散りゆき、咲く

八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子)

ちりゆき、さく

 銃口の先から立ち昇る煙はいつもと変わりはない。

 長く愛用しているS &W357Magnumは引いたトリガーが素直に撃鉄を落として、お高めの1発1ドルの357Magnum弾を撃ち出し、心臓に穴を開けて男を死に至らしめた。

 町外れのアスファルトの上で崩れ落ちている男の手には薔薇の花束、そしてポケットからこぼれ落ちるように、小さながら幸せの詰まった小箱が転がっている。あと数分で男は家に帰り、そして、長い事同棲していた女に愛を誓えただろう。

 だが、それは男には許されない幸福だった。

 薔薇の花束は安物だったのか、それとも、衝撃が強かったのか、通りを吹き抜ける冷たい風に吹かれると、その花弁を散らし始めた。

 ぽろり、ぽろり、ぽろり、とこぼれ落ちるように落ちてゆき、男の周りに巻いた風で掻き回され、生き返ることの出来ぬほどに流れ出た血液の上で動きを止めてゆく。

 咲いていた薔薇のように男が彩られてゆく、死者は安らかであれと祈るが、今日は正反対のことを願わずにはいられない。

「地獄で朽ちろ」

 死体を冷たい目で見下ろしながら、私はリボルバーをホルスターへと戻した。銃声を聞きつけてパトカーのサイレンが響いている。市警の連中が駆けつけるまで2分くらいだろう。

 乗ってきた運転席のドアを開けると助手席に座る少女が私を見つめて尋ねる。

「死にましたか?」

 低い冷たい声だ、けれど、ほのかに語尾が震えているのが読み取れた。

「はい、殺しました」

「そう……ッ……ッ」

 安堵ののち途切れた言葉が落涙を伴うまでにさほど時間は掛からなかった。

 男は虐殺者だ。

 何百といや何千と命を奪い今や市民の懸賞金首、殺されたうちの1つの家族の生き残りが少女だった。

 薔薇の咲き誇る国、あの色鮮やかな花の国アトワール。白青緑の3色の中央で咲く一輪の薔薇が国旗であり、国章の素晴らしき国。美しき山河と肥沃な大地は数多くの恵を与え、その恩恵も合間って穏やかな暮らしを営む国民の溢れる国だった。

 そう、国だった。数年前までその国はあり、そして生活が営まれていた。

 だが、今は見る影もない。崩れ落ち穢れた山河と荒廃した大地、そして死に絶えた国民、一部の地域で生き残ってはいるが、彼らには厳重な、とても厳重な管理の下でしか生きることを許されていない。あれほど見慣れた薔薇の花すら、飾ることが出来ぬほどの生活を強いられている。

 その原因を作り出した男を私は先ほど手にかけたのだ。

 山頂が隣国との国境であるアルトリア山脈で特殊鋼石が発見されたことが発端だ。核エネルギーよりも安全で安心、環境負荷の少ない次世代のエネルギーと目されるほどの可能性を秘めたそれに世界中が興味を示し、そして開発に飛びついた。

 山の反対側を自国領土として有していたアトワールにも開発の手が及ぼうとしたが、国はこれを断固として拒否した。どれだけ金を積まれても、どれだけ聞き心地のよい話をされても、政府も、そして国民自身もそれを拒絶した。

 鉱石の危険性を太古の昔から知っていたから。

 だが、誰も彼もその話を聞くことはなかった。安全だと、安心だと、環境に良いと、長い実験も長い研究もすることなく、ただ、今を変えるべきだという実に安直で短絡的で馬鹿馬鹿しい、子供じみた考えで世界はそれを使い始めた。

 隣国はそれをひたすらに供給し続け、やがて、アトワールが恐れていた事態を引き起こした。

 The debilitating death of roses(薔薇の衰弱死)と命名された奇病だ。

 皮膚が真っ赤に染まって急速に衰弱し、数時間後に皮膚が裂けて血液を噴き出し失血死へと至る病、花が咲くほどの速度で死ぬその病が隣国で報告されるようになると、やがてはその鉱石を使った各国の施設へと飛び火した。だが、効率の良すぎるほどの発電に世界は使う事を辞めなかった。

 隣国は国内で起こる奇病を隠蔽し続け、鉱石を掘り進めては供給し続けた。

 だが、物語に終わりが訪れるように、その時は訪れる。

 輸出に使われていた鉱石運搬船の数隻が世界各地の港で事故を起こした。奇病によってペスト期の船舶のように乗員が全滅した船さえもある。蓄積された毒素が原因と思われたが、その無色透明で無味無臭とも言える毒素を検出する方法を持たぬ人類にはなす術などなく、事故を起こした港は閉鎖され、居住していた住民は移住を余儀なくされた。

 徐々に、徐々に、その危険性が囁かれ始めた頃、決定的な事件が起こる。

 アルトリア山脈大崩落事故、隣国の無作為な採掘によって山脈に歪みが生じ、それはやがて山体崩壊へと至った。それは隣国でなくアトワールの領土へと崩壊し、流れていた川は悍ましいほど高濃度に汚染され、そして降った先の村や町、都市を汚染して、1週間と経たずに生物のほとんどが死滅しアトワールは滅んだ。

 世界は驚愕し直ちにその鉱石を使った設備を禁止したが、代替えとして早期の運用を図った事と環境保護団体の猛烈な批判によって既存していた電力設備が急速に失われたこともあって、世界は絶望的なまでの電力不足と不況に陥っている。

 使いながらの道を模索したもののどのように厳重な管理下に置いたとしても毒素は漏れ出て周囲を汚染する始末だ。

 私が始末した男はその鉱石で財を成した男だ。いや、罪を成したと言った方が正しいだろう、それを世界に向けて発表し宣伝し、今では地に堕ちたが多大なほどの名誉とそして莫大な金銭を得た。その資金を用いてこの国に身分を変えて潜伏し、平穏な生活を営んでいた事を助手席の少女が知ったのはつい先日のことだ。それを聞いた私はすぐに事を考え直ちに実行した。背中を押したのは何十万人と命を奪われた国民の怨嗟の声だ。そして、大切な家族の悲痛な叫びと、少女の一言だった。

[幸せになることだけは許さない]

 少女の名前はロズィエ・アトワール、故国では薔薇の姫君と親しまれた笑顔を失った第3皇女、そして私は少女の国外留学のために派遣された中で唯一の生き残りの警護要員だ。

 車に乗り込み逃げるように走らせて港へと急ぐ、私達は明日の調査船に乗せてもらい、厳重な管理下で生活している国民の生き残りと合流するために。

 少女は諦めていない、古文書や文献を隈なく調べた少女はある記述を見つけたのだ。その鉱石の毒素を解き回復させる効果のある鉱石があるということを。

 それは白薔薇の群生地のあたりにあるのではないかというところまでを突き止めている、そして、それによってあの厳重な管理下に置かれている土地だけは生き残っているのだと結論づけていた。

 もちろん、偶然に生き残った可能性も否定はできない、だが、少女に縋る術はこれしか残されていない。私にもそれしか道は残されていない。

 神よ、どうか、この苦難の道に一筋の光を、そして、花の国アトワールに再びの栄光と、少女、いや、殿下が薔薇色に満ちた笑顔を取り戻せるようにお力をお与えください。

 教会の鐘が音を鳴らす、けれど、空を覆う雲が晴れることはない。

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散りゆき、咲く 八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子) @suzunokisuzunoki

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