第48話 南京革命
皇軍省統合参謀本部。
北支作戦の会議は1週間にも渡り続いていたが、途中西澤にも発言の機会が与えたれたので持論を披露することになった。
「支那事変の最大の失敗は、大きく3つあります。1つ目は意思統一がされていなかったこと、そもそも内閣自体が南京を攻略すれば蒋介石は講話するという甘い見通しだったのもありますが、具体的に何のために派兵をし占領地を拡大したのかと問われると、人それぞれ全く別の答えが返ってきます。しかし一致するのは、現実的な終着点が存在せず、それぞれが雑多に主張することを取り敢えず実施したという印象です。政府も軍も明確な目標を持たずに、世論と強硬派に流されるがままに無闇に事態を拡大させてしまったというのが妥当なところでしょうか」
実際の所、支那事変の折に行われた作戦の大半は、『国民革命軍の戦力に打撃を与えるため』『蒋介石政府を揺動させるため』『匪賊の討伐を行うため』などなど、国民革命軍に打撃を与え蒋介石政府を講話に引きずりだす名目のものであるが、やはりその目論見は何らかの根拠がある訳でもなく、ひたすら打撃を与えたら講話するだろうという楽観的な予想に依るものである。
なお当事者である近衛首相も黙って耳を傾けていた。
「2つ目は国民革命軍の実力を侮っていたことです、各地で発生した会戦は勝利に終わっていますが単純に人口比で4倍の国民を中国は有していますから、要するに自軍の損害の4倍の敵を殲滅してようやく互角と言える訳です。支那事変で国民革命軍や紅軍に与えた損害は70万と見積もられていますが、これでも総人口の0.1%に、総兵力の2割に過ぎません。国民革命軍は前近代的で装備も一昔前のもの、統率も上手く出来ていたとは言えず、数倍規模の戦力差がありながら我が軍の快勝に終わった例も多々あります、それが我々の目を狂わせました。戦果の頭数だけで勝利と判断するのは迂闊でしょう、それに加えて憲兵隊の範が及ばない部隊では現地民に対する
「3つ目は戦線の拡大と占領地域の増加に伴う、兵力の希薄化と分散です。我々が作戦を行う度に占領地域は増えましたが、それによって戦線も長くなりました、兵力の分散と大量の人民を配下に抱えることはゲリラ攻撃の格好の的です。また、兵力が分散したため部隊が各個撃破された例も存在し、事実中支那方面軍はそれを防ぐ苦肉の策として鉄道路線と主要都市、戦線に部隊を集中させ、占領地に対しては治安維持部隊である独立混成旅団を僅かですが配置しました。点と線とはこのこと、鉄道路線の間には巨大な空洞、支配が及んでいない地域が点在し、これは共産党勢力の増長に直結しました。また、中支におけるクリークと泥地、網目のようにある河川の存在は迅速な進撃の大きな妨げとなります、山岳についても同様で、馬匹や自動貨車は基本兵器の輸送に使われたため兵士は徒歩で行軍せざるを得ませんでした。肝心の戦闘を前に兵士の体力を損耗させ、また兵站が不十分なため満足に弾薬、食料も届かない、徴発で現地調達するしか道がなく更に敵を増やすことにも繋がる。これは由々しきことだと考えます」
西澤の持論は以上である、これはあくまでも支那事変の改善点であって、今問題になっていることではない。
「それで、改善策、打開策は用意できているのか?」
近衛首相はそう問う、答えたのは寺内陸軍長官である。
「はい、2次に渡るノモンハン事件で活躍した第六軍を再編し、より戦車部隊の運用に特化した機甲軍として、作戦開始時に設置する北支那支方面軍に編入します。機甲軍は戦車師団(独立混成第一師団相当)4個から成り、16個戦車連隊、定数では凡そ1200両の戦車、砲戦車を運用し、更に各戦車師団は機動歩兵連隊を有し、これもまた4個連隊で装甲自動貨車、新型装甲兵車を計500両、砲兵連隊も同様に自走砲150両ほどを有します。北支那方面軍には機甲軍以外に8個の歩兵師団も有し、これらの捜索隊所属の装甲車も含めると北支那方面軍全体で2000両弱の装甲戦闘車両を保有しており、平坦な北支平原を機械の脚をもって極めて迅速に攻略し得ます。架橋戦車も十分に用意しており、また機動工兵連隊も多数投入されます。敵軍が退却するのよりも早く北支地域一帯を鉄道の沿線を中心に攻略し、包囲した敵軍を戦車の火力で潰します。できる限り短期間で作戦を行うことで、国内経済や兵站への負担を最小限に抑えるということです。必要に応じて要所には挺進団を投入し、また沿岸地域においては海軍の空母艦載機の支援を受けます」
