変わった関係

 魔界から旅してやってきた少女。

 ティアリスとの生活が始まってしばらく経った。

 最初の頃は「ティアリスは妹みたいなもんだな」などと言って、いつもの日常にティアリスを加えてのんびりと過ごしていたリヒト。


 しかし、同じような年頃の男女が一つ屋根の下で暮らしているのだ。


 良いところや悪いところを見て、それでもリヒトは「まあ家族だし」くらいの気持ちでティアリスと暮らし、ティアリスも少しずつだが、リヒトのことを「お兄ちゃん」というようになっていった。


 しかし、事故的に風呂場でお互いの裸を見てしまったり、一つしかないベッドで一緒に寝たり、日常の話をしたりしているうちに二人はお互いを異性として意識し始める。


「なあ、ティアリス……いや、なんでもない」


「もう。何? お兄ちゃん、最近変だよ?」


 寝る前に母に向けての手紙を書いていたリヒトが言いかけるが、ティアリスの方に目を向けたリヒトは、少し頬を染めて顔を机に戻した。


 そんなリヒトにティアリスは後ろから抱きつく。


 家族にもよくされるスキンシップだ。

 リヒトも最初はそう思っていたし、実際、実家にいた頃は祖母や叔母、母二人からハグなどはよくされていたからなんとも思っていなかった。


 しかしティアリスは他人。


 この一年、家族として接してきたが、それももう限界だ。

 リヒトはハグされたまま立ち上がり、手を離したティアリスの手を逆に掴んでベッドに連れて行き、押し倒した。


「お前。分かっててこういう事してるよな?」


「……うん」


「もう、後戻りはさせないからな」


「いいの? 私で」


「いいも何も、好きだよ。ティアリス」


 名前を呼んだあと、リヒトは一年掛けて好きになった少女に唇を重ねた。

 そして二人はこの夜一線を越えて、お互い体を重ねて求め合い、乱れたベッドシーツの上で眠りにつく。


 そして翌朝、先に目を覚ましたリヒトが腕の中で眠っているティアリスの顔に掛かった髪を撫でていると「おはよう、お兄ちゃん」と、目を覚ましたティアリスが微笑んだ。


「やる事やったあとのお兄ちゃん呼びヤバいな」


「恥ずかしい?」


「ちょっと、いや、かなりな」


 こうして、二人は大人への階段を一緒に上った。


 それからまたしばらく経った頃。


 村の近くで怪しい人影を見るようになったと、村人や、リヒトのパーティメンバーであるウィルやルネの口から聞く。


 この頃にはティアリスもリヒトたちと冒険者として依頼を受けるようになっていたので、リヒトたちはその怪しい人影を調べ始めるが、逆にその怪しいと睨んでいた人物から依頼を受ける。


氷龍湖ひょうりゅうこでの龍の鱗の探索依頼?」


「依頼人の名前はノーネーム。明らかな偽名で、もちろん村の住人ではないわ。しかも貴方たちのパーティを指名してる」

 

「でもまあ匿名で依頼する人もいるしなあ」


 だいぶ怪しいが、それでももしかしたら本当に匿名での依頼かも知れない可能性が捨て切れず、リヒトたちは相談の末に依頼を受諾。

 いつもより重装備で依頼地である氷龍湖へと向かった。


 氷龍湖。

 小高い土手に囲まれた、大きな湖で、リヒトの母とは縁のある場所だ。

 勇者である母が幼い頃からしたっている祖父の弟子たちが喧嘩した際に出来上がったクレーターに水が溜まって出来た湖で、まだ十代前半だった母が、山のような巨大な地龍を凍らせて倒した場所。


「——ってことが、昔この場所であったらしいぜ?」


「勇者様は子供の頃から規格外だったんですねえ」


「この湖作った先輩たちも十分化け物だけどなあ」


 今でも語種になっている、Sランク冒険者パーティ【緋色の剣】の大喧嘩。

 その傷跡を眼下に眺めながら、リヒトたちは馬車でやってきた氷龍湖の土手の上を歩いていた。


「鱗なんて、あるわけないんだよなあ。母さんが倒した龍って大木が絡んでる亀みたいな見た目だったって話、聞いたことあるし」


「なら、お前たちはわざわざ罠に掛かりに来たわけだ」


 まだ日も高いというのに、人目がない事をいいことにリヒトたちを黒いローブを着た、いかにも暗殺者ですと言わんばかりの怪しい四人組が取り囲んだ。


「お前らか、最近村の近辺を彷徨いてたのは」


「如何にも。魔族と他種族の半魔など、共生派の旗頭になるような存在は我々には邪魔なのだ。故に、消えてもらいたくてな」


「聞いてもないことを良く喋るねえ。魔族の過激派ってのがバレバレじゃん。あれかい? 『どうせ今から死ぬのだー』ってやつ?」


「随分と威勢がいいな小僧」


「来年二十歳なんだけど、俺ってそんなに若く見える? いやあ困るねえ」


 煽るリヒトに、暗殺者たちは怒り心頭だ。

 それぞれが剣を抜き、こちらを襲う気満々なので、リヒトたちも剣を抜いた。


 暗殺者たちの誤算は、リヒトたちの本気の戦力だった。


 勇者の息子であることを仲間以外には隠し、日々の依頼中も鍛練をしてきたリヒトたち。


 そのリヒトに至っては幼少の頃から勇者である母や、元Sランク冒険者で【育成上手】の異名を持つ祖父、リチャード・シュタイナーに鍛えられてきたのだ、弱いわけがない。


 あっさり暗殺者を返り討ちにしたリヒトたちは、ギルドに捕縛したコイツらを突き出そうと考えて、魔法で土中の鉄分を抽出した鎖でぐるぐる巻にしていく。


 しかし、暗殺者たちの主犯格と重しき男が、何やら口から吐き出して踵で割った。

 体内に魔石、それも何かを封印しているような代物を割ったのだ。


 割れた魔石から噴き出す黒い霧。


 それが一箇所に集まって、何かの形を形成していく。

 その大きさは二階建て家屋二棟分を優に越え、黒い羽と黒い爛れた皮膚に覆われた、半ば腐りかけの龍が、リヒトたちの前に現れたのだった。

 

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