勇者の息子のスローライフ

 現れた腐りかけの黒龍、リビングデッドドラゴンはリヒトたち目掛けてその巨大な前脚を振り下ろしてきた。

 暗殺者は自分たちもろともリヒトたちを葬る算段だったのだ。


 これに対してリヒトは結界魔法を発動。

 髪に掛けていた偽装魔法のリソースも全て使って、リビングデッドドラゴンからの攻撃を防ぐ。


 金髪に青いグラデーションとメッシュ。

 その独特の髪色を見て、暗殺者です一人が驚愕に目を丸くした。


「貴様まさか、勇者の息子か⁉︎」


「魔族にも知れてんのマジで面倒、言いふらすなよ?」


「誤算だった、まさかあんな田舎に勇者の息子がいようとは。だが同じだ、貴様にコイツは殺せん!」


「そうかい?」


 言いながら、リヒトは結界の内側からドラゴンに向かって手をかざし、指向性を持たせた爆炎魔法を放った。

 その爆炎はドラゴンの腐りかけた上半身を消し飛ばし、地に崩れさせる。


「兄ちゃん流石」


「いや。まだみたいだ」


 ウィルの言葉に、リヒトは答えると、再び手に魔力を集中させていく。

 すると、上半身が吹き飛んだはずのドラゴンが立ち上がり、その無くなった上半身を再生させていった。


「言ったはずだ。貴様にコイツは倒せんとな」


「再生持ちかあ。母さんが倒した地龍も、そういう奴だったらしいぜ?」


 過去、勇者はそんな地龍を凍らせて倒したと聞いていたリヒトは、ルネやティアリスと同時に氷結魔法を使用する。

 地面から生やした氷の杭と、ドラゴンの頭上から落とした巨大な氷の剣。


 それらが全て突き刺さり、体を凍らせていくが、ドラゴンは完全に凍りつく前に自分の首を千切って落とした。


 そして、そこからドラゴンは再生していく。


「トカゲの尻尾切りは良く聞きますけど、ドラゴンの頭切りは気持ち悪過ぎます」


 目の前で起こっている現状を見て、涙目になるルネ。

 実際のところコレではいつかリヒトたちの魔力が尽きて終わる。


「流石に不味いな」


 撤退も視野に入れ、リヒトは打開策を考えるが、杖などの魔法使い用の装備無しで立て続けに放った大魔法のせいで、リヒトは疲労している。


 完全に再生したドラゴンを見上げ「命を賭けるか」と、魔力を集めていくリヒト。

 しかし、そんなリヒトの後ろから「それは早計に過ぎるんじゃない?」と、聞き覚えのある声と、初手でリヒトが放った爆炎魔法並みの魔力を圧縮した熱線が、リヒトの頭上を通り過ぎ、再びドラゴンの上半身を消し飛ばした。


 振り返ったリヒトの目に映ったのは、魔法と剣を同時に使用する事を前提に作られた魔銃剣の銃口をドラゴンに向け、再び熱線魔法を放った母シエラの姿があった。


「ホント、あんたは私の息子だね。ここでドラゴンと戦ってるなんて」


「か、母さん」


「積もる話はあと。ほら、トドメはあんたが」


 そう言って、赤いコートを着てるだけの、大して防具を装備をしていない母は、魔銃剣ではなく、刀身に古代魔法文字が書かれた聖剣の柄をリヒトに差し出した。


「あんたは使えるだろ? 私に、見せてよ。我が子の成長を」


「仕方ない、勇者さまたっての願いだしね」


 そう言って、リヒトは聖剣の柄に手を伸ばした。

 聖剣は、勇者の資格を持つ者にしか触れることが出来ない。


 しかし、リヒトは勇者の息子。

 母から差し出された聖剣はリヒトを認め、柄を握らせた。


「馬鹿な、なぜ貴様が、勇者がここに」

 

「運が悪かったね。今日は本当に偶然、帰ってきただけだったのさ」


 既に拘束されている暗殺者を尻目に、シエラは息子が聖剣に魔力を集めていくのを嬉しそうに眺めていた。

 そして、リヒトは母の前で魔力を充填した聖剣から伸びた金色に光る魔力で作られた巨大な刃を振り下ろした。


 両断され、塵に変わっていくリビングデッドドラゴン。


 それを最後に、湖の周りには静寂が戻っていた。


「ああ、疲れた」


 魔力を使い切り、一時的に脱力状態に陥ったリヒトは気を失う。

 

 気付いた頃には、リヒトは自宅のベッドの上だった。


「あ、起きましたシエラさま」


「う〜ん? 私の事はお母さんって呼ぶんじゃなかったっけ?」


「う、はい。慣れていきます」


 ティアリスと母の話を聞きながら、まだ怠さの残る体を起こして、ベッドに座るリヒト。

 その横に母シエラが座ってリヒトの背中を割と強めに叩いた。


「あイッタあぁあ! 何すんだよ⁉︎」


「危険を犯した罰よ。敵の特性も分からない内から大魔法使って疲れてたんじゃ、命がいくつあっても足りないでしょ?」


「グウ」


「グウの音って本当に出るのね。まあそれはそれとして、リヒト、あんた預けたこの子と一線越えたらしいわね」


「……悪いかよ」


「別に悪くはないけど、コレからどうするつもり?」


「そりゃあ。俺はティアリスと、死ぬまで一緒にいるつもりだけど」


 このリヒトのほぼプロポーズの言葉に、ティアリスは顔を真っ赤にして頬を手で抑え、母はかつて父、リヒトの祖父に自分が拾われた後に言ってもらった言葉を思い出していた。


「自分のことなんて、都合が悪くなれば捨てるんだろ」


 そう聞いたシエラに、父リチャードは「捨てない、死ぬまで一緒にいる」と自分に誓ってくれたのだ。


 シエラは捨て子で、それをリチャードが拾って育てた。

 つまるところ、リヒトとリチャードに血の繋がりはない。

 だというのに、息子が父と同じ言葉を言い放ったものだから、シエラはすっかり説教をする気を無くしてしまっていた。


「ならいいわ。ティアリスちゃんの里親を探す必要はもう無いわけだしね。これからは二人で頑張って生きていきなさい」


「ああ。それはもちろん、頑張るよ」


「でもちょっと心配ねえ。お父さんもこんな感じだったのかしら。あ、そうだ、聖剣持っとく? またあんな事があってもそれなら大丈夫でしょ?」


「勘弁してくれ。俺は勇者になりたいわけじゃない。のんびり暮らしたいだけなんだよ」


「あらそう? まあいいわ。さて、じゃあこの一年で何があったか聞かせてもらおうかなあ。ティアリスちゃんと一緒にね」


「分かった、話す。話すよ」


 こうして、目覚めたリヒトはティアリスがやって来た日から今日までのことを母に聞いてもらい、久しぶりに親子の時間を過ごした。


 この数年後、リヒトはめでたくティアリスと結婚。


 そのあとものんびりと村で冒険者として暮らしていくのだが、それはまた、別の話だ。


           完

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勇者の息子のスローライフ 〜勇者である母から知らない少女の面倒を見るように言われて困ってるんだが?〜 リズ @Re_rize

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