㐧二話 『増えたもの減った心』前編

この高揚感は私が覚えている初めての記憶である。要するにこれは私が1歳の頃の話である。この頃の神和帝国はまだ義務教育が始まったばかりであった。義務教育といってもまだ初等、中等教育がかつての士族階級だけでなく、農工階級と言った国民の基礎が世間一般に広まっただけの軟弱な制度であったので社会的階級がものを言うこの時代においては貧困はおろか、労働者階級においてもこの義務の中には入れないままであった。両親はこの中の貧困層にあった。特段、珍しくはなく、子を身売りする家庭もあったらしい。ただ、どうしても子を売ることのできない親はというと夜、孤児院の門扉に子を置いていくらしい。朝になると孤児院の職員が仕方なく引き取って育てるらしい。幸か不幸か私の場合後者であった。春の暖かい頃旭日が昇ると孤児院の院長が私を拾ってくれたらしい。母はこのとき、かごの中に入る私の腹の上に二つ折りの紙切れを残した。そこには筆で丁寧に『栢山 百合 四月二八日生』と書かれていた。この日より私はこの孤児院で過ごした。この孤児院は神和帝国の南西の港町の『後ノ江』という地方に位置する。この孤児院は六〇名程が暮らしており、下は〇歳より上は一八歳までの少女らがここで暮らしている。家事や育児は年長(一五〜一八歳)の孤児がしている。ここにきて三年、私が四歳の頃である。一人の孤児がここにやってきた。孤児は珍しくなかったが、私はこの子と特別仲が良良くなった。他の人とは仲が悪かっただけかもしれない。彼女は『蒼井 凪』といった。彼女は親を戦争で亡くしたらしいのだが、本人は何も知らずにここへ来たらしい。初めてあったときは物静かでずっと職員のズボンの裾を幼い指で挟んでいた。が、一週間も経つと次第に仲良くなっていった。いつも二人で同じ飛行機の絵本を読んだ。二人で兵隊さんごっこをした。二人で勉強をした。蒼井は勉強を気に入ったらしく、いつしか成績が孤児院内で一位を争うほどになっていった。こうして月日が流れるうちに二人は一三歳になった。一三になると軍隊の学校試験を受験することができる。孤児院でも学力の高いものは志願して受けている。私は蒼井が学力試験を受験すると聞き大いに焦った。彼女が学校に行けば私は一人ぼっちになってしまう。二人は仲が良すぎたために他に話す相手がいなかった。私は勉強をするしかなかった。幸い、共に励む仲間は側にいる。こうして二人は学力試験を受けたのだが、いかんせん学費がなかったので、幼年学校しかなかった。どうやら軍隊の学校らしい。当時、幼年学校はまだ設立して間もなくその年は四期生を二〇〇名募集するものであった。この定員に約三〇〇〇名が受験する。幼年学校に入ると国が定めた税金とやらで生活ができ、衣食住が保証され卒業すると軍隊というまとまった給金が手に入るからである。こんなうまい話はない。だから倍率が高いのである。例に漏れず二人もこの幼年学校海軍科を受験した。

なぜ陸ではなく海なのか。海軍の鎮守府がこの後ノ江に位置しているから陸軍より身近であるからであった。そしてこの海軍という選択が私にとって良かった。先の戦争ではこの国が陸戦にて大いなる戦果を挙げたため陸軍の倍率が跳ね上がったからだ。こういった事情もあってか二人は無事に合格したのである。


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桜花、食む @aomiya_mizuki

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