薔薇色の世界

味噌野 魚

薔薇色の生活の始まり


 蒸し暑い日だった。

 その日の俺は意味もなく浮かれていた。夏休みの初日だったからかもしれない。

 予定もないのに駅まで来て、無駄に人混みに揉まれて、意味のない達成感を得て、いざ帰ろうとしたところで、


 雷に打たれた。


 どこの漫画の話だよと思うかもしれないが事実である。

 その日を境に俺の世界はモノクロになった。

 気持ち的な意味じゃなくて物理的に。

 世界から色がなくなったのだ。


 あらゆる医者に診てもらったが原因は不明。

 1年経ってもそれは治らない。

 最初は違和感しかなかったが、慣れてしまえばこっちのもの。特に不便もないので高校生活を再開した。


 (お。今日も綺麗だなぁ)


 さて、モノクロな世界で生きていくなんて常人であれば発狂する。俺は周りのやつらより楽観的で図太い自覚があるが、それでも最初の数日は堪えた。

 そんな俺がいまだに平静を保っていられるのは、ひとえにこいつらのおかげだ。


 薔薇。


 通学路にある花屋には色とりどりの薔薇が売られている。

 赤、黄色、ピンク、白、緑、黒、青。今日はレインボーもある。

 

 なぜか俺は薔薇の色だけは認識できた。


 今でも思い出す。

 入院中、白と黒しかない世界に嫌気がさしてきたころ、見舞いの花束の中に入っていた鮮やかな薔薇の色。

 あのときの感動に勝るものは今後一生現われないだろう。


 「すみません、この赤い薔薇1本ください」

 「はいは~い。今日は赤なのねぇ」


 毎日のように薔薇を買う俺は常連客としてすっかり顔を覚えられている。

 まだお昼じゃないのぉ。サボり? テスト期間だから午前で終わりなんですよ~。などとたわいもない世間話をしながら、つい俺は店主の顔を見てしまった。


 「そんなに見つめたってまけちゃやらないよ~」

 

 にやにや笑う中年店主の額と頬。

 そこには赤い薔薇の印が2つあった。

 

 「残念です」


 笑顔を貼り付け、彼女の分厚い手に硬貨を4枚置く。


 「まいどあり~」


 快活な声を背に俺は店を出た。

 俯きながら帰路を急ぐ。


 (薔薇の数、増えてたな)


 モノクロの世界には薔薇の印を持つ人間がいる。

 とはいってもその数はごく僅か。大抵の人間は薔薇持ちではないので、このことに気付いたのはごく最近だ。そのため彼らと出会うとまあ割とびびる。

 薔薇色のそれは鮮血のように鮮やかで気味が悪いのだ。


 思い出して身震いすれば、

 グサリ

 俺の左脇腹に包丁が突き刺さっていた。


 「……は?」


 唖然としたのは一瞬のこと。

 自覚した途端、焼けるような激痛に襲われる。白いワイシャツがみるみると薔薇色に染まり、痛みと恐怖と混乱で意識が朦朧としてくる。


 「舘前くん。早くこちら側に来てね」


 鈴が転がるような声に思わず顔を上げると、

 目の前に絶世の美女がいた。


 (いったい全体、どうなってやがる)


 腰まで伸びた艶やかな髪に、長い睫に縁取られた大きな瞳。まっすぐ通った鼻筋に形のいい唇。俺の掌ほどしかない小さな顔。セーラー服に隠れた体は細く、しかし柔らかそうだ。

 彼女が包丁の柄を握っていなければ、間違いなく一目惚れしていただろう。


 「よいしょっと」

 「うっ…」


 可愛らしいかけ声とは裏腹に彼女は俺の腹を蹴り飛ばして包丁を引き抜いた。

 体に力が入らない俺は為す術もなく仰向けに倒れる。

 眼前に広がるのは白黒の空。それを遮るようにひょっこりと笑顔の美女が現われて、「また明日。ばいば~い」と俺の左目の下にキスを落として去って行った。


 (…意味がわからない)


 こんな状況でなければ喜べたのに。

 それを最後に俺の意識は途絶えた。



---------------------++++


 翌日の登校中、俺は不審な女を目撃した。

 そう、翌日である。どういう原理か俺は生きていた。


 目覚めると自室のベッドの中にいて、腹には傷跡すらなかった。

 両親いわく、俺は夕方帰宅してそのまま朝までずっと眠っていたらしい。全く身に覚えがない。


(まあ生きてたし、気にしないでおくか)


