第2話 行く先

気が付けば私は児童相談所にいた。

警察で話を聞かれ、家に帰すわけにはいかないと思われたのか、児童相談所に併設された一時保護所に送られることとなった。

下の階では楽しそうに遊ぶ子供たちの声が響いていた。

一方で私は2階の個室で1人。

人との話し方をどんどんと忘れている。

担当のケースワーカーや心理士とも、最低限しか話せず、声を出すことも怖くなっていた。

ある時、ケースワーカーから手紙を渡された。

「これ、栞奈ちゃん宛の手紙……裁判所からだって」

「裁判所……」

おもわずポツリと呟く。

あの時万引きした店が、被害届を提出したそうだ。

3月31日。

その日が裁判の予定だった。

「そっか、裁判……なんだ」

今まで理解できていなかった、事の重大さにようやく気が付く。

その日はパパやケースワーカー、担任の先生までもが来るらしい。


裁判に向けて、裁判官が判決を下す為の準備として裁判所に呼ばれた。

私がやった事、家庭事情などを事細かに質問された。

「家族構成は、あなたと父と妹……母親は?」

「いません。小3の頃に、離婚しました」

「母親について行こうとは思わなかったんですか?」

「ついて行けなかったんです。私たちが寝ている間に、勝手に出て行ったので」

言いたくもないような家庭環境のこと、それも全て言わなくてはならないこの時間が、とても長く感じられた。


「裁判での判決は、主に5通りあるの。無罪として家に帰る、保護観察処分になる、児童養護施設に行く、児童自立支援施設に行く、そして少年刑務所に行く。たぶん栞奈ちゃんは、養護か児自立になると思う」

その尋問のあと、私はケースワーカーと中山さんと処分について話し合っていた。

よくドラマやニュースなどで見る裁判とは違い、傍聴者はおらず、裁判官や家族などの関係者のみで行われるらしい。

「まあ少年刑務所に行くことは絶対ないと思う。それに、家に帰ることも。栞奈ちゃん、帰りたくないんだもんね」

「……」

私は何も答えなかった。

正直、家に帰るという選択肢はあまりない。

帰ってもどうせまた毎日怒られる日々、家政婦のような扱いをされるから。

それならいっそのこと施設に行ってしまった方が楽なんじゃないか。

不思議とそう思っていた。

「とりあえず、そういうことだからね。また来週話そうか。それまでに色々考えておいてね」

「……はい」

面談が終わり、自分の部屋へと一緒に向かう。

そして別れる時、中山さんが口を開いた。

「大丈夫だよ。私はいつまでも栞奈ちゃんの味方でいるからね」

「……!」

私はハッとして顔を上げた。

どこかでこのセリフを聞いたことがある。

私に向けて、誰かが言ったセリフ。

でも思い出せない。

「じゃあまたね」

「あ……また、来週」

悩んでる内に、中山さんは帰ってしまった。

中山さんはいつも優しく接してくれる。

それなのに上手く受け答えができないことをとても申し訳なく思っていた。

次はちゃんと話せるといいな。


3月31日になった。

児童相談所のドライバーさんの運転する車に揺られ、私はまた裁判所に向かっていた。

中山さんは一言も話してはくれず、心臓の音が周りに聞こえるのではと思うほどドキドキとしている。

「着きました」

「ありがとうございます、ではまたお願いします」

気付けば裁判所に着いていて、私は促されるまま車を降りた。

そのまま裁判所へ入り、手続きのため中山さんがその場を離れる。

「勝呂さん」

俯いて手を弄っていた時、ふと後ろから声をかけられた。

「……先生」

高校の担任だった。

「1ヶ月ぶりですね。よかった、勝呂さん元気そうだね」

先生が微笑む。

10月頃から2ヶ月おきに児相まで来てくれ、そしてわざわざこんなところにまで来てくれた先生には感謝してもし切れない。

「実は、4月から別の学校の教壇に立つことになったんです。なので、この学校の教師としての最後の仕事です」

そう言って私を見る。

「……先生、いなくなっちゃうんですか」

私は声を振り絞って聞いた。

「まあ公立高校だから、異動になるのは仕方のないことだね」

と言って苦笑いした。

この学校での、最後の仕事。

なんだか申し訳ない気持ちと、わざわざ最後にこうして来てくれたことに嬉しさをも感じた。そう思うことはダメなんだろうけど。

「栞奈ちゃん、そろそろ行こうか」

中山さんに声をかけられ、私は意を決して裁判に臨んだ。


「ーー被告人、この内容について何か異論や訂正はありますか」

「……いえ、ありません」

名前や生年月日等の本人確認を終え、私の行ったことについて読み上げられる。

被告人、だなんて呼ばれるのは初めてで、厳粛な場での重たい空気に押し潰されそうになりながら、小さな声で答えた。

左隣にはパパがいて、左斜めには中山さんと先生、目の前には裁判官。そしてその横に数人いる。

「それでは審議に移りますが……その前に、担任の方、何かありますか」

私は顔を上げた。先生から、何か……?

「……勝呂さんは、とても優しい子です。私が困っていれば声をかけてくれ、他の生徒の助けになることを率先してやってくれていました。今回の件に関しましては本当に残念に思いますが、勝呂さんならきっと乗り越えられると信じています」

私は涙が出そうになった。

私のことを信じてくれている。

犯罪を犯し、自分が良ければそれでいいと思っていた。人助けなんて周りからの評価を貰いたかっただけで。それなのにー

「お父さんからは、何かありますか」

裁判官は続けた。

「栞奈は、万引きをしたり財布から金を盗んだり、人に迷惑をかけながら生きています。それでも俺は父親なので、栞奈の悪いところだけじゃなく、良いところもたくさん知っています。だからこそ、ちゃんと更生して真っ当に生きてほしい。そう願っています」

涙を抑えられなかった。

そうか、私。全然周りのことなんて見えてなかった。

こんなにも私のことを思ってくれてる。

こんなにも私のことを信じてくれてる。

なんで気付けなかったんだろう。

もっと早く気付けていれば、私はきっと、きっとこんなことになる前にまともに生きようと思えていたのに……。

「最後に被告人。……何故泣いているのですか」

厳しいけれど少し優しい声で、裁判官が尋ねた。

「……私、ずっと周りの人は自分なんか見てないって思ってたんです。でも、やっと分かりました。私、周りを見ようとしてなくて、こんなにも愛されてたことに気付けませんでした。だから、どんな処分になっても受け入れます。自分のやったことを受け止めて、真面目に生きれるように、変わりたいです」

泣きながら、私はそう答えた。

変わりたい。変われるのかは分からないけど。

「それでは判決に移ります。被告人、有罪として児童自立支援施設への入所処分とする。この判決について何か異論は」

「ありません」

私は児自立への入所が決まった。

これで裁判は終わりだと思ったが、裁判官が口を開いた。

「被告人……いや、栞奈さん。あなたは今周りからの愛に気付けた。それに気付くことができたのならばきっと、変われますよ」

そう微笑んでくれた。

変わりたい、変われない。でも、変わるチャンスを掴み取った。

変わってみせる。大丈夫。きっと。


「以上、閉廷」

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傷を喰む ろなさん @rona__1203

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