傷を喰む

ろなさん

第1話 犯罪と穢れ

ああ、やってしまった。

私はそう思って俯き、履いていたローファーを見つめる。

まさか今日バレてしまうなんて。

今日はパパの誕生日なのに。まあ、あんな人別にどうでもいいんだけど。

「君、名前は?」

目の前に座る40代くらいの男性に聞かれる。

「……勝呂すぐろ栞奈かんな

私は素直に答えた。

「年齢は?」

「……15歳です」

横目で机の上にあるものを見る。パンが2つ。紛れもなく私の鞄から出てきたものである。

「君さ、何度もやってるよね。うちで万引き」

私はまた黙り込んだ。何度も、なんて言うけれど回数なんて覚えていない。

これは生きるため。お昼ご飯を買う余裕すらないんだから。

「黙ってないで答えたらどう?」

溜息まじりでそう言ってきて、私はビクッとした。

「……はい」

小さい声で答えた。大きな声で威圧的に言われると、喉がぎゅっと締まって声が震えて出なくなる。

「はぁ……もう警察呼んだから」

「……!!!警察、警察はやめてください……!」

私のものとは思えないほどの大きな声が、事務所中に響いた。

パパの誕生日、こんなのパパに知られたら……!

「ダメに決まってんでしょ。今ここで逃がしたら、また別の場所でるでしょ」

「……っ」

言葉が詰まった。

私は、ここだけじゃない。前科だってあるのに。

やがて警察は到着し、私はパトカーの中で話を聞かれた。

ここまで来たら素直に話すしかなく、全てを警察官に話した。


「じゃあここに立って……で、ここ指さして」

私がパンを盗んだ場所に立ち、写真を撮られる。

証拠写真として警察に保管されるものになる。

これをやるのも、もう2回目……そろそろ慣れてしまっている自分がいた。

「はい、いいよ。……じゃあ行こうか」

そう言われて腕を下ろす。そして警察官に腕を掴まれ、またパトカーに乗り込んだ。

地獄の事情聴取だな……と、警察官に挟まれる形で後部座席の真ん中に縮こまりながら座って、ボーッと考えていた。


「お前はまたやったのか!」

家に帰るなり、パパに思いっ切り頭を殴られた。

「ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい……」

頭を守る姿勢になり、その場でうずくまって私は謝る。

「何度言えば分かるんだ、何度やれば気が済むんだ!俺は何度も言ってるよな、次やったら殺すって!」

私を蹴りながらそう叫ぶ。痛くて苦しくて、上手く呼吸もできずただ咳と嗚咽を漏らす。

「お前のせいで最悪な誕生日だ」

パパは自分の席に座り、電子タバコを吸い始める。

「いつまでそんなところにいんだよ。早くこっち来て座れ」

私は蹴られた鳩尾みぞおちの部分を押さえながら、ヨロヨロと歩く。

パパの前に正座し、まともに顔も見れずにまた俯いた。

怒られると俯きだんまりを決め込むのは私の悪い癖だ。

歯を食いしばり、手の甲に強く爪を押し当て、引っ掻く。

じわりと血が滲むが、それすらも涙で何も見えなくなった。

パパが怒っている。タバコも間髪入れず吸い続け、机を叩き、私を罵る。

私がこうなってしまったのは、ママとパパのせいなのに。

心の中で自分を正当化してこの嵐が過ぎ去るのを、また手や腕を引っ掻きながら待っていた。


それから3ヶ月が経った頃、帰るのに嫌気がさした私は高校の帰りにそのまま駅へと向かった。

登下校に使う自転車はそのまま駐輪場に置き、バスに乗り、窓の外を眺める。

そのまま駅の周辺で夜まで過ごした。

パパからLINEや電話がきていたが、全て無視してしまっている。

お腹が空いたら盗めばいい。この辺はまだやってないから。

1回目でバレることはないことを私は知っている。レジが混んでいたらもっとバレにくいことも分かっている。監視カメラの死角なんて気にしなくていい。だって監視カメラをリアルタイムで見ている人など、大きなショッピングモールでもない限りいないのだから。

おにぎりとお菓子を手に取り鞄やポケットに突っ込む。そのまま店を出るまでに5分もかけない。

そのおにぎりやお菓子を食べながら歩いていたら、駅周辺のお店が閉店していた。

スマホを見ると、夜の10時を回っている頃だった。

このスマホにはGPSが付いているから、今いる場所はきっとパパにバレている。でもこっちに来ないということは、どうせ次の日に帰ってくることを知っているからなんだろう。

