朝のひと時

 エレインは目を覚まし、辺りをゆっくり見渡す。目に入った書きかけの絵に微笑んだあと、ベッドから降り近づいた。春の訪れを感じる柔らかな色合いで描かれたキャンパスに優しく布をかけると、朝食を食べるために部屋から出ていく。本来なら着替えを手伝うために専属のメイドなどがいるのだが、年頃の子どもにとってあまり好ましくない。それにいつも彼女たちが服装を決めているので、着替えるより先に朝食を食べたほうがいいと考えている。着替えを決めている間の待ち時間ほど退屈なことはない。それにきれいなものに着替えたとしても、すぐに絵の具で汚れてしまうので、服装に頓着がないとも言える。


 リビングに行こうと廊下にを歩いていると、一人の執事が近づいてくる。彼の顔を見て、エレインは踵を返した。彼に見つかってしまったら自室に強制送還されることは目に見えている。彼は礼儀などに厳しいのだが、口うるさいわけではない。しかし自身の考えが全て見透かされている気がして、エレインは少し苦手だった。


「これは坊ちゃま。お目覚めですか」


 終わった。エレインは脳内で呻きながら振り返る。エレインは顔を上げ、彼の顔を見上げた。彼はにこにこしながら屈み、エレインと視線を合わせる。


「また先に朝食を食べようとしましたね」

「……だってお腹空いたんだもん」

「ははは、素直なことはいいことです」


 執事はエレインの頭を優しく撫でる。思い返せば、彼はいつもこちらを気に掛けていた。絵を描くことに夢中になっていたら頃合いを見て終わらせ、徹夜をしていると扉を叩いて声を掛けてくる。なんというか、大人としての振る舞いができていると感じていた。


「ですが着替えを先にしておいた方がよろしいでしょう。洗濯をするものたちが困ってしまいますからな」

「……はぁい」


 彼に連れられ自室に向かう。隣にいる彼に視線を向ければ、こちらに気づいていないのかまっすぐ見つめている。エレインは彼から視線を逸らし、カズヤを思いだした。彼と執事の二人は優しいが違う優しさな気がする。厳しさの中にある優しさと、居心地の良い優しさ。どちらがいいとは言えなかったが、なんとなくその人の性格が出ている気がした。


「着きましたよ」


 声を掛けられ、自室の扉が目の前で開かれたのを見てエレインは観念したようにため息を吐き、中に入る。彼はこちらに視線を向けたあと、茶目っ気たっぷりにウインクした。


「悪いことをするのは構いませんが、バレては意味がありませんよ」

「……え?」


 突然の言葉に困惑していると、扉が閉まる。エレインは茫然としたあと、頭を抱えその場にうずくまった。やっぱり彼には適わない。勢いよく立ち上がり、ベッドに顔を埋めると、悔しさのあまり唸った。


 エレインの唸り声が聞こえたのか、執事は楽しそうに笑うとその場を後にした。

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