エピローグ

「それでね、妖精王や女王様は、うすうす私が息を吹き返す鍵に、気づいてらしたのですって。

❝新月に連れ帰って、鍵を開いたのが満月とは、いやはや地の君は予想以上に物堅い❞って、王様ったら、わざわざ詩にしてお手紙送ってきたものだから、黒曜さまったら少しご機嫌が悪くなってしまって」

 ロゼッタは、丁寧に林檎をもぎながら、思い出し笑いをした。

 話し相手は林檎の木。

 そして、しきりに寄ってくる小鳥たち。

 秋になったら実を分けてくれる約束をしていた樹木は、ロゼッタを枝に乗せ、笑うように枝葉を揺らした。

「ふふ、でも、黒曜さまはご機嫌斜めのお顔もカッコいいの」

 堂々たる惚気のろけに小鳥たちは、ロゼッタの結髪に飾る、水晶のきらめきを突いて悪戯を仕掛ける。

「あん、駄目よ。やっとお直しから戻ってきたのだから。他にも、皆さんから髪飾りを色々頂いたけれど、最初に黒曜さまに貰ったコレがやっぱり一番のお気に入りなの」

 言って嬉しそうにロゼッタはリズミカルに顔を左右した。

「誠実で慎重なのは、黒曜さまの美点よねぇ」

 うっとりした言葉に、林檎の木は同意してくれた。

 小鳥たちもピチピチと鳴く。

 地の領地の生き物は、皆、黒曜が大好きだ。

「エフォリアさまは、私が目覚めた瞬間になぜだかわかったんですって。跳び起きて、ひとしきり泣き崩れた後に、急に笑顔になって寝室を飛び出してから、もの造りの間に丸一日お篭りして、龍王様を困らせたそうよ。それでびっくりするほど衣装をこしらえてくださって…ほら、この衣装もエフォリアさまに頂いたの!猫のしっぽがついてて、可愛いでしょう?

 エフォリアさまとお喋りできる水鏡を龍王さまがくださったから、しょっちゅうお喋りしているのよ、私たち。音瀧お姉さまともよ。今度、お会いする約束もしているの。とっても楽しみ!」

 うふふと肩をすくめて、ロゼッタはさらに喋る。

「ロマさんやフロリンダさまもお招きしてのお茶会の予定もあるし…楽しいことばかりだわ。

 フロリンダさまは風の身軽さで真っ先に会いに来てくれて、また一緒に温泉に入ってミルクを飲んだわ。地の宮の温泉が気に入って、ちょくちょく来てくださるから嬉しい。

 そうそう、火の司守のアルスさまがね、妖精の子供たちを何人か交代でお預かりするってフロリンダさまが仰っていたの!

 王国の災厄の日、アルスさまがチビちゃんたちを助けたらしいのよ。そこから、アルスさまは英雄みたいに好かれちゃって、直々に学びたいって声が子供たちから出て、妖精王が依頼したそうよ。世話役の妖精も一緒についていくけれど、良くアルスさまが了承したわよねぇ。案外、小さい子がお好きなのかな。

 フロリンダさまは、❝単細胞の奇跡のモテ期❞なんて笑ってらしたわ。ふふ、そういうフロリンダさまは、どんな方と、どんな恋をするのかなぁ」

 小鳥たちがあれこれと鳴き声を上げる中、喋りながらロゼッタは、掌の林檎をニコニコと眺めた。

「おいしそう。林檎、大好き。そのまま食べてもおいしいし、焼き林檎、アップルパイ、菓子パン、楽しみ方がたくさんあるもの!あなたの子たちは小ぶりで少し酸味が強いから、アップルパイとジャムを作るわ。皆に贈るつもり。

 エフォリアさまにも、フロリンダさまにも、妖精王様と女王様、ロマさんにもよ。喜んでくれるかしら」

「ロゼッタ」

 楽しいお喋りに、穏やかな低い声が割って入る。

 ロゼッタは顔を輝かせて樹の下を見た。

 誰よりも大好きな人が、優しいまなざしでこちらを見上げている。

「黒曜さま!」

 ロゼッタはたくさんの林檎が入った籠を片手に下げ、ひらりと木の枝から飛び降りた。

 小鳥たちも同時に舞い上がり、軽やかな羽音が重なる。

 黒曜が慌てたように両腕を広げ、ロゼッタはゆっくりその中に着地した。

 もう、ロゼッタは十分に飛べるだけの羽根を得ている。

「驚かせるな」

「ご心配なさらなくても、私はもう飛べるのです」

 得意げに言って、自分を受け止めてくれる腕の中で、黒曜に軽く口づけをした。

 黒曜は苦笑しながらロゼッタを大地に降ろす。

「どこに飛んでいくのも自在というわけか」

 言って黒曜は、黒地に銀糸の刺繍が施された衣装の合わせから、小さな白い天鵞絨ビロードの巾着を取り出した。

 その中から、小さなきらめきを取り出す。

 ロゼッタは目を丸くした。

 ハート型にカットされたパライバトルマリンが、小さなダイヤモンドに縁どられたそれは、金の指輪。

「星周りはまだ、魔獄界優勢の運行だ。いつまた災厄が来るかわからない。だから…」

 ロゼッタの首から外されたことのない首飾りと揃いのようなデザインのそれを、黒曜はロゼッタの左手を取り、薬指にはめた。

「首輪だけでは心もとない。あちこち飛んで行って空飛ぶ迷い猫にならぬよう、私の妻になれ。ロゼッタ」

 呆気に取られるロゼッタの手に、黒曜はキスをする。

「私は黒曜さまの猫で…、お嫁さんにもなれるのですか」

 嬉しいなどの言葉では足りない、狂おしいほどの感情がほとばしり胸をいっぱいにして、ロゼッタは黒曜を見つめた。

「私は黒曜さまのものです。あなたのいない世界に、ロゼッタはいない」

 言ってしがみ付くと、強い腕がそれを受け止めた。

 周囲の木々が、草花が、一斉に祝福の声なき声を上げる。

 競うように小鳥たちも華やかな鳴き声を振りまいた。


 世界に宣誓するように、誰よりも愛する人への誓いとして、ロゼッタは想いのすべてを込めて繰り返す。

「これまでもこれからも、世界がある限り、それは変わりません。

 あなたのいない世界に、私はいません」

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天地結ぶ世のおとぎ話~妖精は地の君に虹色の夢を見せる~ 花風花音 @rosalie0201

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