閉店した店のシャッターの前に座り込み、スマホを眺める。


「君、1人なのかい?」

日付けが変わる少し前。突然声をかけられて私は慌てて顔を上げる。

警察官だと思っていたが、スーツ姿のおじさんだった。

「あ……1人、です」

「親御さんを待っているのかな?それとも家出?」

おじさんは優しく聞いてくれる。私は警戒心が薄かったためか、なにも疑うことはなかった。

「家出、してます。親と喧嘩しちゃって」

本当は喧嘩などしていないが、こっちの方が説明がつきやすいと思ってそう答える。

「そうなんだ。……もしよかったらご飯でも食べに行かない?」

そう言って私に手を差し伸べてくれた。

私は黙ってその手を取ってしまった。

そのおじさんと雑談をしながら向かっていた先は、私の知らない世界だった。

入ったことのない建物、広いロビー、キラキラとしたシャンデリア。

「ここで待っていてね」

そう言っておじさんは何やらタッチパネルを操作し、そのまま受付カウンターのようなところで何か話していた。

見たことのないキラキラとした場所に、私はキョロキョロと辺りを見渡す。ロビーに置いてあるソファもふかふかしていて、机はガラス張り、壁もなんだか高級感がある。

「お待たせ、行こっか」

おじさんのお話が終わったのか、声をかけてくれた。

そのままエレベーターに乗り込む。丁度2人が入れるくらいの少し狭いエレベーター。

「おじさん、ここはどこ……?」

初めての世界に戸惑って、私は尋ねる。

「栞奈ちゃん、初めてなんだ?」

おじさんはニヤニヤとしながら答えた。その時ようやく気付いた。私はなんてことをしてしまったのだろう、と。

でももういいか。パパにも必要とされてない私なんて、少し穢れた程度じゃ何も思わないよね。


シャワーを済ませ、ベッドに座る。

おじさんが無言のまま私の顎に手をやり、そのまま唇が触れ合う。

ゆっくり丁寧に愛撫され、所々に唇を這わせる。

気持ち悪いような、でも何か不思議な感覚に包み込まれていく。

優しくするからね、と耳元で言われたが、何故か遠くから呟かれているようだ。

しかし秘部に異物が入る感覚で、私の意識はハッキリとした。

初めてだった。とても痛くて、膣内ナカがいっぱいになる。苦しい。

顔を歪めて、いたい……と声を漏らす私を見て、おじさんはいやらしい顔をしていた。

おじさんが動く度に激痛に襲われ、こんなものの何が気持ちいいのか全く理解ができずにいた。

「や、やだ……」

私はそう言うが、おじさんはそれが気持ちいい印だと思ったのか、余計に激しく私の奥をガンガンと突いてきた。

昔から男の人が苦手であったが、大人の男の人はこんなにも穢らわしくてこんなにも怖いものなのかと、私は心の底から後悔した。


気付けば朝になっていた。

「シャワー浴びておいで。おじさん今日も仕事だから、8時過ぎにはここを出たいなあ」

そう言われ、私は黙って頷きシャワーを浴びに行った。

触られたところ、舐められたところ、口づけをされたところ、そして挿れられたところ。

全てボディーソープで乱暴に洗う。

気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

洗っても洗っても穢れが落ちないような気がして、何度も洗っては流すを繰り返す。

10回ほど繰り返して、ようやく浴室から出ようと思えた。こんな人と一緒にはいたくない。一刻でも早く別れたい。

そう思って急いで体の水分をタオルで拭き、すぐに着替えた。

「栞奈ちゃん、ありがとうね」

そう言って駅の近くで別れる。

やっと離れられたと思ったのと同時に、大切なものを喪失して、私は自己嫌悪に陥っていた。

もう、何も考えたくない。

今日も学校があるけれど、どうせ急いだところで間に合わないし、行く気もない。

車通りの多い歩道橋で遠くを眺めていたが、ここから落ちたら楽になれるのかな、と頭によぎる。

そのまま柵を乗り越えようとした時だった。

「やめなさい!!」

という声が聞こえ、私は体を強ばらせて振り返る。

そこには、警察官がいた。

近くには交番もあり、きっとそこから見えていたのだろう。

「君は今何をしようとしていたのか分かっているのか!」

その場で座り込んでしまった私に警察官はそう叱った。

泣きながら私は小さな声で呟いた。


「もう、家には帰りたくない……」

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