 舌を切ったのかわずかに血の味がする唾液を飲み込み、意識を切り替え俺は学校に向かった。

 

 「はわわ。こ、怖いよぅ」


 そんなときにびくびくと震えながら電柱の影に身を隠す女を見つけたのだ。

 その女は「怖いよ、怖いよ」とべそをかきながら忙しなく辺りを見まわし、怯えたように頭を抱える。怖いのなら俯いていればいいのに。矛盾した行動をとる女だ。


 (どこからどう見ても不審者だな)


 こういう輩は関わらないに越したことはない。

 俺は足早にこの場を去った。


 「な、なんで真っ赤なの…?」


 すれ違いざま聞こえたのは不安げな声。

 色がわからない俺には理解できない内容だ。気にせず俺は足を早めた。

 次の角を曲がった先にはいつもの花屋があるのだ。早急に薔薇を見て癒やされたい。


 「あれ?」


 しかしながら、薔薇には出会えなかった。

 花屋の前には立ち入り禁止テープが貼られていた。

 ガラス扉は粉々に砕け、薄暗い店内は誰かと争いあったような痕跡が見られた。



---------------------++++


 「花屋の店主、行方不明らしいぞ」

 「マジかよ」


 5分休み。

 テスト期間中の貴重な休憩時間を学食1回奢りで買い取った俺は、情報通の滝本に花屋の話を聞いていた。


 事件は昨日の夕刻に起きたそうだ。

 近隣住民から通報があった。花屋から争い合う音が聞こえると。

 喧嘩なんて生やさしいものではない、フィクションの世界で見るような殺し合いに近い音である。

 怯えつつも様子を見に行った住民たちは、ガラス扉を割って飛び出してきた黒い塊を目撃した。それが人なのか動物なのかは誰にもわからない。とにかく俊敏で残像しか見えなかったらしい。

 警察の調べによると現金には一切手がつけられておらず、店主と薔薇だけが忽然と消えていた。これは犯人からのメッセージなのか。ひとまず警察は行方不明の店主の捜索を行っている。


 「1個ならともなく店中の薔薇がないんだぜ。意味わかんね~よ。超気になる~!」

 「なんでお前は警察の情報まで把握してんだよ」

 「徹くぅん。そこは触れちゃだめな、と・こ・ろ」


 ちゅっと調子にのった滝本が投げキッスをしてきたので額を軽く小突く。

 すると四方八方から消しゴムを投げつけられた。

 ぐるりと辺りを見まわせば、般若と化した女子たちと目が合う。


 「なんかごめんな~」

 「学食奢れ。そしたら許してやる」

 「ぐあーっ。プラマイゼロにぃ」


 ジタバタと暴れる滝本はお調子者のくせに無駄にイケメンだ。そのため先程のように危害を加えれば女子たちから制裁を受けるのだ。解せぬ。

 


---------------------++++


 放課後、俺は駅前にいた。

 手提げ袋の中には青い薔薇が入っている。

 薔薇を買うことは俺にとってのルーティーンだ。それは近所の花屋がなくなっても変わらない。

 

 (昨日からいろいろ騒がしいからな。お前の花言葉に期待してるぞ)


 腹が減っているのか、今日はとにかく薔薇がうまそうに見える。ストレスだな。

 なおのこと期待しているぞとつんつん花弁を突いていれば、


 「たぁすぅけぇてぇえええ」

 「黙ってな!」


 今朝の不審者を俵担ぎにした花屋の店主が目の前を通り過ぎて行った。


 「…まあ、所詮は花言葉だもんな」


 近道するために森の中を歩いていたのでこの場には俺しかいない。


 「はぁ」


 仕方がない。

 俺は2人の後を追った。



---------------------++++


 もう少し早く追いかけてやればよかった。

 後悔したのは絶命した不審者が包丁でめった刺しにされていたからだ。

 歪な笑みを浮かべて今も包丁を振り下ろし続ける犯人はもちろん、彼女。


 「店主さん、なにやってるんですか」

 「あぁん?」


 振り向いた彼女の顔は返り血でべっとりと汚れていた。

 額と両頬の3つの薔薇の印は爛々と輝いていてひどく不気味だ。

 

