たコートに、あの日見たネックウォーマーをつけて。骨太で。
雪かきをするたろうさんの家に住んで、恩返しする関係に、私たちは進みました。
短編でちょっとほっこりしたい人のためのお話〜お題『骨』編〜 丹羽坂飛鳥 @Hidori_Niwasaka2025
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