洞貝 渉

 コツコツ、コツコツ。

 採掘場跡地に響く、熱心に石を叩く音。

 不便な立地にあるため周辺にひと気はなく、手のひらサイズの石を神経質とも取れる様子で叩き続けるのは、ドードー鳥の彼一人だけ。


 コツコツ、コツコツ。

 彼はこの採掘場跡地で化石として発見され、現代技術を総動員して復元された。

 モーリシャス島に生息していたはずのドードー鳥がなぜこんな遥か彼方の別の島国で発見されたのか、高度な技術を用いて復元した彼に問うも、彼は頑なにその理由を答えようとはしない。

 ただ一言、「妻が」とだけ口を開き、以降はずっとこの採掘場跡地で石を拾い、叩き続けている。おそらく彼の番の化石を捜しているのではないか、というのが専門家たちの意見だった。


 君らは飛べないんだよね?

 コツコツの合間に、私は彼に質問をする。

 もちろん、長距離を泳ぐことも出来ないのだろう? どうやってこんな所まで来たんだい?

 彼はちらりと私を見るけれど、それだけだ。石を拾い、叩き、割り、中に彼の妻の骨がないとわかるとまた石を拾って叩く。

 昔はここも研究者やら発掘調査員やら観光客やらでそこそこ賑わっていた。

 だが、おおかた掘りつくされた今となっては、あまりにも辺鄙なこの場所に誰も訪れはしない。それが例え、世にも珍しいドードー鳥の化石が発見され、復元された生きたドードー鳥が奇行を繰り返していたとしても、だ。

 大人は皆忙しく、子どもでは自力でたどり着ける場所ではない。


 コツコツ、コツコツ。

 私は彼の立てる音をBGMに、ただぼんやりとしていた。

 年齢だけなら、私はもういい年をした大人だ。本当なら、こんな場所でこんなことをしている場合ではない。

 彼を、正確には彼の化石を見つけたのは偶然だった。子どもの頃、社会科見学で訪れてなんとなく拾った石をずっと持っていた。それが彼だった。別にその石を後生大事にしていたわけではない。拾ったことすら忘れて部屋の隅に放置していただけで。

 学校を卒業し、社会に出るとともに私は実家も出た。何十年と社会のゆるやかに蝕まれるような小さな波にもまれ、石のことどころか実家というものがあり、家族がいたということすら忘れて生きていた。

 今日が明日で明日が昨日のような、日々の時間の流れが緩慢に混線し始めていたころに、役所から連絡があったのだ。あなたの親の家の管理が滞っているようで、悪臭がする。早急に対応するように、と。

 連絡を受けて、私は実家の存在や両親のことを急激に思い出した。

 さっそく実家の家電に電話するが繋がらず、休日に帰省するも誰もいない。部屋の中は埃がうず高く積もり、空気はこもっていた。いつからそんな状態だったのか、両親はどこへ行ってしまったのか、近所の人に聞いても誰も知らない。

 久し振りの自室は、私が出て行った時のままになっている。そこで呆然としていると、ふと、何の変哲もない石が目に入った。拾い上げ、感情のまま床に叩きつけたらぱっくりと割れて、中から彼の骨の化石が出てきたのだ。

 藁にもすがる思い、とはこのことなのだろう。両親のこととは何の関連も無いのは明白なのに、私はこの骨に手がかりがあるのではないかと考えた。

 そしてすぐに専門機関に連絡して化石を持ち込んだ。

 

 コツコツ、コツコツ。

 ドードー鳥は飽きもせず、毎日毎日同じことを繰り返す。

 彼の持ち主は私ということになるらしい。専門機関からの説明や煩雑な手続きの中で、ややこしく難解な専門用語が飛び交い、そのほとんどを私は理解できなかったが、彼の所有権と責任は私にあって、彼は私の両親失踪の件とは全く無関係である、ということだけはわかった。

 

 それで、君は結局のところどうしたいんだい?

 コツコツの合間に、私は再び彼に質問をする。

 君は君の妻の骨を見つけようとしているのだろう? 見つけて、再会して、それからどうする気なんだ? 君の仲間はみんなとっくに絶滅してるっていうのに。

 今度はちらりとも私を見ず、質問にも反応しなかった。石を拾い、叩き、割り、中に彼の妻の骨がないとわかるとまた石を拾って叩く。

 

 コツコツ、コツコツ。 

 コツコツ、コツコツ。


 ドードー鳥はただひたすらに石を叩く。

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洞貝 渉 @horagai

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