 「いつのまに増えたんだか」

 

 思わず漏れ出た言葉に店主がカッと目を見開く。


 「てめぇがあたしを殺したからだろうがァ!」

 「は?」


 気付いたときには包丁の鋭い刃が迫っており、俺はなんとなく屈んでそれを躱した。ついでに足をひっかけ店主を転ばせ、仰向けになった体を踏みつける。

 形勢は逆転。

 俺の足下で店主は怯えたように震えていた。


 「こ、降参だぁ。許してくれぇ~」

 「……。」

 「わ、わかるだろぅ? あたしゃ3回目なんだよ。見逃してくれよぅ」

 「……。」


 正直、俺は困惑していた。

 なんとなく体が動くままにここまできてしまったが、状況がさっぱりわからない。

 「3回目」とやらに心当たりはないし、俺が店主を殺したという不穏な言葉も気になる。なにより殺人鬼を凌駕した自分の身体能力に驚いていた。

 俺の運動神経は可もなく不可もなくの平凡そのものだ。そうでなければ昨日美女に刺されたりしない。


 「どきなっ!」

 「うわっ」


 店主は俺の隙を見逃さなかった。

 なぎ払うようにふくらはぎを殴られ、よろめいた俺を店主は突き飛ばし逃走する。


 「あ~っはっは! あたしゃ、まだまだ生き……」


 言葉は最後まで続かなかった。

 スパンッ

 風を切る凛とした音が聞こえたときにはもう、店主の首が宙を舞っていた。

 店主の顔はみるみるとミイラのように干からび、あっという間に塵となって消えた。


 「舘前くん、詰めが甘いよ」


 鈴が転がるような声がした。

 この声の主を俺は一人しか知らない。

 

 「あんた、何者だ?」


 案の定、そこには昨日の美女がいた。

 不審者の死体の横に立つ美女の手には包丁があり、それは黒く濡れているように見えた。俺の視覚が色彩を認識できたなら、その色は間違いなく赤だっただろう。


 「私は如月雨季。あなたと同じ17歳の女子高生よ。…見た目はね?」


 妖艶な笑みを浮かべる美女――如月は、その場に屈むと俺を手招きした。


 「こちらにいらっしゃい。あなたが本当に知りたいのは私の名前なんかじゃないはずよ」

 「……。」

 

 この女は昨日俺の腹にその包丁を突き刺したことを忘れているのだろうか。

 警戒の眼差しを向けていると、ふっと如月が吹き出した。


 「まるで毛を逆立てた猫ね。取って食ったりしないから、いらっしゃいな」

 「うぐっ」


 美女の無邪気な笑みは破壊力がすさまじい。

 男として抗うことはできなかった。


 「もう刺すなよ」

 「えぇ、もちろん」


 如月の隣に屈む。

 そうすると不審者の無残な死体が目に入り、いたたまれない気持ちになる。


 (今朝は怯えて、昼に殺されて。散々な一日だな。お前のこと全然知らないけど、安らかに眠れるよう祈ってるよ)


 胸の前で手を組む。

 そんな俺を一瞥して如月は不審者の左目の下にキスを落とした。

 どうやら彼女は死体にキスをする趣味があるらしい。

 普通にドン引きする。


 「私の趣味は読書よ」

 「へー」

 

 ぴしゃりと否定された。

 まるで心を読んだかのような返答に顔が引き攣ってしまう。


 「読めるわよ。あなたは私の眷属ですもの」

 「…は?」


 にこりと目を細める如月を怪訝に睨めば、「これが答えよ」と彼女は不審者を指さした。

 メキメキ ミシミシ

 眼前に広がる光景に言葉を失った。

 骨や内臓が飛び出ていた不審者の体が逆再生のように元に戻り始めていた。

 内臓はあるべき場所に収納され、折れていた骨はなめらかに接合し、血管が繋がり肉が再生していく。

 全てが終わったとき、不審者の胸はゆっくりと上下していた。


 「生き返った、のか?」

 「えぇ。彼女は私の眷属となったことで3つの心臓を得た」


 如月が指さすのは不審者の左目の下に現われた青い薔薇の印。

 涙黒子のようなそれは1つめの心臓だそうだ。


 「覚えておきなさい。4度目はないわ」

 

