ドブ川落下の悪役と、ひっそりズックを救ったヒーロー
弥生 知枝
冒険&探検の、いつもより早い帰り
小学校低学年だったわたしにとって『いつもより早く家へ帰れる』と云うイベントは、とても心躍るものでした。
例えそれがどんなシチュエーションだったとしても、ほんのり嬉しい想い出として、何十年も経った今でも、記憶の奥底にちゃんと残っているくらいには。
そんな、ささやかな想い出話です。
大勢の輪に混ざり、わいわいと過ごすのは苦手でした。
内に秘めたる主張が強く(我が強いと言う)、けれどとてもシャイ(表現力に乏しい上に面倒臭がりとも言う)で、とことん内に溜め込むタイプの子供だったためです。
たくさんの同世代が集まる中で、自分の意見を主張し、擦り合わせ、調整する勇気もなく、面倒になって口を噤むばかりの子供にとっては、学校など苦でしかありません。だから、いつもより早く帰れる日は本当に嬉しかったのです。
例えそれが登校中のトラブルが原因であったとしても。
そんな『登校中のトラブル』により、随分と早い帰宅を果たした3度(多分)の同じシチュエーションによるエピソードのひとつです。
わたしが小学校低学年だった頃、その時代の小学生の登校風景と言えば、高学年の児童を先頭と
低学年のうちは、面倒見の良い上級生の班にあたれば問題はありません。
けれど、まだ二年生だったわたしが振り分けられたのは、家だけは隣だけれど親同士の交流はほぼ無く、子供同士の交流も(年齢の差と、性別の違いで)全く無い班長のグループでした。
朝の集合は、彼が吹く口笛が合図。集合時間なんて無視で、彼が家を出た時が出発時間です。
「ピョロロ~♪ ピーピー」と、間の抜けた音に気付いて慌てて家を出ても、大概が置いて行かれた後でした。
一緒に行くことがあっても、高学年男子がシャキシャキ歩けない低学年女子の面倒など親身に見てくれるわけがありません。「速く速く」「遅い」なんて言葉を受けながら歩いたため楽しいものではありません。
なので、もとより苦手な集団生活にも拘らず、朝からそんなだから、学校へ行くのは更に億劫になってしまいます。
しかも、この班長はちょいちょい嫌がらせをして来ました。
スカートを履いていれば、登校中の歩いている側に来てやおら屈んでは下から覗き込んでくる。気色は悪いけど「こいつ阿呆なのか?」と思っていれば良いので、うんざりしつつも気にしないでいました。
勘弁してほしかったのは、柵の無い用水路横を歩いているときに、ギリギリに寄って来て、こちらのバランスを崩させようとすることでした。
この人間幅寄せのお陰で、わたしは低学年のうち3度ほど用水路に落っこちる羽目になったのです。
這い上がれなかったり、溺れるくらいの水量がある用水ではなく、底が土で、水の深さは30センチ、用水の深さと幅は1メートルくらいの小さなドブ川でしだ。
落ちても命に別状は無いけれど、泥々のびしょ濡れになってしまいます。
ちなみに、用水は学校のグラウンドの横を流れていたため、登校ラッシュ時に落ちてもすぐに誰かが引き上げてくれました。とは言え、学校へ向かってもドロドロべたべたで教室に入るのは、人目が気になりすぎて嫌だったし(一応乙女だし)、何より気持ちが悪くて着替えたい。
そこで、ちょっぴりだけ嬉しい『いつもより早い帰宅』と相成ったわけです。
公然とした(?)学校目前でのドブ川への落下で、目撃者も多いのです。何の憂いもなく「家へ帰れる!」と、当時のわたしはちょっとだけワクワクしつつ帰路に就きます。
けれど、まだまだ学校へ向かう子供たちの多い登校ルートを逆行したのでは、人目につきすぎて恥ずかしい。なのでわたしは、敢えて登校ルートに指定された安全な道ではなく、人の少ない裏道や農道、あぜ道、果ては自動車学校のコースに入り込んで家に向かいました。当時通った裏道は、ススキが生い茂る空き地や、1メートルくらいの蛇がとぐろを巻いてこちらを見ている田んぼなど、なかなかスリリングなポイントもあり、帰宅のワクワクと、ちょっとした冒険&探検気分で怖いものなし状態です。
――が、ちょっぴり浮かれつつ帰宅したわたしのドロドロな姿に親は……まぁ呆れておりました。しょげる訳でもなく、何なら冒険を終えた達成感で平然と帰宅したのですからそうなるでしょう。
それよりも、思ってもみなかったお叱りで、わたしは思いがけず肝を冷やすことになりました。途中に通った、民家から離れた場所にある橋は、実は何年か前に事件に巻き込まれた方の遺体が浮かんだ場所で、犯人は捕まらず迷宮入りしてしまっていたらしいのです。そんな曰くある場所を、人気のない時間にうっかり通っていたことに、さすがにゾッとしました。
とは言え低学年だったわたしはその怖さなどすぐに冒険&探検気分に押し負けて、その後もコッソリその橋を渡ることもありましたけどね。
そんなこんなで、いつもより早い帰宅にワクワクもしていたわたしでしたが、家でシャワーを浴びて着替えた後は、結局再び学校へ向かわせられてしまうのでした。
ちなみに、遅れて教室に入ったわたしの机に、綺麗に洗われたズックが置いてあったのは、今も鮮明に記憶に焼き付いています。
目撃者の多い、学校横の用水への落下。ドブの底にぐちゃりと嵌まって脱げてしまったズックを、誰かが拾い上げて洗ってくれたのでしょう。
結局、そのヒーローが誰なのかは分かりませんでしたが、面倒で好きじゃない学校も、捨てたものじゃないな・なんて思った単純なわたしでした。
ドブ川落下の悪役と、ひっそりズックを救ったヒーロー 弥生 知枝 @YayoiChie
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます