最終話

 「隣いいですか?」

 「……はい…どうぞ」


 今日も俺は駅のホームで酒を飲んでいる。


 「不思議な感覚ですね。また会えるなんて思ってませんでした」


 俺と近いし歳の女性。俺はこの女性を……。


 「私のこと憶えてますか?」

 「……一応」

 「一応って。まぁ、一時の関係でしたもんね」


 素敵な笑顔で明るく話す。


 「ちょっと探しましたよ。とりあえず出会った路線の駅は制覇しました。まさか乗り換えているとは思いませんでした。何で教えてくれなかったんですか?」

 「……なんでって。あの時は仕事の関係で……。で、何でここへ来たんですか?」

 「貴方に会いに来たからです」


 自信満々の笑み。そういえばこの人はこんな感じだったな……。


 「今宵は時間がありますか?」

 「……ありますよ」


 今日はちょっと長くなりそうだ。




 「僕は統合失調症です。今もクスリを飲まなければ俗に言う“ヤバい人”になります。電車の中で変な行動を取り、独り言をぶつぶつ呟く。あれが僕でした」


 「そうだね。チェックは駅近の精神病院でわかったよ。もしかしてって思ってたし、何ならそっち系だと思ってたけど実際に探すとなるとね」


 「はい。ここは病院から近いですから、似たような人が来るんです。誰かを亡くして患ってしまった人。ストレスの影響で病んでしまった人。僕みたいにある日突然陥ってしまった人。症状、状態、原因。僕にとって違うって判断できますが、周りからは“ヤバい人”と一括りされるようです」


 徒歩十分。ここら辺で唯一の精神科病棟がある。優しく言えば心の病気。だけどそれは小学生までで、それ以降は“ヤバい人”で括られる。鬱やストレスで検診する軽い人もいるけど、ちょっとヤバくなり始めた人もいる。


 「不思議ですね。一概にヤバいとは限らないのに」


 「でもまあ僕でもヤバいって思ってしまいます。僕は幻覚と幻聴が酷かったですね。僕には二人の友達が居ました。一人は仲の良い会社の同期です。メガネを掛けたちょっと変態なやつ。そいつとはちがう部署だったんですけどたまたま仲良くなってそれで、話しているうちに通勤と退社も一緒にするようになりました」


 社会に出て初めて出来た親友。妙に趣味も似ていて、電車の中でもちょっとした猥談も話したものだ。


 「いつも一緒で、会社では部署が違うのであまり話していませんでしたが、しょっちゅう僕の家にも泊まっていて」


 違う路線の電車が通り過ぎる。ものすごいスピードで走っているからか通過する音で自分の世界が閉ざされる。


 「……そいつはコレでした」


 俺は親友をゴミ箱へ捨てる。


 「いつからだったらかは分かりません。症状の一種と言われましても僕にとっては本物でした。嘘だと思って探したものです。ですが、周りからは缶を持った酔っ払いと認識されていました」


 「ふふ。ちょっとユニークでしたよ」


 「ネットでは糖質になってみたいと書かれていますけど、それは偽物だと分かっているから言えるんです。確かにファンタジーみたいな感覚でしたけど、僕は浦島太郎になった気分でした」


 気づいたら時間が進んでいて、知っている人が誰も存在してなかった。


 「僕は軽い部類でした。直接誰か被害を与えてはいません。なのに、僕はクスリによって親友を消されました。僕は治療が必要だったんですか?僕の世界は間違っていましたか?働いていますし、ちゃんと業務もこなしています。ただ独り言が酷かった。それだけです」


 十分迷惑たり得るだろうけど、それでも。


 「僕にとっては本物でした。例え病気だったとしても彼らは存在していました。笑い合って、愚痴り合って、夜通し飲み合って。僕は普通ではなかったのでしょうか」


 電車のトビラが閉まる。乗務員の掛け声が、ギリギリ間に合わなかったリーマンを煽っているように感じる。


 「……二人友達が居たって言いましたよね。もう一人の方は?」


 「たまたま電車の中で知り合いになりました。おっさんに絡まれていたので、それを親友と助けたのがきっかけです。それから仲良くなって、でも帰りの電車だけで、あの時は近くの支社へ行けと命令がありましたから」


 恐らくヤバい奴としてこれ以上面倒を見切れないってことだろう。今更だけど他の社員は俺と話してなかったな。


 「薬を飲んでも完治する訳ではないです。僕は……誰が現実で誰が幻だったのか判りません。もしかしたら本当に誰かと飲んでいたのかもしれませんけど、飲んでいるの姿を見て妄想の中の話していたのかもしれません」


 現実と妄想の区別。俺の場合は部分的に出来てはいたけど、俺自身もどこから幻覚だったのかは今でも実感出来ていない。


 「……私は判りますか?」

 「……自信はないです」

 「なら」


 不敵な笑みを覗かせ、電車の中へと入っていく。


 「貴方はどちらを選びますか。普通じゃないかもしれないけど本物だと思える相手がいる世界。それとも、もう一人の友達が現実にいるかもしれない世界。幸せな世界と幸せにもなれる世界。貴方はどちらを待ち望みますか?」


 「……僕は……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 「なあ、なんでああいう人って家にも帰らずあんなところで飲んでるんだ?」

 「さあな。家じゃなくてもせめて店行って飲めよって思うよな」


 スーツを着込んだ就活生。俺もその時代はそう思ってたな。


 「でも、ちょっと楽しそうじゃね」

 「そうか?」


 【まもなく一番線に普通○○行きが……】


 「待った?」

 「ちょっとね」

 「えぇー」


 今日も俺たちは駅のホームで酒を飲む。 


 


 


 

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駅のホームで酒を飲む。 砂漠ありけり @ngoro

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