私の妖精

尾八原ジュージ

私の妖精

 蜻蛉みたいな妖精との暮らしは楽しかった。サイドテーブルに人形用のベビーベッドを置いておくと、妖精はうすピンクの羽を畳んで大人しくそこで眠った。蝶々のように砂糖水を飲み、バラを買って帰ればその蜜を吸った。

 一人暮らしの殺風景な部屋でも、同じ屋根の下に生き物がいるというのはいいものだった。特に、こんなにも美しい生き物がいるというのは。


 妖精を拾ったのは、ひどく酔っぱらった夜のことだった。私たちは公園の水飲み場で出会ったのだ。酩酊しすぎて幻覚が見えているのかと思ったけれど、連れて帰った翌朝も、その次の朝も妖精はまだ家にいた。どうして我が家から出て行かないのか、よくわからなかった。

 私は人形用のベビーベッドを買い、小さな椅子と机を買って、サイドテーブルの上に注意深く設置した。妖精がずっとここにいればいいのにと思った。すると次の日、いいことがあった。たまたま家のベランダに迷い込んでいた迷い猫を捕まえたのだ。猫には懸賞金がかけられていた。

 猫を飼い主に送り届けた私は、もらった懸賞金の一部を花屋で使った。いいことがあったのは妖精のお礼ではないかと思って、バラを一輪買ったのだ。ピンクのグラデーションの花びらが妖精によく似合うと思った。妖精がバラの蜜を好むと知ったのはそのときだ。

 それから私は時々花屋に立ち寄って、バラを一輪購入するようになった。妖精は嬉しそうに蜜を吸う。妖精の言葉はわからないけれど、きっとこの生活を気に入ってくれているはずだと私は思った。

 でもこういう不思議で美しい生き物との暮らしには、やはり別れがつきものだ。


 その日は雨が降っていた。いつものようにバラを一輪買って花屋を出た私めがけて、タイヤをスリップさせた一台の車が、まるでまっすぐ引っ張られるように突っ込んできた。気がつくと路上におびただしい血が流れ、赤いパトランプが点灯し、変わり果てた姿の私はまだバラの花を掴んでいた。

 それからというもの私は地縛霊になって、自分が轢かれたこの場所に立ち尽くす生活を余儀なくされている。どうにかして元のアパートの部屋へ飛んでいきたい。そこにはまだ妖精がいるのか、もしも妖精がいるのならもう私はここに帰らないと教えてあげたいけれど、上手くいかないものだ。もしいないのならそれでいい。妖精が新たな場所で幸せになってくれるのならいい。あの部屋でひとり寂しく過ごしているのでなければ、私はそれでいい。

 花屋の店主は常連客の死を悼んで、今でも月命日になると、朝早くバラの花を一輪供えてくれる。私は「ここにあなたの分のバラがあるよ」と私の妖精に伝えたくて、東の空に向かって懸命に手を振る。

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