あのアニメのタイトルが出てこない

多田島もとは

あのアニメのタイトルが出てこない

 俺は放課後の教室で、窓からグラウンドを見下ろしながら思考をめぐらせていた。

 物憂げな表情で考えていることは、進学のことでも、恋愛のことでもない。

 

――あのアニメのタイトルが出てこない!


 当時好きだったアニメなので内容は良く覚えている。なのにタイトルだけがどうしても出てこない。

 教室から一人、また一人とクラスメイトが減るたびに焦燥感が増すばかりで、出そうで出ないタイトル名が喉元につっかえたまま時間だけが過ぎていく。


 他人からすればどうでも良い悩みだと思う。

 しかし、答えを出せないまま「まあいいか」と諦められるような人間なら、俺はこんなオタ……マニアにはなっていない。

 俺は片手で顔を覆い、更に深く記憶をたどる。


「何かお悩みですかな?」


 突然の声に一瞬驚いたが、動揺はしない。

 声の主には覚えがある。というか、こんな口調で話しかけてくる人間はあいつくらいなものだ。

 声のする方向に振り返ると、オタクを絵に描いたような男、有辺堂あるべどう 荒駆あれくがそこにいた。

 有辺堂はオタク趣味を隠すわけでもなく、わざとそう見えるよう振舞っている節がある、校内でも有名な変わり者だ。

 ちなみに“荒駆”は荒野を駆けるという意味らしい。


「何の用だ、有辺堂……俺は今取り込み中でな、急ぎでないなら明日にしてくれ」


「用というほどのものではありませんが、親友がお困りのようでしたので。お邪魔してしまいましたかな?」


 ”親友”か、こいつはオタク全開の見た目をしていて変に熱いところがある。

 こんな台詞を恥ずかしげもなく言える”親友”なら、俺のくだらない話も笑わずに聞いてくれるだろうか。


「いや、前に見たアニメのタイトルが出てこなくてな。内容は覚えているんだが……我がスキル“精神探索”マインドシーカーでも見つからんとは。クッ、どうやら相当強力なプロテクトが施されているらしい」


 俺は丁寧に今の状況を説明するのだが、身も蓋もないカウンターを食らう。


「内容がわかるんであればネットで調べれば済む話でござろう?」


「いや、それだと、その……負けた気がするだろ。何とか自力で思い出したい」


 こんな子供じみた本音を聞いても否定することなく、有辺堂は自分から協力を申し出てくれた。


「鈴木氏はストイックでござるな。そういうことであれば拙者も協力いたしますぞ」


 そう言うと有辺堂はメガネをくいっと持ち上げて不敵な笑みを浮かべる。

 なんだ、こいつ楽しんでいるのか。

 俺はやれやれのポーズで仕方なく協力させてやる感を装いながら申し出を受け入れる。


「早速でござるが、主人公の設定は覚えておられますかな?」


 俺は主人公の姿を思い浮かべると、ゆっくりと話し出す。


「ああ、日本ではない異世界……作品世界でも屈指の魔力を誇る主人公は闇に生きる存在……表社会では目立たぬように周囲を欺き、巨大な組織を率いていた……」


「ほほう、ダークヒーローものでしたか。で、どのような姿をしているでござるか?」


「フードを被り、ロングコートだったか……黒ずくめの姿をしていたな。強力な魔法で敵を圧倒するんだが実は剣の腕も相当でな……凄腕の剣士として姿を変えて表舞台に出てくる話もあったか」


 有辺堂は既にいくつか候補が思い浮かんでいるのか、的を絞り込んだ質問を投げかけてくる。


「もしかして名前に法則性のある仲間がいたのではござらんか?」


「その通りだ。アルファ、ベータ、ガンマ……ギリシャ文字のコードネームを持つ部下がいるな」


「その組織の仲間は、主人公の何気ない言葉を拡大解釈して、壮大な計画を勝手に進めたりしていたのでは?」


「そうなんだよ! 主人公の知らないところで計画がどんどん進められていく、そこが面白いんだよな。教団の打倒とか」


「法国の存在は無視できませんからなwww」


 有辺堂は確信を得たように笑う。もしかしてもう正解にたどり着いたのか?


「大体わかったでござるよ。主人公が転生する前の名前……日本での名前は氏と同じで間違いないでござるな?」


確かに主人公の日本での名前はだった。自分と同じ名前だったんで覚えている。


「そうだ、俺と同じ名前だ! すごいなお前、ランプの魔人か何かか?」


 それを聞いた有辺堂が満足げに続ける。


「ちなみに、メインヒロインの名前は拙者の名前に似ているでござるよwww」


 有辺堂あるべどう 荒駆あれく……あれく……アレクシ……あ! あの第二王女、そんな名前だったぞ確か!


