第4話

「姫、そろそろ恋しませんか?」


王城に戻ったその日の夜、寝室に集まったメイド達にそう言われて

アデリアは頬を赤くした。


「な、なんで、何か知ってるの?!」


スッと手を挙げたメイドが真顔で姫に迫る。


「姫様ずーっとカイン様好きでしたよね。

 学園で心がぽっきり折れたのもカイン様が卒業した後すぐだったじゃないですか」


そう言われて確かに、と自覚したアデリアがもっと顔を赤くする。

確かに悪姫になる前、カインが先輩としてずっと守って来てくれたからこそ

学園で幾多の嫌がらせを受けてもなんとかやっていけていた。

だからこそ、彼が卒業した途端に心が壊れてしまった自覚はあった。


『あぁ、そうか……私、あの頃からカイン様のことが好きだったのね……』


無自覚だった恋心を自覚して胸を温かくしているアデリアに

少年メイドが言葉を続ける。


「それに買い出しの時、カイン様と一緒に居るだけで

 姫様とっても幸せそうでした……頬っぺた赤くしてて可愛かっ、んぐっ」


が、思わず尾行していることを漏らしかけたので

少年メイドの口を隣のメイドが慌てて塞ぐ。


「ほ、ほら、一か月前にカイン様が出奔されたというので

 使者が探し回っているのですよ。

 偶然、買い出しでカイン様を見かけたというメイドがいて」


「あら……そうなのね」


少年メイドの失言は元々彼がぽそぽそ喋るせいもあって

あまりアデリアの耳に届かなかったらしく

新しく割って入ったメイドの言葉にかき消された。


「そ、それより……恋って、その……どうすればいいのかしら」


まずは告白よね、とふんわりした昔から変わらない優しい姫の笑顔を見て

メイド達はその言葉に深く頷きながら更なる提案をする。


「手紙を書きましょう」


「いや、直接言うのはどうです?」


「デートに誘うとか」


様々な案が出る中、ようやく自由にしてもらえた少年メイドが

アデリアに近付いて耳打ちする。


ぼぼぼっと赤くなってぱたんと柔らかなベッドに倒れ込んだアデリアが

細い声を震わせる。


「ど、ど、ど、どーせい?」


『いや、純粋培養の姫様には過激すぎるだろ』と凶悪な視線を向けてくる

メイド達の無言の圧を背中で受け止めながら少年メイドがぽそぽそと言葉を続ける。


「どうせカイン様も身分を隠していらっしゃるし、

 少しの間、一緒に暮らしたらいいんじゃないかなって……。

 悪姫はいつも通り僕らで持ち回りでやりますし。

 ……姫様が少し王城を離れても、平気かと」


『それはそうだが姫には過激すぎるだろ』という他メイドの重圧を背に感じて

流石に耐え切れなくなった少年メイドが視線から逃れるように

ベッドの下に隠れてしまうとしばしの沈黙が流れる。


「それは、もう……結婚なのでは?」


純粋培養のアデリアの導き出した答えはそれだった。


「私がカイン様に憧れていたのは確かです!

 それに、想いは叶わなくとも良いのです!

 疑似結婚、これです!

 この思い出が私の人生に必要だったもの!

