骨筆
黒焦豆茶
骨筆
古びた骨董店の片隅に、それはひっそりと佇んでいた。
小さな木箱に収められた、一本の骨。
それは異様に白く、滑らかな表面を持ち、見る者に目を逸らす隙を与えない。
どこか冷たい輝きを放ちながら、店の薄暗い空気の中で静かに存在していた。
「これ、なんの骨ですか?」
興味を抑えきれず、僕は店主に尋ねた。
その骨に触れたくて仕方がなかったが、恐怖と好奇心が入り混じった不安が胸をよぎる。
店主は煙草の灰を払いながら、何の躊躇もなく答えた。
「ある詩人の指の骨さ。」
詩人の指の骨――妙な話だった。
だが、店主は意に介さず、続ける。
「彼は生きている間、数えきれないほどの詩を書き残した。その言葉は多くの人を救い、時には狂わせもした。だが、晩年の彼はこう言ったんだ。『僕の指は、僕の魂そのものだ。この骨は、詩の神様がくれた贈り物だ』ってね。」
話を聞きながら、僕はその骨を見つめた。
それは、ただの骨に過ぎなかった。だが、見つめるたびに、妙な感覚が胸をよぎる。
まるで、自分の心の中に閉じ込められていた何かが呼び起こされるような――そんな感覚だ。
「これ、売ってもらえますか?」
気づけば、僕はその言葉を口にしていた。
値段を聞くと、それは骨董品としても破格の値段だったが、どうしても手放せなかった。
その骨には、何かただならぬ力が宿っているような気がして、僕はそのまま財布を取り出していた。
その夜、僕はその骨を机の上に置いて眺めていた。
ただの骨と思い込もうとするたびに、心のどこかでそれを受け入れたくない自分がいるのを感じた。
そして、気づいた。骨の表面に、微かに刻まれた何かがあることに。
――それは詩だった。
掠れた筆跡のような文字が、骨の滑らかな表面に浮かび上がる。
読むうちに、言葉がまるで自分の脳に直接流れ込んでくるような錯覚に陥った。
「言葉は骨だ。人を支え、砕き、そして残る。」
その瞬間、僕の手は勝手に動き出した。
骨に触れた指先から何かが伝わり、机の上の紙にペンが走る。
まるで詩人が乗り移ったかのように、僕は次々と言葉を書き連ねていった。
それは美しくも恐ろしい詩で、自分が書いているはずなのに、どこか他人事のようだった。
言葉が心の中で無限に回転し、僕を支配していった。
その日以来、僕は詩を書くことに取り憑かれた。
骨が机の上にある限り、詩はどこまでも湧き上がり、夜が明けても止むことはなかった。
だが、それと引き換えに、僕は次第に痩せ衰えていった。
寝不足と食欲不振が続き、日に日に骨が見えるようになり、顔色も悪くなっていった。
一度、鏡を見たとき、自分の目がまるで死人のように、異常なほど白く透き通っていることに気づいた。
まるで骨が、彼の詩を生み出すために、肉を削り取っていくように。
ある日、ふと気づくと、自分の指が透き通るように白くなっていた。
骨のような指先。まるで詩人の骨が僕に宿ったように。
「詩人の指の骨は、贈り物だったのだろうか。それとも呪いだったのだろうか。」
そんな疑問を抱きながらも、僕はペンを握る手を止められない。
言葉が、骨が、僕を支配していた。
そして今日もまた、机の上に置かれた白い骨は、僕に詩を紡ぐよう囁き続けるのだ。
その声が耳の奥から、腹の底から、身体全体に響いてくる。
終わりなき詩とともに、僕自身も骨になるその日まで。
骨筆 黒焦豆茶 @kamasuzecocoa
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