「言われてみたらそうだ、確かに有辺堂に似てるな。しかし登場回が早かったからといって、あれがメインヒロインで本当に良いのか? 少しヤンデレすぎやしないか?」


「それも魅力のひとつでござろう。少々ギャグ要素もありますが、ご主人様が引くほどの愛情表現、忠誠心。あの関係性が良いのでござるよwww」


 あれか。犬みたいに扱われたいのか、有辺堂よ。

 ポチになって尻尾を振り、ご主人様にハァハァしたいのか?


「まあ、趣味は人それぞれだからな。俺は骨のご褒美を喜んだりしないが」


 有辺堂は証明完了Q.E.D.とでも言いたげな表情をしている。

 俺にとってこの状況は良くない。やつが簡単に導き出した正解に俺はまだたどり着けないでいる。

 このままヒントだけ与えられ、手のひらの上で転がされ続けるのは良い気分ではなさそうだ。

 もう正解を聞いて終わりにしよう。それが一番ダメージが少ない方法だ。


「降参だ、有辺堂。そろそろタイトルを教えてくれないか」


「まぁまぁ、拙者も協力いたしますゆえ、もう少し頑張ってみようではござらんか。自分の力で正解にたどり着いてこそ、達成感が得られるというものですぞ?」


 こいつ、まだ俺で遊びたいらしい。


「ちなみに鈴木氏はどのキャラ推しでござるか?」


「アルファだな。ああいうお姉さんぽいキャラは好きだな」


「なるほど、アルファ殿は姉妹の長女といった雰囲気ですからな」


「そうそう。しかもCV:瀬戸麻○美って、最高じゃないか」


「ちょっと待つでござる。アルファ殿は”ゆきんこ”でござろう? ”せとちゃん”はデルタ殿でござるよwww」


 有辺堂はチッチッチと指を振り、常識と言わんばかりに物言いをつけてくる。

 何言ってんだこいつ、デルタはCV:ファイ○ーズあいに決まってんだろ!

 アニメ全般の知識では有辺堂に分があるが、声優のことなら俺の方が詳しいはずだ。

 そんな俺を無視して有辺堂は勝手に話を続ける。


「何を隠そう拙者の推しはデルタ殿でござる。あの妹感がたまらんのでござるよwwwコポォ」


「妹か……確かにデルタには出来の悪い兄貴がいたなぁ」


「それは初耳でござるよ! デルタ殿にそんなドラ○ちゃんみたいな設定が……」


 激弱な兄貴がデルタに瞬殺されていたシーンがあったはずだと、記憶を確かめるようにうなずく。


「悔しいでござる!!! CZ21○8・Δシーゼットニイチ○ハチ・デルタちゃんに拙者の知らない設定があるとはあああああ!!」


「へー、ロボットみたいな名前だな。あの犬耳獣人」


「え?」

「え?」




 微妙な空気が場を支配する。

 何か変なことでも言ったのだろうか?

 ドラ○ちゃんとか言っていたが、もしかして猫耳獣人だったのか?

 確かに爪で引き裂いたりしていたような……


 俺は有辺堂と喧嘩をしたいわけでも、白黒つけてマウントを取りたいわけでもない。

 こいつは俺の貴重な友人……親友だ。

 タイトルが何だったかなんて、今となってはどうでもいい。

 同じアニメを同じ目線で熱く語れる。こんな最高なことがあるか! こんな最高なやつがいるか!

 なら今は存分に楽しもうじゃないか!


「すまん、俺の記憶違いのようだ。オープニングなら1期も2期も完璧に覚えているんだがな……」


「おっ、1期も2期も○xTの神曲でござったな! 拙者は1期のオープニングが超好きでござるよwww」


「俺も、サビの入りが最高だよな!」


「わかってるでござるな♪」


 不自然な流れになるのを覚悟して強引に話題を変えたのだが、有辺堂は何事もなかったかのように新たな流れに乗ってくれる。

 この奇跡のような時間を大切にしたいと思っているのは有辺堂も同じらしい。

 ああ、このまま歌いだしたい気分だ。いや、それもいいな!


「急になんだが、これからカラオケでもどうだ?」

「考えることは同じですな! 1期から順番にデュエットといきましょうぞ!」

「ああ、途中でリタイアするなよ?」

「鈴木氏こそwww」


 俺はスタイリッシュに鞄を担ぐと、有辺堂といつものカラオケボックスに向けて歩き出した。

 同じ歌を絶唱する俺と親友の姿を想像しながら。

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