 もうすでに1つめの心臓が動いているから、死ねるのはあと2回だけね。なんてことのないように如月は笑うが、こちらは終始戸惑い続けている。


 「待て。どうして俺にそんなこと話す?」

 

 ぱちぱちと目を瞬いた後、如月は「まあ!」と口元に手を当てた。

 大変麗しいが、些かオーバーなリアクションに苛立ちが湧く。


 「あらあら、まあまあ。あなた気付いてなかったのね~」


 くすくす笑いながら如月が手鏡を渡してきた。

 見ろということらしい。俺は鈍くない。大変不服だが悟ってしまった。


 (マジかよ…)


 鏡には引き攣った笑みを浮かべる男がいた。

 そいつの左目の下の涙黒子は、どういうわけか青い薔薇の形をしていた。


 「俺は昨日、死んだのか?」

 「ごめんなさいね~。他のやつらに奪われたくなくってぇ、殺しちゃいました~」


 えへっと如月がウインクをする。

 罪悪感を一ミリも感じない謝罪である。

 いっそ清々しくて不思議と怒りが湧いてこない。呆れはするがな。


 「どうして俺なんだよ…」


 ため息交じりに問いかければ、如月が目を細めて笑う。


 「その前に一つ聞いてもいいかしら?」


 嫌だと言ったところで結局答える羽目になるのだ。

 どうぞと顎で促せば、彼女は言った。

 人類初の宇宙飛行を成し遂げた方の名言をあなたはご存じかしら?


 「はあ?」


 おそらくこれだという台詞は思い浮かんだが、この質問をする意図がわからなくて如月を睨んでしまう。

 

 「じゃあ、いっせーので言いましょう」


 もちろんそれで止まるような女ではない。

 出会ったばかりだというのに長年の友のように彼女を理解できるのが少し嫌だ。


 「それじゃあ、3,2,1」


 いっせーのはどこにいった。そうツッコみたい気持ちを抑えて俺は投げやりに言った。


 「地球は青かった」

 「地球は赤かった」


 (……は?)


 瞠目する俺を見て、如月は満足そうに笑った。


 「この世界の海は赤よ。空も赤」


 彼女が指さす上空は、俺の目からすれば白黒だ。

 しかしまだ視覚が健常であった頃なら、その色は青だった。


 「平行世界の人間が入れ替わるのはよくあることなのよ」

 「平行、世界?」


 如月いわく、俺は1年前この世界の「舘前徹」と入れ替わった。

 入れ替わる条件は一つだけ。

 同じタイミングで死ぬこと。

 俺が雷に打たれた同日の同じ時間にこの世界の俺も雷に打たれたのだ。


 死んだ影響か、はたまた異世界転移したからか。

 入れ替わった人間は五感を一部失うらしい。

 俺は色彩を失ったから、元の世界との相違点に気付けなかったのだ。思い返してみれば滝本が時折「今日はすっごくきれいな赤空だね」と言っていた。いつもの冗談だと思って適当に聞き流していたが、まさか普通の世間話だったとは。


 「もしかして、俺が薔薇の色だけ認識できる理由も知っているのか?」


 もちろんよ。如月が胸を張って頷く。


 「ここは薔薇の妖精が管理している世界なの。だから薔薇だけは特別。そして私は薔薇妖精の始祖が一人、青薔薇姫」


 うすうすキャラの崩壊を感じていたが、ここにきて完全崩壊した。


 (青薔薇姫。だっさ)


 もはやミステリアス美女の欠片もない。

 内心で爆笑していると


 「いっだだだだ!?」


 左目の下に激痛が走った。

 太い針を高速で突き刺されるような痛みはまさしく激痛。

 耐えきれずにその場に突っ伏したところでようやく痛みは治まった。


 「あなたは私の眷属なのよ。主のことは崇め奉りなさい」


 頭上に落ちた影に恐る恐る顔を上げれば、如月が笑顔で俺を見下ろしていた。


 「眷属ってなんだよ…」

 「私の下僕。私を他の始祖から守る騎士。敵対勢力と戦う戦闘要員」


 「あとは~」と言葉を続けようとする如月を止める。

 騎士とか戦闘要員とか恐ろしい言葉が聞こえた気がするのだが、俺の気のせいだろうか。


 「気のせいじゃないわよ。あぁ、安心して。私は穏健派よ。人間を主食にする野蛮な過激派とは違うわ。だからあなたの主食も薔薇でしょう?」

 「……。」

 

 安心できる要素がどこにもない。むしろ不安が倍増した。


 「つーか、薔薇を見て腹が減った理由はこれだったのかよ」


 つい先程購入した青薔薇にやけくそで齧り付けば、たったそれだけで腹も気持ちも驚くほどに満たされた。そのまま食べ進めてあっという間に嚥下する。


 (トゲは刺さって痛いけどな。…あれ?)

