第12話・事件

「さっさと答えろ!」

「……ッ」


バチンっと乾いた音が響き、ドクの頬が叩かれた。その反動でかけていた眼鏡がズレ落ちて床に飛んだ。


「兄貴、あんま顔はやめときましょう。勿体ないですから」

「なんだお前、こういう顔が好みか?」


そう言って、目の前で繰り広げられる下品な会話。と、その奥でもう一人の男がドクのスマートフォンのロック解除に悪戦苦闘している。


ジンっと打たれた頬が熱を持つが、無遠慮に伸びて来た手が、叩かれて赤くなったドクの頬と顎をグッと掴み品定めするみたいな眼で「こういう顔」と言った。


白い頬と切れた唇の端から血の滲む赤い唇をドクはムスッと閉じて開かず、ただ忌々しそうに睨み返すだけに留める。

と言うのもドクの両手足は椅子に縛り付けられていたが、口は塞がれていなかった。それは、彼らがドクから聞き出したいことがあるからだろう。




夜。サーシャと別れ、ホテルへ帰るドクの背にその手は忍び寄った。厳密には「ぁ」と言うぐらいの間はあったが、薬品を染み込ませたハンカチで口と鼻を塞がれ、ガタイの良い男に組み付かれる。


相手の目的が何だろうか?と考える間に、ドクは路地横に停めてあったバンに引きづり込まれて拉致されていた。


単なる物取りよりは大掛かりな犯行で、バンが向かったのは川沿いの廃屋だ。ドクが逃げないように拘束はするものの、その目隠しをしないあたりでドクはこの男達が最初からドクを帰す気は無いことを感じ取っていた。


運転手もあわせて5人。

それなりに連携された動きから昨日今日で出来たチームでは無いと察する。特に抵抗する様子を見せないドクに、男達はすっかりドクが怯えてしまったと思ったようだ。


バンを外に停め、廃屋の中に連れられて、手近な椅子に拘束されたドクのコートのポケットから財布とスマートフォンを奪って、男達が興味を示したのは金銭ではなくスマートフォンの方だった。


パスコードを教えろとドクに迫る理由は何なのか。ドクが大人しくしているのはもちろん怯えたからではなく、単に相手の目的を知る必要があるからだ。


小人の1人として。

これがドク自身が買った恨みであるならば良いのだが、他の小人や、ましてや白雪姫に繋がる問題であるならば、ドクは出来る限り相手や敵の正体を探らなければならない。


他の仲間に比べると万年引き篭もりがちのドクはあまり荒事には向いていない。けれども、信奉心も高いので自身の身や怪我を恐れる様な性質でも無かった。


じっと相手を睨んだドクの紅い眼は、ドクを殴りつける男を見た。眼鏡が飛んだせいで視界が少々悪いが、何も答えないドクに男は痺れを切らせ、さらに顔を無理やり起こすように長い髪を掴んで引っ張られる。


「おぃ、兄ちゃん。これ以上痛い思いしたくなかったら素直に吐け」

「連れの連絡先を教えるだけで良いんだよ」


そう左右から言葉をかけられドクはようやく男達の目的の一端を掴んだ。別に財布にもスマートフォンにも、ドクが何者であるかの情報は一切入っていないが、どうやら相手の目的はドク本人では無いらしい。


脅すつもりか、片方の男がドクの頬を銃で撫ぜた。この、男達の言う「連れ」に該当する人物にそもそも心当たりが無いのだが、直前まで一緒にいたのはサーシャである。


『どう思います?』

『十中八九そうなんじゃないの?』


男達の目にどう映っているのかは知らないがドクの内心は至極冷静であった。場合によっては小人達に警笛を鳴らす必要があるので、後ろから羽交い絞めにされた瞬間からドクは自身の視界をラボに留守番でいるゲルプに繋いでいたが、その脳内での問いかけにゲルプは呆れた調子で答えた。


『まぁ、アイツも色んな事に首を突っ込んでそうだったし。敵の10人や20人いても驚かないでしょ?』


軽快な返事をしながらもゲルプが男達の身元をラボの端末で照合にかけてくれてはいるようだ。

特にロートを通じて得ているマフィアンコミュニティ関係と顔認証をかければその内に誰か一人ぐらいはヒットするかもしれない。


この5人がチームの全員であるなら良いのだが、黒幕や他のメンバーがいないかも含めて、ドクは調査を求めた。


「どうします?」

「ビビっちまって声もでねぇってか?」


しゅるりとドクの首元のリボンが解かれた。

プチンっとボタンを外されて肌を撫でる銃がつっと上から下に滑る。


『マイナス50点』

『そもそも加点要素ありました?』


『無いね。馬鹿なんじゃない?』


ドクの身に起きている事態とは裏腹に、ドクの頭の中に聞こえるゲルプの声はひどく冷淡で、その男達の行動にずばりと手厳しい評価を下す。本当に情報が欲しいなら、勿体つけてないでさっさとやれと言いたげにゲルプは男達を鼻で嗤う。


