第3話

アデリア姫が恋を楽しむその日まで

メイド達が代わる代わる悪姫を演じ続ける。

そんなことが良くも悪くも長続きしたのには理由があった。


悪姫となる前のアデリア姫は化粧いらずの美人であったが

姉姫達のような特徴や個性の強い顔立ちではなかったため

簡単に濃い化粧で誤魔化せたこと。


そしてそのいきすぎた優しさは学園では利用され

誰の印象にも残らなかったこと。


誰より、年少であるアデリア姫は

自分より年長の姉姫達が自分より先に嫁に行けるようにと

ずっと控えめにしてきたせいもあって

祖国でも影が薄かった。その全てが幸いした。


おかげで生き遅れて目立つ頃には

がっつり化粧で隠した悪姫が

今では王や臣下の記憶に残ってしまったが

学園での立ち居振る舞いも功を奏した。


祖国イーベリアでは生き遅れのくせに高飛車な悪姫として名高くなってしまったが

どの国の王族や貴族の子息子女をも学園内で虜にしたその虚像は

もはや断られるために告白する者が後を絶たない人気者と化していたのだから。


断られても見合いや婚約を申し込み続ける者達は後を絶たない。


もしかすると本当に影武者だったメイドの誰かに惚れている

そんな王族や貴族の可能性も無きにしも非ずだが


今のところ、悪姫が一人ではないことは誰にもバレていない筈だと

メイド達はお互いの結束力で情報共有をし、確信していた。


悪姫が王城に居る時には

アデリア姫はメイドとして使い走りで城下町へと一人で向かう。


護身術をあまり知らないアデリア姫が心配で

お付きのメイドも何人かきちんと後ろに付いているが

アデリア姫はそういった勘が鋭くないので

いつまで経っても全く気付く様子がない。


「今年も豊作ね。どれもツヤツヤして宝物みたい」


マーケットで自国で採れた野菜や果物を見つめる瞳は

祖国への愛に溢れている。


「いやぁ、王宮が形が悪い野菜も買い取ってくれるお陰で

 売り物でも形が良いのしか置けないくらいさ。

 悪姫って噂だけど……これも今の姫さんの施策だろう? 本当に悪い人なのかね」


マーケットの主人が笑いながら言うとメイド姿の姫は

よく分からないというように無言で首を横に振った。


「私は、ただの見習いだから……姫様の事はよく分からないわ」


「そうかい。じゃあ、常連のメイドさん。買い物ついでだ。

 おまけでそいつを付けてやるから食べてお帰り。今が旬のプルムの実だよ。

 一つで良いかね。二つくらいいけるかい?」


買い物を済ませた姫の小さな手にすっぽり収まる熟れた桃色の実を手渡した主人は

もう一つ手に持って渡そうとすると姫が慌てて首を横にまた振る。


「だめだめ、売り物なんだから……ッ」


「でもよく来てくれるしなぁ。細いし、俺がいっぱい食べて欲しいんだよ。

 姫さんもそれを望んで形の悪いクズ野菜を孤児院の為に買い取ってるんだ。

 王城で働いてる見習いの嬢ちゃんが細っこいんじゃ姫さんも心配するだろう?」


そう言われて実を二つ受け取った姫は

「ありがとう」と口にしてその場を去ろうと歩き出す。

少しすると、強い風が吹いて強いプルムの香りと共に

至る所で咲き誇っているピンク色の花びらが舞い上がった。


被っていたメイド帽子が外れて結い上げている金髪が露わになると


「アデリア……?」


「え……カイン様?」


声をかけられ、同じように買い物をしていた客の中の一人の男と目が合う。

忘れるわけがない。黒髪に赤い瞳。そして背の高いしなやかな体躯。

学園で唯一悪姫になる前のアデリアと仲良くしてくれた学年が一つ上の先輩。

「隣国のよしみだ」といじめられたアデリアを

卒業するギリギリまでずっと庇ってくれた隣国アルベールの第四王子カイン。


「なぜカイン様がイーベリアにいらっしゃるのです?」


「暗殺で兄が死んでな、権力争いがほとほと嫌になった。

 ちょうど一か月前に出奔したところだ。

 ほとぼりが冷めたら戻るつもりで隣国のここに来た」


昔と変わらず静かに笑いながら大胆なことを口にするカインに

アデリアは少し言葉に悩んで、悲しそうな顔をした後

そっとカインの手にプルムを一つ手渡す。


「一人では食べきれそうにないのでおひとついかがですか?」


アデリアの渡してきたプルムの色つやを見て、スンスンとカインが匂いを嗅ぐ。

毒はない。本当にただの上質なプルムだ。


「上物のプルムだな。この時期のプルムは美味いし高いぞ。いいのか?」


「先ほど買い物をしていて。

 その……店主の方がよく来てくれるからとおまけで頂いたのです」


「再会の感謝を」と乾杯するように自身も貰ったプルムを持って

くっつけるとカインが笑った。


「お前は変わらないな」


「そうでしょうか、今はただのメイド見習いですよ」


乾杯したあと、プルムに齧りついたカインがそっと声を潜めてアデリアに問う。


「お忍びか?」


「まぁ、そんな所です」


距離が近くなったせいでぱっとアデリアの真っ白な頬がピンクに色づく。

後ろから見守っていたメイド達は総出で思った。


『姫にふさわしい人居たー!!!!!!!!』


『恋!!恋始めましょう姫!!!なんなら結婚しましょ!!!』


『伝令、伝令早く!!!!姫にふさわしい人居るって皆に伝令しないと!!!!』


即座に伝令に王城へ走るメイドとそのまま二人を見守るメイドに組が分かれる。

その姿を見止めながらカインは静かに思う。


『相変わらずお前のメイド達は過保護のようだな……』


自身が学園を卒業した後、

悪姫と名高くなったアデリアが心配になって来たとは言えず

嬉しそうに自分の隣でプルムに齧りついて歩くアデリアを見て

カインは静かに安堵の溜息をついた。






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