裸の王様—―アーケード・エディション

むっしゅたそ

裸だったら何が悪い⁉

 童話作家ハンス・クリスチャン。アンデルセンが作った『裸の大様』というデンマークの有名な寓話がある。


 —―しかしこの王は違った。


「裸だったら何が悪い!」


 ――自分が裸である事に確固たる自覚があるのである。


 身につけているのは煌びやかな王冠のみ、それは細やかな金細工と、美しい宝石たちに湛えられており、一目で国王のそれと分かる。そして鍛え上げられた鋼の肉体は、ヘラクレスのように逞しく鍛え抜かれ、日光に焼かれ、健康的な褐色に染まっている。


 その風体は、さながらギリシア彫刻のような男性的美しさを有している。


 どこからどう見ても〝変態の露出狂〟だが、政の腕前は一流、凄腕。高尚な自然科学と哲学を修めながらも、偉大なる哲学者のように、人間を超越した存在を認め、王だからといって慢心せず、謙虚さを併せ持っていた。


 実に人格者で、弱者の気持ちに共感できる想像力を持ち、自らの健康に気を遣っているのも、あくまで良い王国を継続させる、国民を幸福にするためである。


 この〝裸の王〟が玉座についてからというもの、貧困に喘ぐたみは減り、麻薬や売春、反社会勢力に対する取り締まりも徹底され、実に住みやすく、国民の幸福度は高く、素晴らしい王国になった。


「で、でも、あの王、へ……」


 そこまで言いそうになった一人の男は、唾とともに、言葉を飲み込んだ。


 この国王は〝言論弾圧〟を一切しない上、自分の事を仮に〝変態〟だと国民に評されども、笑って許してしまうだろう。そんな人格者を変態などと罵る事が、いかに道理にかなっていない惨めな恥ずべき行為か、察したからだった。


 とはいえ、完全無欠な人間などいないし、人として生まれてきた以上は、必ず欠点があるものだ。


 しかし〝粗探し〟をやる悪癖を持った人間が、どこの世界にも居るものだ。毒舌の貴族が、今日も王の演説を聴きながら、彼の欠点が致命的に露呈してしまうのを、芸能人のゴシップ記事を探すマスコミニティのように探っていた。


 しかしその貴族は露出癖以外での王の欠点を、中々見つける事ができず歯がみしていた。


 それに、いかに寛大な王とはいえ、余りに無礼を働いた者には、王のザ・ガバメント・パワーを知らしめるため、鉄拳制裁を加えることがあるからだ。


「……ぐ……大様の権力と、大様の筋力が怖くて……」


 小声でそう呟いて、貴族は今日も王のその偉大なる力に屈した。彼にとっては、まるで動物のようにただ裸で権力を誇示しているだけの人間に、どうする事も出来ない自分を認めることは、今までの人生で味わってきたいかなる敗北よりも、より一層敗北感があった。


 貴族がもう諦めていた頃、老害的保守派の王の家臣も歯がみしていた。


 —―今日も裸の王様を見過ごすしかなかった、と。


 せめてもの箴言として、「最低でも王としての象徴である王冠だけはつけてくれ」と申し出た事をまことに悔やんでいた。


 多分マントもつけてくれと言ったら、更に変態的になるし、全身を正装にしてくれと言っても〝どうせ〟ドヤ顔で断られるのだ。


「ほう、この愉悦が解らんか? 中には頬を赤く染めているおなごなどおるではないか?」


 そんな事を言って、彼はボディビルダーのようにカットの入った肉体に力を入れて、背筋を隆起させた。その背中は、実に大きく、機能美に満ちていた。少年期に父の背中に感じる感情。それを更に偉大にしたような感情を覚えずには居られないもの。決して超えることの出来ない大きな大きな背中だった。


 駄目だこの王は……、これさえ、これさえなければ。そう心中で嘆きながら保守派の家臣は王の〝絵図〟を見て胃をキリキリと痛めた。……隣の保守派の政治家も耳元で囁いた。


「国王として、せめて王冠だけでも被ってくれと言った私が間違いだった……王冠のせいで、余計変態っぽさが増している」


 王はハリウッド映画の吹き替え声優のような素晴らしい美声で、オーバーキル的なカリスマ的演説を行っていた。


 王の言っていた通り、若いおなごはキャアキャア言いながら両手で顔を隠して赤くなっている。しかし彼女たちの両手の中指と薬指の間に、視界を確保出来るだけの〝隙間〟が必ずあるのだ。


 王は、まだ若い上に、超絶イケメンでもあるのだ。しかもただの美男子ではなく、理知的で少し影のある少しオトナな雰囲気が、まだ若い王に〝貫禄〟すら与えていた。


 清少納言が「坊主は美声で美形に限る」と言ったが、宗教儀式・政治儀式にも、〝エンターテイメント性〟は絶対に要るということか。アメリカの大統領は背が低ければなれない。そういう意味でも、王としての外見的、容姿的資質すら、彼は供えていた。


 王の演説がクライマックスを迎え、拍手が起こり、国民たちが自国とその王を称え、寛大な拍手の渦を贈り届けた。


 それが終わり、少し経つと、まるで名作小説を読み終えた時のような、心地よい〝無音の余韻〟に包まれた。


 ――カリスマ。


 そんな中、圧倒的な存在として国民の前に立つ王に対して、一人の少年だけがてくてくと歩いて行った。


 その歩みは、「勇気」故の歩みではなく、「無知」故の歩みであることは、誰の目にも明確に分かった。


 〝あってはならない事故が起きる〟そんな民衆の懸念が脳裏をよぎったのと同時に

 ―……、


 ――少年は指を刺した。


 唯一無二の国王に向かって。


 指さした上に、無邪気に笑った。


「わー、あの王様、素っ裸だ!」


 ――全員の表情が固まった。いかに寛大とはいえ、国の最高権力者。そんな相手に一匹のガキが、指をさして罵倒したのだ。イギリスでは、「自由意志」の哲学が進歩していたから、人に噛みついた犬を処罰したりはしない。罪は人を噛むように育てたおやい主に向く。


 王はどのように処置するのか。皆、固唾を飲んで見守っていた。


 王は玉座から、


 ゆっくり歩いて降りてきて、


 掌で、少年の頭を掴んだ。


 二の腕から肩関節にかけて筋肉が隆起している。


「せやろ、坊主! おめえ才能あるよ。努力すれば絶対うまく行くよ!」


 王はその掌で少年の頭を撫でて、屈託なく笑った。

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