白菊の若君
「……え⁉ あの〝
「そうなの。是非、月読命の姫巫女を花嫁に。と縁談の申し出がお父様の元に来たのよ」
居間で寛いでいる母と、妹に渡すお茶出しの準備をしていると、ふとそんな会話が聞こえてきた。
茶葉を適量容れた急須にお湯を注ぎながら、聞こえてきた会話を反芻する。
――白菊の若君。
この帝都において、月読命を奉る月詠家。
そして、月詠家とは別に四方に坐す〝四神獣〟をそれぞれ使役する四家が存在し、その一つの家である、白菊家。
二人の話題になっているその若君様が、白菊家現当主であり、四神獣遣いの中で歴代随一の力を誇るとされている。
幼い頃から、蔑まれ、女中同然で育った世間知らずの琥珀でも、聞いた事があるような有名な話だった。
(そんな若君様が、月読命の姫巫女…つまりは蒼依を花嫁に……。)
四神獣遣いと月読命の姫巫女は相性が良いらしく、また、月読命の力は、もしも四神獣が生命の危機に晒された時、その傷を癒す事も出来るらしい。
だから、是非とも、月読命の姫巫女を嫁に。という縁談の申し出があったのだろう。
「それがまさか、白菊家の若君様だとは思いもしなかったけれど」
『必ず、君を迎えに行くよ。だから、泣かないで。その時には、きっと――――』
その時、何故か、夢に出てきた男の子の事を思い出した。
その事に自分でも驚いて一瞬、手が止まる。
「…? 如何して今、夢の事を思い出したんだろう…?」
「お姉様! 早くお茶くれない? 喉が乾いて仕方ないわ」
「…! も、申し訳ありません! 今お持ち致します!」
「はぁ……、本当に、お前は蒼依と違って愚図でのろまなんだから」
思考を無理矢理断ち切り、急いで漆塗りのお盆に、急須と湯呑みを二つ乗せてちゃぶ台へと持っていく。
お茶を、ゆっくりと注ぎ二人の手元に置いてから、その場を去る。
「その縁談、勿論承諾してくれるわよね? お母様。白菊の若君様ってかなりの美男子だって噂だもの」
「そうねえ……。月詠家にも悪い話ではないし……お父様が帰ってきたら、承諾の意を伝えましょうか」
「本当? ありがとう。お母様」
「可愛い蒼依のお願いだもの。なんだって聞いてあげたいのよ」
「ふふっ、本当に嬉しいわ。お母様、大好きよ」
◇◇◇◇
お茶を出し終えた後、琥珀は、掃除や洗濯などの家事を済ませていく。
(……そういえば、月読命の姫巫女は蒼依だけど姫巫女に必要な呪具の腕飾りの霊力はどうするんだろう……?)
至極真っ当な疑問だった。
蒼依は、今までずっと、琥珀の霊力から練られた霊力玉の腕飾りを渡して――正しくは奪われて――、お務めをしていた。
しかし、その白菊家の若君に娶られれば当然、蒼依のみ嫁ぐ事になる。だから、今までのように琥珀の霊力玉の腕飾りを使うという事は出来ないだろう。
「……まさか、私を連れていく……なんて事考えてないよね。」
そう口の中で呟いた後、即座に首を振って幾ら蒼依でもそんな訳が無いでしょ。と自嘲気味に笑って否定する。
そう、有り得る訳が無いのだ。
喩え、本当は琥珀の霊力の方が高く澄んでいるにしろ、あの霊力は蒼依の物だと思われており、出来損ないの〝朔月の忌み子〟である為、この屋敷から出る事を許されていないのだから。
(……蒼依が、羨ましいな)
掃除が終わり、羨望の眼差しで談笑を続ける母と妹の居る母屋の方を見つめた後ため息を吐きながら、掃除用具を離れの蔵へと仕舞った。
――まさか、琥珀を連れていく。という自身の予想が当たるとは思いもせずに。
ツクヨミの心恋語 青柳 翠月 @ayatu
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