 

 血の味がする口内に既視感を覚える。

 首を傾げる俺の肩を如月がとんとんと叩いた。


 「それでは下僕に初任務を与えます。薔薇を買ってきてちょうだい」


 買い占めちゃってとウインクと共に渡された財布には万札がみっちりと詰まっていた。

 頭がおいつかない。


 「なんでまた急に」

 「香葉ちゃんがもうすぐ目覚めそうなのよね~」


 如月が不審者の頬を突く。

 俺はよほど相手と親しくならない限りは名字で呼び続けるタイプだ。早くお前の名字を教えろ、不審者。

 そんな俺の気持ちが伝わったのか、パチリと不審者が目を開けた。


 「お前、名字教え…」

 「薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇ァアアア」


 青黒い薔薇の花弁を体中から放出しながら不審者はどこかへ走り去ってしまった。

 唖然とする俺の手を如月が掴み走り出す。


 「飢餓状態の眷属はやっぱり可愛いわね~」

 「可愛くないだろ。恐怖だろ。つーか飢餓状態ってなんだ?」

 「眷属として目覚めたばかりの子はすっごくお腹が減っていてね、本能的に薔薇を求めるのよ。昨日の舘前くんみたいに薔薇泥棒したら大変だから早く捕獲しましょう」


 ちなみに過激派の眷属は人間を求めるらしい。大量残忍猟奇的殺人事件の犯人は7割が眷属だと如月は笑顔で語る。

 いろいろと言いたいことはあるが、とりあえず笑うのやめろ。

 

 「ようやく見つけたぞ、青薔薇姫!」


 そんなことを思っていれば、黒い外套を被った男が降って来た。

 次から次へと勘弁してくれ。

 俺の頭二個分でかい男は重たい音を立てて着地すると、びしっと如月を指さした。


 「我が主のために今日こそお命頂戴する!」

 「ふっ。いいだろう。我が眷属が相手になってやる。任せたわよ、舘前くん」


 威厳たっぷりに如月は胸を張るが、ようするに下僕に仕事を押しつけただけだ。最悪な主だな。


 (おい、如月ふざけるなよ。俺があの大男に勝てると思うのか!?)


 心の中で文句を言えば、如月がちろっと舌を出してごめんねのポーズをした。


 「任せたぞ、○○くんって一度でいいから言ってみたかったのよ~」


 ふざけるなよ、クソださ姫。

 密かに「舘前くんの実力なら勝てるよ」という言葉を期待していただけに、かなり腹立たしいし恥ずかしい。

 すると如月がハッとした様子で口元に手をやった。嫌な予感がする。


 「えっとぉ、舘前くんの実力なら……時間稼ぎはできるよ、うん。ごめんね、すぐ戻るから~!」

 「さっさと行け、馬鹿姫!」


 顔が熱い。こんなにも屈辱的な想いをしたのは初めてだ。

 この怒りをバネに敵を倒して、如月をあっと言わせてやる。

 小さくなった如月の背中を最後にもう一度睨みつけ、俺は大男と向き合った。


 「話はもう終わったか?」

 「ああ。さっさと殺ろうぜ」

 「カッカッカ~! 若いのぅ、気に入った。全力でお相手しよう!」

 

 ばさりと音を立てて外套を脱いだその男は、……どでかい熊だった。


 (はい?)


 「おっらぁぁあ!」

 「うわっ」

 

 鋭い鉤爪がギラリと光る張り手を寸前で躱す。

 素早く後退して距離をとるがすぐに間合いを詰められ攻撃される。躱して攻撃されての繰り返し。


 「カッカッカ~! 逃げてばかりでは俺は倒せんぞ~!」

 「ははは…」


 前言撤回だ。

 俺はとにかく時間稼ぎに徹するので、さっさと戻ってきてください、ご主人様。

 かくして俺の薔薇色の生活は始まった。




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薔薇色の世界 味噌野 魚 @uoma

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