 それさえあれば、心置きなく悪姫を辞めて他へ嫁げます!」


勢いよくベッドから起き上がるとアデリアは王城を抜け出す準備を始めようとするが

もう既に同棲用のトランクはメイド達によって準備されており、

カインの仮住まいまでの地図を渡され、

一人でそこへ向かうようお忍びの黒いドレスと明かりを渡され、

流れるように王城を抜け出す。


『あれ、あれぇ?』


あまりにも手際のよすぎるメイド達の計らいであっという間に

カインの仮住まいにたどり着いてしまったアデリアは

ノックする前にカインに迎えられ

まだ明るいカインの家の中でちょこんとトランクを置いて椅子に座っていた。


「まぁ、その、あれだ……話は聞いてる。

 思い出作りに遊びに来ないかと君の所へ使いをやったんだが

 6倍くらいの量の返事が届いてな……」


どすんと束になった返事らしい紙の束は全てメイド達からの返事であった。


『姫様との同棲を許します。けど、泣かせたら殺す』

『姫様は辛すぎるものが苦手です。変なもの食べさせたら殺します』

『夜は一緒に寝てあげて欲しいです。が、変な事をしたら殺す』

『嫁にする気で来たならモノにして下さい。姫様を泣かせたら殺す』


とにかく殺意が強い。

元々、学園に居た頃からアデリア本人は

ふわふわした性格なのになんでお付きのメイド達がやたらと

隠密行動が上手かったり、殺気の高い者達ばかりなのかと

自国の暗殺に慣れ切ったカインは思っていたが


悪姫として名高くなった卒業後の彼女に一度見合いを申し込んだ所

相手にされず、偶然パーティーで来ていた悪姫を連れ出して声をかけたら

彼女がアデリアでないと唯一見破れたのがカインだった。


「誰にも言わないで下さいね」とその時の悪姫当番だった

少年メイドがメイド達の過去もアデリアが悪姫になった経緯も

何もかもをゲロらなければ……。


アデリアが悪姫というものに成った理由も何もかも知らないまま

眩しく笑っていた彼女もまた権力で醜く変わってしまったのだと

静かに距離を置いていただろう。


「わ、私……ここにいる間は、カイン様のお嫁さんでいいのでしょうか……?」


熱くなった頬を隠すように両手で顔を覆うアデリアは

学園に居た時と変わらず、無垢で可憐なままだった。


「そうだな。先に俺が住まいを整えてここで新婚生活をしていく予定の農夫で

 君が後からやって来た嫁という設定でいこうか」


「わ、分かりました……っ」


いや、まぁ、兄達が暗殺されたせいで

繰り上げ式に王位継承権が一位になってしまったので

ひとまず落ち着くまでは隣国に逃げようというカインの計画も

幸い、アデリアの殺気の高いメイド達に守られた状態なら

カイン自身の安全保障されたも同然だ。


スラム上がりに、隣国の血の混じった戦争孤児。

この辺りの孤児院はまだ治安が悪い。

治安が悪すぎてスラムに逃げても暴力と殺しが待っているだけだ。


そんな子達が一国でも民を思う治世を行う優しき姫に救われたら……。

姫を敬愛する精鋭メイド部隊が出来上がっても仕方ないだろう。


顔立ちや肌の色は分厚い化粧で隠れるし、

瞳の色はイーベリア国の王族は『湖の瞳』と呼ばれる

感情や時間で変化する特殊な色合いの特性が強く出るせいもあって

少し色味が変わっていても学園内やイーベリアの人間には当たり前のこと故に

わざわざそれを指摘する者は居ない。


悪姫という存在が虚像である事に気付くものは

学園にもこの国にも今の所、カイン以外は居なかったのだろう。


アデリアが幼少期からそんな者達にまで

当たり前に手を差し伸べているなんて知らなかった。


血統主義の他の姫なら卒倒するだろうが、アデリアはまず家柄より人柄を愛し

自分だって、か弱く、心だって、口だって達者でも強いわけでもないくせに

弱き者を迷わず助ける生まれながらの王族らしい所に

カインも強く惹かれて声をかけたのだ。


彼女の事を憎からず思ったまま、思いを告げずに学園を卒業したのは

武力特化故の自国の治安の悪さと

第四皇子という自身の地位、それが彼女を危険に晒すと分かっていたからだ。


しかし、今は状況が変わった。


戻ったら国を継がなくてはいけない。

兄達が毒を含まされ全員が暗殺されたことで

カインには自国の玉座に就くことが約束されている。


ほとぼりが冷める頃には残してきたカインの側近達が

治世を正してくれていることだろう。


それまでの間、カインはここで新婚農夫の夫を演じ

アデリアは遅れてやってきた妻を演じ、新婚生活ごっこをする。


「恋の思い出作り」の新婚ごっこと信じているアデリアは

この新婚生活に終わりが来ないことをまだ知らない。


惹かれ合う者同士は結ばれるべきだとカインは思う。

アデリアのメイド達もそれを了承して彼女を

ここへ送り出してくれたのだろう。


王城では明日も悪姫が闊歩し、しばらくはこの日常が続いていく。


アデリアにとって、初めての恋。

悪姫を消し去るための最後の青春が始まる。


その胸の高鳴りに緊張の糸が途切れたのだろうか。

さっきまで赤くなっていたアデリアは

眠そうに目を擦って何かを落とした。


プルムの種だ。

おそらく、昼間、再会した時に食べた時の種を洗って綺麗に果肉を落として

お守りのようにずっと手に握っていたのだろう。


そっと床に落としたプルムの種を

カインは「明日、畑に植えるか」と考えながら拾い上げる。


「明日から私は……カイン様のお嫁さん、ふふ」


寝言なのだろうか。嬉しそうな彼女はむにゃむにゃとしながら

幸せそうに静かな寝息を立てて椅子に座ったまま目を閉じてしまっている。


この生活の先に隣国の王妃の地位があることも知らず、

森の中の小さな家で学園の頃の憧れだった

等身大のカインと二人で暮らすことに幸せを感じて胸を高鳴らせているアデリアが

カインには愛おしくて仕方がなかった。


何も知らないアデリアは夢の中。


『いつまで偽り続けようか……でも、いつまでも終わらないのも嫌だ』


無防備なアデリアをカインはベッドまで抱え上げて

メイド達の圧の強い手紙に書いてあった通り、

彼女に寄り添うようにして眠った。


「ちゃんと驚かせたいな、この可愛いお姫様を」


囁くような言葉と共にアデリアの手の甲にキスをする。


それは、この偽りの生活の中で、

本物の愛を彼女と育んでいこうと誓うためのキスだった。


祖国の悪姫が、農夫の新婚夫婦を偽り、

隣国の王子と生活しているなんて

この世界の誰も想像しないだろう。


この生活は一生の思い出になる。

誰にも知られることのない、俺と彼女と彼女のメイド達だけの秘密。


偽り続けた先で優しき姫が新たに息を吹き返す場所を作るための計画が

こうして始まったのだった。

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【カクヨム10 短編用作品】心優しき姫様は、悪姫は偽り、更に偽りの新婚生活を始めます! 斉藤しおん @murasakitooto

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