米内長官が代わって説明をする。
「海軍からは支那派遣艦隊として第一、第二航空戦隊の空母『赤城』『加賀』『飛龍』『蒼龍』、第四航空戦隊の『龍驤』他、第二艦隊から抽出した巡洋艦、駆逐艦を黄海に展開させます」
完熟訓練中の「翔鶴」「瑞鶴」、訓練空母の「鳳翔」を除けば帝国海軍が保有する就役中の全ての空母を支那派遣艦隊に編入するという訳である、実際紅軍は航空機などほぼ保有していないので限りなく訓練に近い実戦のようなものだが、それでも五隻の空母を同時投入するのは前代未聞であった。
「また現在国会で審議中の『国家総動員法』が可決した暁には、民間船を徴用し迅速に物資の輸送を行うことが可能になるでしょう」
新体制派が多数を占めている国会である、法案は間もなく可決されるだろう。国内のありとあらゆるものを国家が徴発することが可能になるという、政府の権限を強化する横暴極まりないものではあるが、そもそも新体制運動はより強固な国体の達成を目指しており、これもまた一環に過ぎない。
政党を1つに統一するという話や、政府の権限を更に強化するという話もある。西澤にとって兵器の生産が前よりも総力を挙げて出来るようになることは歓迎できることである、これを利用しない手は無かった。
「軍需局長として、近衛首相に提言がございます」
「...よかろう、話せ」
近衛首相に一瞬警戒心を向けられた気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「国家総動員法に関して、軍需局としてはより効率的な軍需品の生産、調達、管理を行うために、軍需省の設置を提言致します」
※ ※ ※
3月30日、中国、南京市。
日中両軍の激戦地となった南京は、城壁や城塞には痛々しい傷跡が残り、未だなお相当数の市民がバラックや粗末な小屋で暮らしていた。首都が重慶に移った現在、南京含む江蘇省や山東省は半ば現地の軍司令や省長が自治を行っている状態であり、蒋介石側についてはいるものの忠誠心の欠片も無かった。
先の日本軍の侵攻に伴い、国民革命軍の焦土作戦で街を焼き払われ、更に戦闘によって破壊されるという惨禍を経験していたそれらの省の人民にとって、求めているものは平和であり、安定であり、豊かな生活だった。汪兆銘はそれに訴えた。
「親愛なる中夏の同志たちよ、今こそ共に立ち上がり、この地に平和をもたらす時である。和平、協倭、反共! 偉大なる孫文の三民主義は、ここに汪兆銘が掲ぐものこそが正当であり、蒋介石の虚言とは意を異なる真に受け継がれたものであるのだ」
日本軍占領期からの省長、陳則民が決断したことで江蘇省は汪兆銘についた。ハノイから数多の協力者の助力を得て南京へとたどり着いた汪兆銘は、汪兆銘側についた現地の国民革命軍を率いて南京城へと入城した。
市民はこのことに歓喜し、また中国情勢の新たな転機を納めようと多くの国々の記者などが南京に集まった。南京城で行われる建国宣言には、10万人を超える聴衆が集まっていた。
「ここに汪兆銘の名を持って、国民政府の正当なる継承者はこの南京国民政府であることを定め、ここに汪兆銘を主席に中華民国国民政府の樹立を宣言する。日本には蒋介石ではなく我々が中華における唯一の正統政府であることを主張し、速かな上海条約第12条の履行、満州国を自治区として編入することを求める!」
その言葉に聴衆が一気に沸き立つ。民は弱気な指導者など求めていない、このぐらいは必要だ、それが協力者の汪兆銘に対する助言だった。
だから、協力者達にとっての真の目的を表に出すことは、汪兆銘は今まで避けてきた。日本に対する憎悪の感情は誰もが持っているものであり、それを最初から主張していれば漢奸と言われかねない。
汪兆銘に、民衆から裏切り者と罵られる覚悟は既に出来ていた。汪兆銘はマイクを固く握りしめると、意を決して言った。
「また、華中地域へ南下し勢力を広げている共匪の脅威は深刻なものである。よって、中華民国政府は大日本帝国に対し、上海条約の迅速な履行のために剿匪軍の派遣を要請する!」
〈第二章完〉
第三章へ続く
※更新休止(半年間)のお知らせ
量産主義の帝国軍 波斗 @3710minat
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