一秒のノイズ

藤泉都理

一秒のノイズ




 現在全宇宙を支配している帝国軍と、帝国軍に対抗する小さな組織の解放軍が、表立っては戦争はしていないものの、裏では消耗させよう潰そうと、あれやこれやと情報戦を張り巡らせたり補給を断たせたりと、互いに小細工をしかけている最中の出来事であった。






 裏切っているぞ。

 情報部の知人から暗号通信で連絡が来た。

 おまえの弟子が裏切っているぞ。


 何を莫迦な。

 エスパーの絃葉げんようは鼻で笑った。

 私の弟子が何故私たち解放軍を裏切る必要がある。

 食い物だろ。

 情報部の知人は即答した。


「常に食べる物に困る我々と違い、帝国軍は食料が掃いて捨てるほどあるという。空腹に耐えかねて裏切った者など、それこそ掃いて捨てるほど居ただろう。おまえの弟子も違うと何故断言できる? ああ、なるほど。その自信は常に弟子の心を読んでいたからか? だが、心を偽る術を弟子が心得ている可能性もある以上、そんなものは裏切っていない証拠にはならん」

玄涯げんがい

「兎に角。我々解放軍は裏切り者を決して赦さない。今、粛清部隊が弟子の元へと向かった。場所は、ゴミ捨て場だ」

「………っは。優しいな。玄涯。こういう時は弟子の死体を持って来るのが、セオリーだろう。それをわざわざ私に今から処分すると連絡をくれるとは。まるで。いや。いい」


 絃葉は暗号通信を切っては、テレポーテーションで弟子である乃碧のあの元へと向かった。


(玄涯との暗号通信不規則な一秒のノイズがあった。本人と考えていいだろう。だとしたら乃碧は本当に、)











「師匠。師匠師匠師匠。申し訳ございません!!! おなか。おなかが。空いて。もう。死んでもいいやって思って。たんです。このまま解放軍の為に死のうって。決めていた通りに。でも。いざ。いざ。目の前に黒いパンをちらつかせられたらもう。もう。僕は。申し訳ございません!!! 師匠。師匠。僕を粛清してください!!! 粛清されるなら僕は師匠に「だから。抵抗したのか? だから、粛清部隊を全滅させたのか? 私に粛清される為に。私以外の者を手にかけたのか?」


 絃葉の胸に縋る乃碧の身体も、一帯のコンクリートの地面も、二人に迫りくる無数のコンクリートの建物も、赤黒い血に染まる。咽ぶほどに充満した、血の臭い。

 ツキツキズキズキ、と、身体中のあちらこちらに痛みが生じる。


 ツキツキズキズキ。

 ツキツキズキズキ。

 ツキツキズキズキ。


 まるでノイズだな。

 身体に生じた、一秒のノイズ。

 徐々に徐々に、身体を侵す、過ちを犯す、崩壊へと導く、一秒のノイズ。


(これが狙いだったのだろう。が、)


 絃葉は微笑を浮かべてのち、テレパシーで乃碧に話しかけた。



















「持って来たか」

「ああ」


 絃葉と玄涯のみが知る未開発の惑星にて。

 絃葉は肩に担いでいた遺体を漆黒の地面へと下ろした。

 やさしく、そっと


「乃碧。の、偽者の遺体だ。洗脳を解こうとしたら、脳に埋め込まれた小型爆弾で殺された」

「帝国軍はよほど最強のエスパーであるおまえを弱体化させたいらしい。こんなまわりくどい事をして、じわじわとダメージを与えようってな………本当なら、弟子を俺たちが保護できたならいいんだがな。裏切り者がわんさか居てどうにも」

「いや。私が結界で幾重に囲っていても、勝手に飛び出してしまうおてんばな弟子だからしょうがない。はあ。まったく。どこに行ったんだか」

「そう言えば、どうやって。いや。いい。じゃあ、弟子捜し。がんばれよっっと」


 玄涯は絃葉の細く薄い背中を思いっきり叩いた。

 絃葉は玄涯を痛いと睨みつけてのち、テレポーテーションで弟子を捜しに行ったのであった。


(どうやって、乃碧が偽者だと分かったんだ? なんて、尋ねるのは野暮だよな。俺たちの一秒のノイズがあるように、おまえたちにもきっとあるんだろうよ)


 玄涯はしゃがみ込んでは、名も知らぬ人間へと手を合わせたのであった。











(2025.1.15)



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一秒のノイズ 藤泉都理 @fujitori

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