アナタに贈るバラの花束

伊崎夢玖

第1話

「鈴木さーん、いつものお届け物でーす」


午後三時。

いつもの運送会社のお兄ちゃんが薔薇の花束を持ってやってきた。


今日でちょうど七日目。

平日に毎日薔薇の花束が届く。

違うのは、薔薇の色。


鈴木というのは、僕の先輩であり、教育係の人。

綺麗で、かわいくて、とても優しくて、頭がよくて、仕事が早い。

僕らがやれば、残業確定のような量の仕事も定時までにきっちり仕上げてしまう。

だからといって、周りに偉そうにしたりせず、「手伝えることある?」と分け隔てなく手を差し伸べる、まるで女神様のような人だ。

そんな先輩も最初こそ嬉しそうに受け取っていたが、今では恐怖の色が見える。


「今日は黒ですか…」

「さすがに限界…気持ち悪すぎ…。差出人さえ分かればここまで気持ち悪くないのに…。もうヤダ…」

「きっと花言葉で何かを伝えたいんじゃないですか?」

「………花言葉?」

「そうです。調べてみるので、少し待ってください」


インターネットブラウザを立ち上げ、「薔薇 色 花言葉」と入力する。

検索一覧の一番上のサイトを開く。


「一日目は黄色、二日目は紫、三日目はピンク、四日目はオレンジ、五日目は白、六日目は赤、そして今日七日目は黒………でしたよね?」


先輩はコクリと頷く。


「最初の黄色は、『愛の告白』。次は紫は『尊敬』。ピンクは、『愛の誓い』。オレンジは『絆』。白は『私はあなたに相応しい』。赤は『あなたを愛してます』。黒は『あなたはあくまで私のもの』という意味みたいです。あと、本数も意味があるみたいで、九本の薔薇は『いつも一緒にいよう』だそうです」

「それって………」


青い顔の先輩が呟く。

今にも倒れてしまいそうで心配になる。


「先輩のストーカーかと………」


フラリと先輩の体が倒れそうになるのを、自分の身を犠牲にしてキャッチする。

その時、ガタンと腰をデスクの角にぶつけ、痛みで顔が歪む。


「先輩………?」


痛みを堪えて、先輩に声を掛ける。

すると、ゆっくり意識を取り戻した先輩が泣きそうな声で話した。


「誰なんだろう?こんなことするの………。私を困らせて、楽しいのかな?苦しめて、楽しいのかな?目的が何なのか分かんなくて、怖いよ………」


僕に縋るように小さく震える先輩は、とても小さく感じた。

(先輩を守れるのは、今は自分だけ………!)

一歩引いてしまいそうになるのをグッと堪えて、先輩の小さな体を抱きしめる。

周りの視線が痛いが、今は弱っている先輩が優先だ。


「大丈夫ですよ、先輩。僕がついてます。先輩に危害を加える奴が現れたら、やっつけてやりますから」

「絶対?」

「絶対です」

「嘘ついたら?」

「針千本飲みます」

「………約束」


僕の腕の中の先輩が右手の小指を差し出してきた。

その小指にそっと自分の小指を絡ませ、指切りげんまんをする。

少し安心したのか、ふっと笑った先輩はいつもと変わらないように感じた。

しかし、倒れたのは事実。

どこもぶつけてはないと思うが、心配なので一応医務室へ連れて行く旨を部長に伝え、先輩に付き添うことにした。


「一人で行ける」と言う先輩に、心配だからと無理を言って付き添う。

部署を出る時、左腕につけているスマートウォッチがブブッと振動した。

腕を上げて、画面を確認する。

そこには『薔薇のご注文ありがとうございます。』とメールの件名が書かれていた。

ふふっと口元が緩みそうになるのを、必死に抑える。


何を隠そう、薔薇を毎日送りつけているのは僕。

先輩のことが好きで、好きで、好きすぎるけどうまく言葉にできないから、薔薇に思いを込めてあえて差出人不明にして送っている。

なぜなら、拒絶しているのは意識しているから。

何とも思っていなければ、拒絶なんて端からしない。

それだけで僕は満足だった。

先輩の意識に僕が刷り込まれているようで嬉しくてたまらないからだ。

きっと明日も薔薇が届いた時、先輩は嫌悪するだろう。

だとしても、僕は嬉しい。

たとえ気持ちが届かなくても、僕の人生は現在進行形で薔薇色だ………。


明日もここに薔薇がやって来る。

早く明日にならないかな。

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アナタに贈るバラの花束 伊崎夢玖 @mkmk_69

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