「しょうがねぇ、ちょっと口を軽くしてやる」


そう言って脳内とは裏腹に現実では黙ったままのドクに対して、ひとりの男が懐から何やら道具を取り出した。

眼鏡が無いため、何の薬かまでは読めなかったが、注射器に移されたその薬の効果は自白作用のある鎮静剤か、それとも催淫効果のあるドラッグか。


「…ッ」

「なーに、すぐに気持ちよくなるさ」


顎を掴まれ、ぐっと顔を仰け反らされてその針は頸動脈に差し入れられた。口ぶりから多分、後者だろうと察するがまだドクは動かない。


『量は?』

『一晩飛ぶぐらいじゃないですか?』


『助けは?』

『要ると思います?』


7人の小人の結束は固くとも、各々が個性派ぞろいでもあるため、多少の事は自力で解決するのが小人達だ。

普通の人間であればそれなりに不味い事態でも、小人達の場合は課せられた運命から潜った修羅場の数が違う。


「んっ」


薬が全て血中に注がれて、針が抜かれる頃にはドクの気分は最悪だった。傾ぐ頭で視界に男達を捉える。

いまこの室内にいるのは3名だけで後の2人は外の見張りとバンの中にいるのだろう。


『ビンゴ!…お待たせ、出たよ』

『それで、目的は?』


『狙いはサーシャ。正確には前にサーシャが盗んだPCの中にある隠し金庫の場所だろうね』

『当の持ち主の本人はコミュニティに消されたんじゃなかったですか?』


『だから、持ち主のいなくなった隠し金庫を下っ端連中のこいつ等がガメてやろうとしてんじゃないの?』


世の中、欲に眼が眩むのは誰しもにありがちな事だった。狙いがドクや小人達でなく、サーシャの持つ情報であるとするなら、さながらドクはサーシャの知人や深い仲だと誤解して人質にでもしようと考えたのかもしれない。


あまりにもお粗末すぎる計画だが、本当に賢ければこんな方法は取らないので、ドクはゲルプがした酷評にひどく同意した。


『なら、もう動いてよさそうです?』

『いいよ、後片付けぐらいは手配しといてあげる』


リーダーとしてゲルプはGOサインを出した。


「はぁ」


頭の中で会話を終えるとドクは静かに息を吐き出した。さすがに自身の息が熱い。これは翌日まで尾を引きそうだと思いながらもドクは自身の肉体に「力」を通した。


見た目通りと言うべきか、ドクは小人達の中では頭脳派で、あまり肉弾戦は得意な方では無いのだが、それでも共通した能力は勿論。魔術で一時的に肉体を強化すればドクぐらいの力でも自力で括られた縄を千切るくらいは容易にできた。


その反動で翌日にひどい筋肉痛に苛まれることは覚悟して、プチンっと縄を千切るとドクはすぐ右隣にいた男の後頭部を掴み、その顔面に向かって容赦なく膝蹴りを入れた。


ゴツッと骨が砕ける音がするが、強化してる方のドクにはダメージは入らない。かわりに体内に入れられた薬の巡りはより早くなるので、零れる息だけが苦しく熱い。


その眼にも止まらぬ早業にもう一人の男が気づいた時には、ボキンっと自身の首の骨が折れていた。


「おゃ…」

『お前、加減ミスってない?』


「失敬」


相手の襟首をつかむはずが距離感をミスってしまったのは仕方がなかった。眼鏡が無いせいでドクの目つきはいつもより数倍悪かったが、そもそもは男たちのせいである。


頭の中で呆れた声のゲルプに答えながらドクは床を蹴って最後の一人に飛び掛かった。ドクの辞書に手加減や容赦と言う文字は無いので、ゴツっと勢いのままに床に蹴り倒した相手の頭をしゃがみ掴んで、ガンガンと2度ほど床に打ち付ければ相手はピクリとも動かなくなった。


残る敵は外にいるはずの後2人と、立ち上がったドクが先に眼鏡を拾おうとして、すぐ背後に突如沸き上がった気配に振り向けば、自身の伸ばした手刀をギリギリの所で避けた相手の声がした。


「っ!?」

「…!!」


「…?」

「待ってー、待って」


それはつい数時間ほど前まで確かに聞き覚えのあった声で、一触即発と言う空気の中、互いに見つめ合った眼差しはしかと相手の姿を捉えた。

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白雪姫は7人の小人の夢を見るのか 無人(ナハト) @nacht-as

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