03
「……民を救う聖女を選ぶと言えば聞こえはいいが、結局のところ聖女選定は、王族と貴族の権力争いに過ぎない」
青年は腕を組みながら、つまらなさそうに語る。
「変だと思わないか? 聖女を支援する〈擁立者〉になることができるのは男性だけ、だなんて。女神とその夫の伝説に則っていると理由付けされているが、そんなのはまやかしだ。実際のところは、民衆からの支持を集めるのが容易な聖女の人気を利用し、〈擁立者〉の男性が政治的な権力を握るのが目的なんだ」
青年の説明を、ルミリナは瞬きを繰り返しながら聞いていた。
「今回の聖女選定もそうだ。ノース王子とトスートメル公爵家、マリカ王女とナミュナシア公爵家の対立構造が生まれている。お互いにお互いを蹴落としたいと思っているんだ。王位継承権は今のところノース王子が持っていて、彼を支援するトスートメル公爵家の方が優位な立場にあるが、マリカ王女が聖女となれば彼女へと王位継承権が移り、婚約者であるシャラジート=ナミュナシアがこの国を支配していくだろう。……聖女選定なんて、本当に、ろくでもない」
青年はすっと目を細めると、ルミリナと目を合わせる。
「……悪いことは言わない。聖女選定なんて辞退した方がいい。このままだとお前は、大層面倒な権力争いに巻き込まれていく羽目になるぞ」
青年が口を閉じる。
すぐに、ルミリナの口が開かれた。
「あなたは、どうしてそんなに、聖女選定に詳しいんですか……?」
「……大学で勉強しているからだ」
「へええ……大学ってすごいんですね〜……」
憧憬の眼差しを浮かべてから、ルミリナはそっと首を横に振った。
「わたしは、辞退するつもりはありません」
「何故だ」
「さっき、『どうして、聖女になりたいんだ』って質問してくれましたよね?」
それに答えます、とルミリナは微笑う。
「……わたしのお父さん、昔、死んじゃったんです」
ルミリナの灰色の瞳は、寂しげだった。
「流行り病で、あっという間でした。病院はどこもいっぱいで、民を救ってくれるはずの聖女様は偉い人たちを治すので精一杯だったみたいで。お母さんも妹も治癒の魔法はこれっぽっちも使えないし、わたしも子どもだったので全然だめでした。お腹が張り裂けそうなくらい痛くなりながら、お父さんの手をずっと握って、……その手の温度も段々と冷たくなっていって」
掠れた声で、ルミリナは淡く表情を歪めながら言う。
それから、青年へと笑いかけた。
「もう、あんな思いをするのは嫌だし、あんな思いを誰かにさせるのも嫌なんです。わたしのちっぽけな治癒の魔法では、全然救えない。だから、女神様の力を借りたいんです。もう誰も泣かなくていい、幸せな世界をつくりたいんです」
ルミリナは、優しく微笑む。
「――――だからわたしは、聖女になりたいんです」
波が打ち寄せて、遠のいていく。
青年は少しの間沈黙していた。
ルミリナは、聖女候補の証である左手薬指に浮かんだあざを、右手で撫でていた。
やがて青年が、「……そうか」と口にする。
「お前がそういう考えなら、もう僕から何も言うことはない」
そう告げて、青年はルミリナに背中を向けると立ち去っていく。
彼の姿が見えなくなった頃、ルミリナは「へくちっ」と可愛らしいくしゃみを零した。
随分と遠くの海で、優雅に跳躍するイルカのシルエットが見えた。
◇
翌日、ルミリナは大きな樹の側で屈んでいた。
ルミリナの手にはどんぐりが握られており、彼女の視線の先には小さなリスがいる。
「あの、あなたはオスのリスさんだったりしますか……? わたしの〈擁立者〉さんになってくれたりしませんかね〜……」
「おい」
いきなり後ろから声を掛けられて、ルミリナはびくりと身を震わせる。
振り返ると、そこにいたのは――高貴な衣装に身を包んだ、昨日の青年だった。
彼の両隣には、八重歯が印象的な黒髪のメイドと、背の高い青髪の執事が佇んでいる。
ルミリナは呆然と、青年を見つめた。
「えっと、昨日の……」
青年は頷いてから、そっとルミリナへと跪く。
「……自己紹介が、済んでいなかったな」
澄んだ銀色の双眸が、ルミリナを見つめていた。
「僕は、ユティア=エトヴァダン。――この国の、第二王子だ」
青年――ユティアの言葉に、ルミリナは目を丸くして。
それからルミリナは、ずっと仏頂面だったユティアの微笑みを、初めて目にした。
「……ルミリナ。僕を、君の〈擁立者〉にしてくれ」
昨日のように、ユティアの右手がルミリナへと差し出される。
◇
ユティアは王族でありながら、殆どの魔法を使うことができなかった。
唯一使用できたのは、他者の魔法を促進する強化の魔法のみ。
幾度となく蔑まれ、両親からも、兄のノースからも、姉のマリカからも見下されながら、愛されることなどなく生きてきた。
――――この世界には、何一つ美しいものなんてない。
それは、十九年生きたユティアが抱える「信条」で。
今までも、これからも、ずっと、ずっと。
そのはずだったのに。
『――――だからわたしは、聖女になりたいんです』
ルミリナのあの言葉と、優しい微笑みを。
どうしてかユティアは、心の底から――美しいと、思ってしまったのだ。
(完)
ほこり令嬢は誇り高き聖女になりたい 汐海有真(白木犀) @tea_olive
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