リモート会議 in GHOST

渡貫とゐち

あなたのうしろに。


 会社のリモート会議中のことだった。

 長く続く会議に多くの社員が肩を落としたり首を傾けたり、背中を伸ばしたりと体の整備をしている。休む間もなく会議が続いていたので、全員の体が固まってしまったのだ。

 画面の中の社長は気づいてなさそうで、次々と話題を繋げていく。


「あの、社長……」

「ん、どうしました?」

「そろそろ一旦の休憩を……」


 やっと声に出してくれたのは、人事部の美人先輩だった。

 彼女の一言に、やっと状況に気づいてくれた社長が、

「おお、もうそんなに長く話していましたか……申し訳ない」


「10分の休憩を挟んではどうでしょう? 社長も、喉が渇いているのではないですか?」

「確かに。一度気づいてしまうと気になりますね……飲み物は……あ、もう飲んでしまいましたか。――買いにいきますか。では、休憩にしましょう。みなさんも肩を落としてゆっくりしていてください」


 画面からフェードアウトした社長に続き、社員たちは溜息を吐きながら――(音声を切っていてもそう分かるほどに、みな分かりやすい反応だ)飲み物を飲んだりスマホをいじったりしている。ちなみに自宅にいる社員もいれば事務所にいる社員もいる。半々くらいだろうか。


「あ、かわいい」


 画面の中の背景ではなかった。

 飼い猫かな? ある社員さんの画面に映ったのは、三毛猫だった。

 丸いお鼻が画面いっぱいに広がっている。くんくん嗅いで、なんだこれ、とでも言いたげに興味津々みたいだ。

 試しに「にゃー」と挨拶してみると、怖がってしまった猫がその場で飛び跳ね、画面の外にいってしまう……ごめん、驚かせちゃった?


 すると、その声を聞いていたらしく、同期である知り合い(友人ではない)……の、噴き出した笑いが聞こえてきた。

 ……ちょっと、画面に映っていないと思えば、ちゃんと聞いてるなんて、ずるい……。


「逃げられたな。というか、いい歳した大人がにゃーとか言うなよ、似合わないぞ」

「猫に向けたアピールだから。あなたに向けた媚びじゃないの。何歳がどんなこと言おうが別にいいでしょ。なにをするのに歳は関係ない。老人が大学に入学したっていいんだから」

「それと一緒にするなよ。でも、お前をバカにしたわけじゃないんだ、すまん」


「……別に、昔みたいな、コミュニケーションなんでしょ? 変わらないわね……、って、変わらないものか。人ってそう簡単には変わらないものね」

「立場が変わらないと難しいよな。部下ができて変わって――でも、さらに変わるには、それ以上の環境の変化がないと、なかなか変わらないもんだ。結婚しても変わらない大人が多いが、子供ができるとがらっと変わるもんだしな。やっぱり下が出てくると変わるんだろう。変わらざるを得なくなるのだろうな」


 かもしれない。私は、長いことひとりで、部下も片手の指で数えるくらいしかいないから……変わっていないことはないけど、やっぱり変わっていないのだ。

 猫がいればにゃーと言う。それは条件反射的にだ。

 学生の頃から変わっていない。もっと言えば、たぶん三歳の時と同じことをしているのかもしれない。まあ、そうだよね、成長は増えることであって、減るわけじゃないんだから――忘れるわけではないのだ。


「あなたは、今は家なの?」

「ああ、いい部屋に住んでるだろ? 見ろ、豪華なシャンデリアだぜ?」

「意味が重複してる気がするけど、違うんだろうね」


 シャンデリアって、豪華なことじゃない?

 ともかく、同期の彼の部屋――は、私と同じ稼ぎのはずなんだけど、とにかく豪華だった。

 稼ぎ、同じはずなのに……。

 しかしまあ、どこにどれだけのお金をかけるのか、は個人の自由だし、個人のセンスだ、差があるのは当然だ。

 彼は部屋の内装にこだわった、私は一日の食事にこだわった……それだけだと思う。

 厳しい生活の中だ、なにかをがまんし、なにかに特化している。

 でないと無味無臭な生活になってしまう。それはそれで不幸ではないけどね。


 交友関係にこだわっているなら、味気ない部屋もありだ。

 寝るだけにある部屋は、珍しくもない。まるでビジネスホテルみたいに――

 でも、ビジネスホテルって普通に機能的だし、無難に生活するには最高得点に思える。


 生活するだけなら。

 面白さを追求するなら、そこから足し引きが必要だけど。


「羨ましいのか? 俺の部屋」

「べつに」

「参考にしていいぜ?」

「誰があなたの部屋、……を、参考に……する、…………え?」


 彼の部屋、背後、だった。

 彼の真後ろにいるのは、女性だった。

 長い黒髪で、顔は見えなくて。

 白いシャツをだらしなく着ている……彼シャツに見えなくもないけど、泥だらけなのが気になった。しかもびしょ濡れにも見えるし……。


「…………」


 息を飲む。

 数秒、心臓が止まった。

 彼を見下す彼女の、目が、血走っていたから。

 ――ヤバい。


 あれは、リモート越しでも分かる、危険な目だ。

 だって、ブラウン管テレビから這い出てくるような、霊的なあれ、そのままだったから。

 ……呪いの類いだ。

 彼は気づいていなかった。だから……、声が出るようになって、私は叫んでいた。


「逃げて!! 後ろ、ヤバいからっっ!!」


「ん?」とのんきに振り向いた彼は、その霊には気づいていないようで――

 再び画面に振り返った時、彼はぽんと手を打った。

 そんなことしてる場合じゃ、と私の顔に出ていたみたいで、


「これ、設定した背景だよ」


「…………は、い?」

「うん、背景」


「で、でもっ、シャンデリア! あなたの部屋なんじゃ…………」

「全部背景。……ごめん、まさか信じるとは。俺の部屋はもっと質素だよ、シャンデリアなんかあるわけないし」


「…………背景」

「おう、だから部屋も幽霊も全部嘘。まあ、後ろの幽霊はお前を驚かせようとして仕掛けたんだけど、まさかそこまで驚くとは思ってなかった……マジごめん」


「そ、そう…………って、おい」

「いやごめん。ほんとに…………大変、お騒がせしました」


 と、彼が口調をあらためたところで、気づいた。


 …………社員、勢揃いである。


 休憩が終わっていたのだ。


「…………あ、えっと」


 一部始終ではないけれど、最後のところだけ聞かれていたとしても恥ずかしい。

 私は画面をオフにしようとして、寸前で止めた。

 仕事中だし、会議中だし、という意味ではなく、画面を消したら、振り向けない。

 背景だとしても、私の後ろにも……いるのでは?


「…………お、お騒がせ、しました……っ」

「――はい。では、気を取り直して、会議の続きを始めましょう。次からはテンポよく、休憩もこまめに取っていきましょうね」


「いえっ、長めにやりましょうずっとやりましょうっ、明日の朝まで私は付き合いますから!」

「そこまで会議をする内容もないですが……、そんなことさせたら会社がブラック企業になってしまいますよ」


「――もうなってるので大丈夫です!」


「おっと、聞き捨てならないことを。……………………あれ? 全員が頷いていますか? …………なら、朝まで会議しますか? ブラックからホワイトにするためには、とか――」



 ・・・おわり

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